ピピナナ&真木野聖コラボレーション企画 第2弾

『視線』
  〜ピピナナ&真木野聖 作〜

◆◆<1>ピピナナ◆◆
「?」
ジョーが街中に食料の買い出しに出掛けている時だった。
何やら視線を感じた。
殺気はない。
ジョーは辺りを見回してみた。
しかし、誰もジョーを見ている人物はいなかった。
ただ通行人が通り過ぎていくばかりである。
ジョーは気を取り直して、屋台に山盛りになっているオレンジに手を伸ばした。
「!」
やはり感じる。
誰かの視線…
ジョーは練っとりと身体にまとわりつくような視線を感じていた。
こんな事が最近何度かあった。
誰かに見られている感覚。
その度に、気のせいかとやり過ごしてきたが、こう何度も続くのはおかしい。
ギャラクターかとも思ったが、それにしてはおかしい。
殺気がなく、襲ってくる気配もない。
それに、ギャラクターには自分の素性はバレていないし、特定される証拠もない筈だ。
ジョーは気を取り直して、買ってきた食材をG- 2号機に積み込んだ。
「ジョー。」
振り向くと、健がバイクに跨がっていた。
屈託のない笑顔をジョーに向けていた。
「買い出しか。」
G- 2号機に積まれた食材を見て健が言った。
ジョーは「ああ。」と短く答えたが、ふと、今の事を健に話してみる気になった。
「気のせいじゃないか?」
健は事もなげに言った。
「だが、こう続いちゃな…。気のせいとばかりは言えねえ。」
「ふーむ…。」
ジョーの勘は馬鹿にできない。
健も考え込んだ。
「ま、事が起きなければどうにもできないぜ。ギャラクターが絡んでいれば話は別だか。」
それはジョーも同意見だった。
だが、どうにも気分が悪い。
その時、悲鳴が遠くから聞こえてきた。
続いて女か走って来る。
後ろから男達が女を追って走っていた。
「助けて!」
女は叫びながら走っているが、周りの通行人は何事だろうと見ているばかりだ。
どうやら女はチンピラに絡まれているらしかった。
「健!」
ジョーが叫んだ。
健も頷くと、2人同時に走り出した。
そして健が女を匿うと、ジョーが男達の前に立ちはだかった。
ジョーの有無を言わせない足蹴りが男達を襲った。
その足蹴りは男達の鳩尾に見事にヒットし、男達はその場に踞った。
続いてジョーの手刀が男達の首筋を襲う。
男達はたまったものじゃない。
「覚えてろよ!」
男達はそう吐き棄てて逃げ去ってしまった。
「ありがとうございました。」
女は健の後ろからその様子を見ていたが、男達が去って行くと、ホッとしたように言った。
女は乱れた長い黒髪を整えた。
年の頃は20代後半といったところか。
スラッとした長身で、どこか異国めいた顔立ちをしていた。
「何とお礼を言っていいか…。」
「いや、礼には及びませんよ。困っている人を助けるのは当然です。」
健が言った。
「でも…。せめてお名前を…。」
ジョーと健は顔を見合わせた。
「私はメイサ。あなた方は…?」
暫く考えていた健だったが、ふっと笑うと言った。
「健です。」
見ず知らずの女に名乗るのはどうかと思ったが、ジョーもそれに倣う事にした。
「ジョーだ。」
「健さんにジョーさんですね。」
メイサはにっこりと笑うと、手を差し出した。
「本当にありがとうございました。」
メイサは改めて礼を言った。
「いえ…。」
健は素直にその握手に応じた。
ジョーは何だか気がすすまなかったが、握手した。
「何かお礼をさせて下さい。そこのカフェでお茶でも…。」
「いや…。」
言いかけたジョーであったが、「そうですか」と健が応じてしまった。
ジョーもいやいや従う事になった。
何故かメイサには気を許せないものをジョーは感じていた。

◆◆<2>真木野聖◆◆
ジョーの勘は先頃からずっと感じている視線の主を何となくメイサではないかと見抜いていた。
その嫌な感じが感覚として伝わって来る。
彼女は長い黒髪の美しい女性で、物腰も柔らかい。
上品な印象がするのに、この違和感は一体何だろう?
ジョーはカフェではメイサと距離を取って座った。
健がメイサの眼の前で、ジョーはその隣をわざわざ1人分空けて座った。
「ジョー、こっちに座れよ」
と健が言ったが、彼は「いや、俺は此処でいい」と答えた。
健は無理強いはしなかった。
ジョーが10歳ぐらいも年上の妙齢の女性に興味を持つ筈もなかった。
健もそうだからこそ、気軽に誘いに乗ったのだ。
それに科学忍者隊には恋愛はご法度と言う不文律があった。
誰が言い出した訳でもないが、自分達の為に巻き込まれてしまうような存在を作ってはならなかった。
だからこそ、竜を除いては家族のない若者ばかりが揃えられたのである。
その事を健もジョーも良く知っていた。
何故なら科学忍者隊が組織される時に、最初からその一員に加えられていたのが、この2人だからである。
「遠慮なく、何か注文して下さい。
 本当に危ない処を助けて戴いたのですから」
メイサは美しい笑顔を見せてそう言った。
健はおずおずと「じゃあ、コーヒーを」と言ったので、ジョーも「俺も…」とだけ答えた。
余り気が進まなかった。
下手をしたらコーヒーに何か混ぜられているかもしれない、とすら思った。
彼の勘は妙な処に働く。
一見全く怪しそうには見えない親切な女性に過ぎないのだが、ジョーにとっては謎の存在その物だった。
(俺をずっと見ていたのは、この眼だ…)
ジョーは殆ど確信していた。
ただ、解らないのは何故自分を尾行しているのか、と言う事だった。
この視線にはサーキットで遭った事もある。
南部博士を迎えに行ったISOの駐車場でも感じた事がある。
危険だと思った。
南部博士を狙っているのか、それともジョー自身に何か狙いを付けているのか?
(まさかギャラクターじゃあるまいな?)
そう思った事は何度もある。
だが、殺気を発せられれば彼はすぐに気付く。
だとしたら何なのだ?
レーサーとしての彼のスポンサーになりたいとでも言うのだろうか?
それならサーキットで近づいて来てもいい筈だ。
まるでストーカーのようにねっとりとした視線を彼の全身に這わせる必要はない。
気分が悪かった。
「ジョー、どうした?顔色が悪いな」
「そうか…?まあ、ちょっとな」
「まあ、大丈夫ですの?」
ソプラノの声でメイサが訊いた。
確かに悪気があるようには見えなかった。
ジョーだけが何かに過敏になっている。
そんな風に健には思えた。

◆◆<3>ピピナナ◆◆
「じゃあ俺達はこの辺で。こいつの気分も悪そうだし…。」
健がジョーを親指で指差しながら言った。
「まあ、まだいいじゃありませんか?」
メイサが2人を引き止めて言った。
「いえ、これで…。」
ジョーが立ち上がりながら言った。ジョーは一刻も早くこの場を立ち去りたかった。
早くメイサのあの視線から解放されたかった。
「そうですか…。」
メイサが名残り惜しそうに呟いた。
そしてハッとすると、バッグの中をごそごそと探り始めた。
「じゃあ、これが私の名刺です。困った事があったらいつでも連絡して下さい。何かのお役に立てますわ。」
メイサは2人にそれぞれ名刺を渡した。
ジョーは名刺に目を落とした。
そこにはISO という文字が書かれていた。
「あなたはISO の職員なのですね。」
健も気付いて問い返した。
「ええ、技術職をしていますの。」
メイサはにっこりと微笑んで言った。
(それじゃメイサは怪しい者ではないのか…。しかし、それなら何故、俺をつけ回すような真似をしたんだ?)
ジョーはまだ警戒を解いていなかった。
(何かある…。)
メイサには何か大きな秘密があるようにジョーには思えていた。
それも、とんでもない秘密が…。
「それじゃ、これで。」
「ええ、ごきげんよう。」
メイサとジョー、健はカフェで別れた。
「あの女、どう思う?」
G- 2号機とバイクが置かれている所に戻る道すがら、ジョーは健に訊いた。
「いい人そうじゃないか。」
健が屈託なく答えた。
「そうかな…。」
ジョーは自分をつけ回す視線がメイサのものではないかと健に話した。
「メイサさんが?どうして?」
「俺の勘がそう告げている…。」
一瞬ポカンとしていた健であったが、急に笑い出した。
「そりゃ、ジョーの気にし過ぎさ。何を過敏になってるのさ。」
「だがよ…。」
ジョーもこんな根拠のない事を言い出すのはおかしいと思っていた。
たが、あの視線は間違いなくメイサのものである確信はあった。
そこへ一人の男が急に殴りかかってきた。
「おっと!」
2人は器用にそれを避けた。
見ると、先程のチンピラ達が仲間を連れてきていた。
仕返しをしようというのである。
「さっきはよくもやってくれたな。」
チンピラ達は今度はナイフやらチェーンやら武器を持っていた。
「おめえ達と遊んでいる暇はねえよ。」
「何を!」
チンピラの一人がナイフで襲ってきた。
ジョーはそれをひょいっと避けた。
その時、また感じた。
あの視線だ。
ジョーはチンピラのナイフを叩き落としながら、辺りを見回した。
「!」
物陰からじっとこちらを見ているメイサがいた。
だがそれは一瞬の事で、すぐにさっと姿を隠してしまった。
「あの女!」
ジョーはいとも簡単にチンピラ達を片付けると、メイサの後を追った。

◆◆<4>真木野聖◆◆
(やっぱりあの女、何かおかしい。博士の送迎の時にも俺を見ていた…。
 一体何を企んでいやがる?!)
ジョーはメイサを追いながら、考えていた。
健も気になるのか着いて来ている。
「健、おめぇはいい。2人で追ったら目立ち過ぎる」
「でも、お前の勘が告げている事が妙に気になって来てな。
 それにあの女の人、本当にジョーを見ていたんだな」
「もしかしたら、あのチンピラもあの女の手先かもしれねぇ。
 健は奴らを当たってみちゃくれねぇか?」
「解ったよ。だが、深追いはするな。危険かもしれん」
「解ってる。どうしても気になるんだ。あの女の存在が…。
 ISOに潜り込んで何か企んでいるのかもしれねぇ。
 例えばメイサと言う女が死んでいねぇか確認した方がいいな」
健はジョーのその言葉を聴くと、さっきの場所に戻って行った。
チンピラを締め上げるつもりでいる。
ジョーはメイサがギャラクターではないか、と疑っていた。
何らかの理由で、ISOの技術職の中に紛れ込んでいるのかもしれない。
だとしたら、狙いは南部博士か、ISOの研究か?それとも自分自身か?
今回は自分に対する視線が気になっているジョーだった。
(まさか、科学忍者隊だと疑われているんじゃ?)
いや、そんな筈はない、とジョーは自己否定してみた。
だが、どうしてサーキットやマーケットにまで現われる?
博士の護衛兼運転手を頻繁にしており、ギャラクターを何人も倒して来た事から、敵が彼を疑っても不思議ではなかった。
ジョーはその事に漸く思い至った。
(そう言う事なのか…?だとしたら、あのメイサって女は俺を暗殺しようと狙っているのか?)
いや、まだ解らない。
あの纏わり付く視線は、ジョーを男として見ている眼だった。
サーキットで取り巻きに囲まれているから解る。
同じ眼だ。
虫唾が走りそうになる位、ジョーはそれが嫌いだった。
だから、メイサの視線に過敏になったのかもしれない。
『ジョー、チンピラは散った後だ』
ブレスレットに健からの通信が入った。
「解った」
ジョーが見送る先で、メイサが路地裏に入った。
急いでその路地に入ると、古びたビルがあった。
「古ぼけたビルに入った。そこがあの女のアジトかもしれねぇ」
ジョーはブレスレットに囁いた。
『解った。すぐに行くから1人では飛び込むな』
健の声がした。
「解ったよ…」
ジョーは自棄気味に答えたが、そっとビルの中を窺った。
このビルは『サモバンビル』と言い、ある商社が買い取ったビルのようだ。
1階から6階まで、全て『サモバングループ』で占めている。
中には、『サモバン探偵事務所』なる表記があり、ジョーはそこが怪しいと踏んだ。
健が来るまでにはそう時間は掛からなかった。
「あの女、此処に入ったんじゃねぇかな?」
ジョーは看板を裏拳でコンコンと叩きながら、健に向かって言った。
「探偵だって?どう言う事なんだ?」
「探偵ったって、何をやってるか解らねぇぜ。
 俺の事を探っていた事は間違いねぇんだが、どうも胡散臭い」
ジョーはこれまで考えた事を説明した。
「男を見る目線?」
健は考え込んだ。
ジョーを科学忍者隊と疑っているかもしれないと言う線と、それは全く結びつかない事だった。
健はジョーの顔をじっと見た。
確かに女にもてる男なのは解るのだが…。
まさかジョーを探っている内に、メイサがジョーに恋したとは考えにくい。
いや、そのまさかもあるかもしれないな、と健は思った。

◆◆<5>ピピナナ◆◆
健はジョーを今一度、見直してみた。
イタリア系の彫りの深い顔立ちの中にブルーグレイの鋭い目が光っている。
ただその瞳は鋭いだけでなく、優しさも湛えている。
そして意志の強そうな口元。
枯葉色のウエーブのかかった髪がその顔を縁取っている。
長身で手足はスラッと長い。
身体つきはマッチョではないが、程よく筋肉がついている。
なるほど、サーキットで女性達が騒ぐのも頷ける。
「何だ、健?」
ジョーは健がさっきからジロジロ見ているのが気になった。
「い、いや…。」
これじゃメイサがジョーに恋したというのも、あながち突飛な考えではあるまいと健は考えた。
しかし、どう見てもジョーはメイサより年下だった。
メイサがどういう人物なのかはよくわからないが、年下を相手にするような女性なのだろうか?
その一点だけが健は引っ掛かっていた。
「おい、ビルの中に入るぞ。」
そんな事を考えていた健をジョーが促した。
「あ、ああ…。」
2人はビルの中に入った。
目指すはあの『サモバン探偵事務所』だった。
あそこが一番臭い。
2人は『サモバン探偵事務所』の入っている6階へと昇った。
そしてドアの前まで来ると、お互いに目で頷き合った。
2人は直球勝負でいくつもりだった。
事務所に踏み込んで、メイサを探すつもりでいた。
何故ジョーをつけ狙うのか理由を聞くのだ。
もちろん、そう簡単に口を割らないだろう事はわかっていた。
しかし、ISO の職員が探偵事務所に出入りしているのはおかしい。
健がドアノブに手をかけた。
その後ろでジョーがエアガンをいつでも抜けるように構えていた。
何が起こるかわからないのだ。
用心に越した事はない。
健がドアを開けた。
2人は構えて中に入った。 中はどこにでもありそうな事務所だった。
どこにも怪しいところはない。
男が一人、窓際のデスクに座っていた。
男はジョーと健に気付くと、愛想笑いを浮かべて立ち上がった。
「いらっしゃいませ。」
どうやら2人を客と間違えているようだった。
男は手揉みしながら2人に近付いた。
「何かお探しものですか?」
「女がここに来ただろう?」
ジョーがぶっきらぼうに言った。
「女?」
男はジョーと健を交互に見ると、「あっ!」と小さく叫んだ。
「どうやら俺達に見覚えがあるようだな。」
ジョーは男に詰め寄った。
だが、男は意に介せず2人を眺めた。
特に、ジョーには頭のてっぺんから足の先まで、全身をなめ回すように視線を這わせた。
「ふーん、あんたがね…。」
つい男はポツリと呟いてしまった。
「俺がどうした?!」
ジョーが男の襟首を掴んで言った。
「い、いや…。」
男はジタバタして手足を動かした。
その拍子にデスクの上の書類がバサリと落ちた。
「ジョー!」
健がその書類を見て叫んだ。
そして何かを拾った。
健の指に挟まれていたのは、一枚の写真だった。
そこにはジョーが写っていた。
どこで撮ったものか、ジョーには記憶がなかった。
どうやら隠し撮りのようだった。
「おい、この写真は何だ!」
ジョーは更に男の襟首を締め上げた。
「そ、それは…。」
男は口ごもった。
「何故、俺の写真があるんだ?!」
「それは守秘義務で言えない。」
男はもがきながら言った。
ジョーは舌打ちすると、男を突き飛ばした。
これ以上、口を割らないと踏んだのだ。
「この写真は女と関係あるのか?」
男は黙ったまま、俯いた。
それが答えだった。
メイサがこの写真を持ち込んだのだ。
そして、一足違いでこの事務所を出て行ったのだ。
ジョーはすぐにメイサを追ってビルに入らなかった事を悔やんだ。
そうすれば、メイサの正体も自分をつけ狙う理由もわかったに違いない。
しかし、もう遅かった。
ジョーは拳をぎゅっと握った。

◆◆<6>真木野聖◆◆
「俺を尾け回していたのはあの女自身の筈だ。
 興信所じみた探偵事務所に今更依頼するとは思えねぇ。
 何か、ある……。
 あの探偵事務所は表向きの稼業だな」
ジョーは独り言のように呟いた。
髪が少し乱れている。
前髪がパラリと落ちているのは、先程チンピラを倒して、そのままメイサを尾けたせいだろう。
汗で髪が額に張り付いている様子がセクシーだとは、本人は気付いていない。
それが特徴の鋭い三白眼で、ぐるぐると頭を回転させた。
『サモバン探偵事務所』がただの探偵事務所でないとすれば、何だ?
やくざか?それともギャラクターの隠れ蓑か?
どうしても後者を考えたくなる。
健がメイサが渡した名刺を元に、ISO内でのメイサの評判を訊いて来る事になった。
「博士に頼めば何とかなるだろう」
「あんまり大事にしたくはねぇんだがな…」
「でも、お前が狙われている可能性はある。
 あの女の正体が解らない内は何とも言えん」
健の言う事にも一理はある。
ジョーは本物のメイサは死んでいるのでは、と踏んだが、果たしてどうなのか?
健は南部博士の力を借りて、メイサの住んでいるマンションまで当たったようだった。
ジョーはその時、探偵事務所のあの男の動きを張っていた。
人の出入りは全くなかった。
『ジョー、お前の言う通りだ。本物のメイサさんは自宅の風呂場で溺死させられていた。
 第一発見者になってしまったお陰でいろいろ警察に訊問されて大変だったよ』
「それはすまねぇな、健」
『これからISOの方を回る。
 メイサと名乗る女が何をしているか、探ってみる必要がある』
「あの名刺には、博士のマントル計画推進室の中の、水質管理技術局と書いてあったな」
『ああ。まさか、今建造中の新しい街の水に何か混ぜ込むつもりじゃないだろうな?』
「健、それは有り得るぜ。どうして俺を追っているのか、それだけがまだ掴めねぇがな」
ジョーはビルの出入口から先程の男が出て来るのを眼の端で見た。
「さっきの男が出て来た。尾行する」
そう言って通信を切った。

男はどこかに呼び出された風で、タクシーを拾った。
ジョーはG−2号機で尾行した。
男が訪れたのは、今は使われていない球場だった。
以前はプロ野球が行なわれて賑わっていた場所だが、施設の老朽化から此処数年は使われていない。
古びた選手控え室に男は入った。
先客がいた。
サングラスをして、この気候の良いユートランドで不自然にコートを着込んでいる。
煙草を旨そうに燻らせながら、その男は後から入って来た男を見た。
「お土産を連れて来たようだな」
その男は開口一番そう言った。
次の瞬間、コートに隠されていたライフルが火を吹いた。
探偵事務所の名も無き男は悲鳴を上げる事もなく、仰向けに倒れた。
即死だった。
ジョーは思わず飛び出した。
「てめぇ、一体何者なんだ!?
 メイサを亡き者にして、ISOに身代わりを潜り込ませ、一体何をする気だ!?」
「ほう、そこまで気付いているとはやっぱりただの小僧ではなさそうだな」
男はサングラスで隠された眼でジョーの三白眼を射抜いた。
「あんた、南部博士の養子だろう?あんたの身柄を戴こうと思ったのさ。
 今回のマントル計画を中止して貰いたくてな」
その言葉にジョーは鼻で笑った。
こいつ、俺を捕まえられると思っているらしい…。
「だが、誤算が起きた。見張り役に付けていたメイサが、いや、偽者だが、お前に恋をした」
「何だと?」
「メイサに変装しているのは僅か22歳の小娘だ。仕方がない」
そうは見えなかった。
あの物腰は完璧に20代後半、アラサーと呼ばれる世代の大人の女の物だった筈だ。
「嘘を言えっ!」
ジョーは全否定したかった。
「冗談ではない。あの女はサーキットでお前を監視している内に、その色香に参ってしまったようだな」
サングラスの男が唇を曲げた。
「色香?ヘンっ!俺は男だぜ」
「気付いていないようだな。レーシングスーツが汗で身体に張り付いた時に盛り上がって見える程好い筋肉、引き締まった腰。
 お前は女から見て、フェロモンが滲み出ている良い獲物なんだよ」
「獲物だと?」
「取り巻きが多いのもそのせいだ。そう言えば解るだろう。
 お前の取り巻きは妙齢の女性ばかりだ」
言われてみれはば確かにそうだった。
自分と同世代ではなく、少し年上の生活に余裕がある世代の女性達がいつも彼を困らせていた。
「だからって、メイサの偽者が…」
ジョーはポカンとするしかなかった。
しかし、そこで気を取り直した。
「俺の身柄を拘束して、博士を脅迫しようって考えたが、メイサが俺を自分の物にしたがったんで、計画が狂ったって事か?」
「そう言う事だ。メイサはお前をストーカーのように尾け狙った。
 決して誘拐しようとはせずにな。
 お前と別の男を2人カフェに連れ込んだ時にコーヒーに睡眠薬でも混ぜ込んでくれれば、それで用が足りたんだがな」
「ふん。睡眠薬の臭いを嗅ぎ分けられない俺様じゃねぇぜ」
「ほう?大した自信だな。どうやら特殊な訓練を受けているようだが」
「博士の送迎をするんだ。多少は用心深くなるさ」
「そうかな?お前さん、科学忍者隊じゃないのか?」
「残念だったな。南部博士が自分の養子を科学忍者隊にするとでも思ったか?」
ジョーの言葉には信憑性があると相手の男は感じたようだった。
黙って頷いた。
「それもそうだな。とにかく、殺しの現場を見られてしまった事だし、あんたには俺と一緒に来て貰おう」
「黙ってうん、と言うと思ったか?」
ジョーは跳躍して男の首筋に凄まじい蹴りを入れた。

◆◆<7>ピピナナ◆◆
男はジョーの足蹴りをまともに受けて吹っ飛んだ。
それでも体勢を立て直すと、ライフルをジョーに向けた。
一発、二発…
ライフルが発射された。
ジョーはそれを横っ跳びして避けた。
だが、男は容赦しなかった。
続けてライフルを撃ってくる。
三発、四発、五発…
男は無闇やたらとライフルを撃ってきた。
しかし、そこでライフルは咆哮を止めた。
引き金をいくら引いても、カチッと空しい音がするだけだ。
弾がきれたのだ。
「どうやら、そこまでのようだな。」
ジョーがニヤリと笑った。
ジョーはわざとライフルを撃たせて、弾がきれるのを待っていたのだ。
「くそうっ!」
男はライフルを捨てると、今度は懐から拳銃を取り出した。
だが、ジョーの方が一瞬速かった。
ジョーは太股の隠しポケットからエアガンを抜いて、ワイヤーを伸ばし、男の拳銃を弾き飛ばした。
「お前、やっぱり科学忍者…ぐっ!」
男が言い終わる前に、ジョーが鳩尾にパンチを入れた。
男はたまらず気絶した。
その時、ジョーの視界の端に黒い影が過った。
メイサ、いや、メイサを装っている女が立っていた。
女は今度は逃げようとはしなかった。
「おめえ、何者だっ!」
女は無表情で何も答えない。
2人は暫くの間睨み合っていたが、女が徐に口を開いた。
「あなた、やっぱり科学忍者隊ね。」
と、そこへブレスレットが点滅した。
健からの交信だった。
「ほら、お仲間からよ。」
女はそれで確信したようだった。
『ジョー。』
健はジョーからの応答を待たずに、喋り始めた。
『大変な事がわかったぜ。メイサの自宅で死んでいたのは本物のメイサじゃなかったんだ。死んでいたのはメイサに変装していた偽者だった。』
「何っ?!」
すると、今、目の前にいる女がやっぱり本物か…
女はにっこりと微笑むと言った。
「私の方が本物のメイサよ。偽者のメイサに殺されそうになったので、返り討ちにしたわ。」
もし、女の言う事が本当なら、話は振り出しに戻ってしまった。
メイサは一体何者で、何のためにジョーをつけ狙うかが、またわからなくなってしまった。
ジョーはただメイサと名乗る女を睨み付けるだけだった。

◆◆<8>真木野聖◆◆
「妹よ。私に変装していたのはね。
 頼んだ訳でもないわ。彼女が勝手にやったのよ」
メイサが呟いた。
「どう言う事だ?」
「私がギャラクターに入った時、彼女は私が死んだと勘違いしたのね。
 南部博士が私の意見をなかなか取り入れてくれなくて悩んでいた事を知っていたから、博士に復讐するつもりだった。
 彼女も理系の大学院に飛び級で上がる程の優秀な頭脳を持っていたのよ」
「姉の復讐をする方向性が間違っているようだが」
ジョーは鼻で笑った。
作り話なのではないか、と疑っている。
「そうでもないのよ。彼女はちょっと偏狭的な処があったから。
 そう思い込んでしまったら、もう引き返せないのよ」
「じゃあ、あんたは何故妹を殺した?」
「妹が博士の送り迎えをしているあなたに惚れたからよ。
 だから、自宅に行った。
 妹はのうのうと私の自宅で暮らしてた。
 そっくりだったのよ。
 ちょっとメイクを大人っぽくすればね」
「………………………………………」
ジョーはメイサを睨み付けるばかりで、声も出ない。
「さっき言ったでしょ?私を殺そうとしたからだ、って」
「それこそがあんたの妄想じゃねぇのか?
 妹さんはあんたをギャラクターから取り戻そうとして、あんたに成りすましていたんじゃねぇのか?!」
ジョーの言っている事には一理ある。
だが、メイサはそうは取らなかった。
その瞳を異常に燃え上がらせた。
しとやかで大人しそうな印象だったメイサだったが、その時の彼女は阿修羅のように見えた。
メイサはジョーを壁に押し付けるようにダンっと体当たりをして来た。
その眼が狂っているようにジョーには思えた。
メイサはいきなりジョーの唇を掠め取ろうとした。
女とは思えない力だった。
どうやら一旦スイッチが入ると自制心が効かなくなる女のようだった。
ジョーはメイサを払い除けた。
一瞬口裂け女のように、メイサが赤い唇を開いて笑ったように見えたのは幻覚だったのか?
そこにいたのは、元の大人しめなメイサだった。
「あなたの正体が科学忍者隊と解った以上、さっきの坊やも無事ではいられないわ。
 今頃、私の手の者に捕まっている事でしょう」
「そう簡単に行くかな?あいつはおめぇ達の手に負えるような奴じゃねぇ。
 だが、残念だが俺達は科学忍者隊ではない。
 別働隊とでも思ってくれ」
「何ですって?その身のこなし、科学忍者隊に決まっているわ。
 それにそのブレスレットもそれを証明している」
「別働隊だと言っただろうが?博士を護衛する為のな。
 科学忍者隊にはそこまでする余裕がねぇから、俺達2人で博士を護っているのさ」
「さあ、本当かしらね?」
メイサが謎めいた艶めかしい表情をした。
先程、ジョーの唇を奪おうとした事と言い、この女は一体何を企んでいるのか?
科学忍者隊の正体を突き止める事が本来の目的であるようだが、ジョーに対しては何かもう1つ含みがある気がする。
ジョーは一瞬だが、身震いをした。
「それで?俺をどうしたいんだ?まさか襲おうってんじゃねぇだろ?」
「そのまさかだったらどうするの?此処にはまだ私の仲間がいる。
 あなたを拉致して、ベッドに縛り付ける事だって出来るわ」
「冗談を言うな。俺が全員蹴散らしてやった。
 まだ出て来るって言うのか?
 構わねぇぜ。出て来るのなら出て来ればいい。
 全員遠慮なく伸(の)してやるぜ。
 大体なぁ。俺は年上の女に興味はねぇんだ。
 俺の歳を知っているのか?まだ18だぜ」
「あら、随分と大人びているのね。二十歳は過ぎていると思っていたわ。
 あっちの坊やは可愛げがあったけれど、あなたは聞かん気の強い元気な坊やね」
「ふんっ。坊やはやめてくれ。
 それよりどうする気だ。俺は科学忍者隊じゃねぇ。
 俺を拉致したって始まらねぇと思うぜ」
「そうかしら?」
その時、後方からショックガンが放たれた。
ジョーはジャンプしてそれを避けたが、第二波がすぐに襲って来て、不覚にもそれを背中に受けてしまった。
「く…くそぅ…」
ジョーは意識を手放さざるを得なかった。
そうして、彼は敵の基地に浚われた。
その頃、健も同様に敵のショックガンの餌食になっていた。

◆◆<9>ピピナナ◆◆
ジョーが意識を取り戻した時、両手を後ろ手で縛られて、床に転がされていた。
「う…。」
身体にまだ痺れた感覚が残っていた。
頭もガンガンする。
不覚だった。
たった数人の敵にやられてしまったのだ。
いくら背後からやられたとは言え、避けきれなかったのが悔やまれる。
「あら、お目覚め?」
顔を上げると、メイサが立っていた。
あの恐ろしい顔のメイサではなく、大人しいメイサだった。
「ちょっと手荒な真似をしちゃったけど、あなたが悪いのよ。」
メイサがジョーにしゃがみ込んで、顔を覗き込みながら言った。
「もっと丁寧な扱いをしてくれると思ったんだがね。」
ジョーは縛られて床に転がされている不満を言った。
「あら、ベッドがよかった?」
一瞬、メイサの唇が妖しく光った。
「私としても、そっちがよかったんだけどね…。」
メイサがジョーの顎を手に乗せて、顔を近付けて微笑んだ。
「今なら唇だって奪えるわ…。」
そして、赤い唇をジョーの唇に重ねようとした。
ジョーは顔を背けると、メイサに向かって唾を吐いた。
それはメイサの頬へとかかった。
その時のメイサの顔ほど恐ろしいものはなかった。
まるで般若のように、憎悪の炎が燃え上がった瞳をした。
「まあ、いいわ…。」
メイサは怒りを噛み殺して言った。
「あなたがそういう態度に出るのなら、こっちにも考えがあるわ。」
そして、指をパチンと鳴らした。
メイサの手下と思われる黒ずくめの男達がジョーの脇を抱えて起こした。
そして、一人の男がジョーの鳩尾に思い切りパンチを喰らわせた。
「くっ…。」
もちろん、それくらいで根を上げるジョーではなかった。
日頃から腹筋を鍛えているのだ。
何とか持ち堪える事ができた。
続いて、男の拳はジョーの顔を襲った。
口の中が切れたようだ。
鉄の味がする液体をジョーは吐き出した。
「…それくらいで何でもないぜ…。」
ジョーは不敵な笑みを浮かべた。
「何を!」
今度は男の膝蹴りがジョーの痩躯を襲った。
これはパンチより効いた。
思わず崩れ落ちそうになるのを男達は許さなかった。
ジョーを殴っている男は、いつの間にか2人に増えていた。
2人が替わるがわるジョーを痛めつけた。
ジョーの身体は殴られる度に、前にのめり込んだり、後ろに倒れたりして、まるで踊っているようだった。
「へへ…、それだけかよ…。」
ジョーは血の流れた唇で笑って見せた。
「もういいわ。」
メイサが男達を止めた。
「さすがは鍛えているだけはあるわね。これだけ痛めつけられても持ち堪えるとは。」
そして、続けた。
「でも、そろそろ素直に私の言う事をきいた方がいいわ。」
すると、部屋を覆っていた壁が音を立てて開いた。
「これを見て。」
壁の向こうには、手足を鎖で繋がれて磔にされた健がいた。
健はまだ意識をなくしているようだった。
いや、よく見ると暴行を受けた跡があった。
「健!!」
ジョーは目を剥いた。
「お仲間がどうなってもいいのかしら?」
メイサはそう言いながら健の髪を掴んで顔を上げた。
健の口からも血が流れている。
気を失うくらいだから、相当に痛め付けられたらしい。
「可愛い顔をしているわね。」
メイサは健の顔をしみじみと眺めると言った。
「でも、私はあなたの顔の方が好きだわ。その負けん気の強い顔がね。」
メイサは分厚い手袋をはめた。
男がやって来て、真っ赤に焼けた焼き鏝を渡した。
メイサはそれを受け取ると、健に近付けた。
「この可愛い坊やがどうなってもいいの?」
焼き鏝で健の腕に触れた。
ジュッという音がした。
「うわあっ!」
健がその痛みで、意識を取り戻した。
「何をする!!」
ジョーが叫んだ。
「あなたが私の言う事をきいてくれれば、この坊やは助けてあげるわ。さもなくば…。」
メイサは再び焼き鏝を健に近付けた。
「止めろっ!!」
ジョーは声の限り叫んだ。
「わかった…。何でも言う事をきこう…。」
それを聞くと、メイサの唇が妖しく光った。

◆◆<10>真木野聖◆◆
ジョーは縄抜けを試みた。
彼の足は自由だ。
両手首を縛られた縄さえ解けば、何とか動けるだろう。
身体中に痛みが走っているが、健がこれ以上痛めつけられるのは見ていられない。
「ジョー……、俺に、構うな…」
健もジョーが相当痛めつけられている事を見抜いていた。
しかし、焼き鏝で焼かれた痛みが強かった。
焼かれたのは左腕なのが幸いしていた。
ジョーは何とか縄抜けをして、健の手足を自由にしてやろうと考えた。
その為には時間を稼がなければならなかった。
「俺に…何を要求する?」
ジョーはそれが特徴である三白眼をよりキツくした。
「白状しておしまいなさい。
 あなた達は科学忍者隊なんでしょ?」
メイサは反吐が出る程優しい口調で訊いて来た。
それもジョーの頬を撫でながらだ。
「違う…」
ジョーは断固として否定した。
切れた口の中が痛んだ。
「気の強い坊やね」
「俺と健は、孤児だ。縁あって南部博士が後見人になっていると言うだけだ。
 俺達は本業を持ちながら、交替で博士の護衛をしている。
 本当にそれだけだ…」
「そうかしら?」
メイサの唇が曲がった。
「あなた達の周辺には科学忍者隊の臭いがプンプンするわ」
「そりゃあ、そうだろう?あいつらは南部博士が組織した奴らだからな」
「それだけじゃないわ」
メイサはブレスレットをした健の左手首を見た。
健はブレスレットのスイッチを切っていた。
ジョーも縄抜けを始める際にそうしていた。
「何の変哲もねぇブレスレットだ。科学忍者隊のとは違うぜ。
 試しにそいつに話し掛けてみたらどうだ?何の応答もねぇ筈だ。
 南部博士が、俺達が15になった時にくれた揃いのブレスレットだ。
 科学忍者隊のもんとは全く違う」
ジョーは話を引き伸ばして時間稼ぎをしている。
健もそれに気付いた。
「やってみろよ…」
痛々しく青痣の出来た唇で、健が呟いた。
「そっちの坊やは黙っていなさい。
 私はこっちのワイルドな坊やと話がしたいのよ」
「何だってそんなに俺の事が気に入ったんだい?」
ジョーはくだけた口調で話し掛けた。
「あなたがとてもセクシーだからよ」
「『坊や』、なんだろ?あんたにとっちゃガキって事じゃねぇか?
 妹の事は知らねぇが、おめぇが俺を相手にするとは思えねぇ。
 やっぱり妹が俺に恋をしたとか何とか言うのが、おめぇには引っ掛かっているんだろう?」
「………………………………………」
メイサはグッと詰まった。
「図星のようだな」
「殺すつもりはなかったのよ。でも、カッツェ様の命令で仕方なく…」
「やっぱり、妹さんはあんたをギャラクターから救い出そうとしていた。そうだな?」
「救い出そうとしていたかどうかは知らないわ。
 でも、私は自分の研究を高く買ってくれたカッツェ様に一生服従する事を誓ったのよ!」
「だからって、自分の血を分けた妹を手に掛けたってぇのか?」
ジョーがそう言った時に縄が解けた。
だが、まだ縛られたままでいる振りをしていた。
「妹はあなたに惚れて、段々ギャラクターへの復讐心を忘れて行ったわ」
「それは幸せな事じゃねぇか。少なくとも俺とは違う」
「私は忘れられた事で妹を憎んだ!」
「勝手に出奔しておいて何言ってやがる?さっきから言ってる事が支離滅裂だぜ」
ジョーはメイサが心を病んでいる事を確信した。
それは、ISOに勤めていた頃からだったに違いない。
だからメイサの研究を、南部博士は採用しなかったのだ。
ジョーは自由になった腕を解放した。
メイサを通り越して、健に向かって大腿部の隠しポケットから取り出したエアガンを4発撃った。
メイサは仲間を殺すのかと一瞬驚いたようだが、ジョーが凄腕の射撃の名手で、健を拘束していた鎖を切っただけだった事に気付いた。
これで健も自由の身になった。
2人はメイサの方へとにじり寄った。
その時、何処からか聴き慣れた高笑いが響き渡った。

◆◆<11>ピピナナ◆◆
(カッツェだ!)
ジョーと健は同時に顔を見合わせた。
今は科学忍者隊だという事を伏せている2人だ。
大っぴらには声に出せない。
ジョーと健は目だけで辺りを見回した。
しかし、カッツェの姿はモニターに映っているだけだった。
どうやら、どこか別の場所からこの部屋を監視しているらしい。
「カッツェ様!」
メイサがモニターに向かって、恭しく頭を下げた。
「その男達が科学忍者隊かもしれぬと言うのだな?」
「はい。仰る通りです。」
「けっ。さっきも言ったが、俺達は科学忍者隊なんかじゃねえぜ。」
ジョーがモニターのカッツェに毒づいた。
「だが、今の射撃の腕は見事だった。科学忍者隊の一人は射撃の名手だがね…。」
「何度、同じ事を言わせる気だ。俺達は違う。」
今度は健が言った。
「ふーむ…。まあ科学忍者隊であってもなくても、どっちでもよい。メイサ、この男達を消せ!」
そう言うと、モニターのカッツェは消えた。
メイサはそれに深々とお辞儀をすると、ジョーと健の方を向いた。
「聞いた通りよ。もう、あなた達には用はないわ…。」
いつの間にかギャラクターの隊員達がジョーと健を取り囲んでいた。
数十人はいるだろうか。
みんなマシンガンを手にしている。
「どうするよ、健?」
「やるしかあるまい。」
2人はニヤリと笑って身構えた。
今はただの護衛だと言ってる場合ではない。
「やっておしまい!」
メイサが叫ぶと同時に、マシンガンが火を噴いた。
ジョーと健は左右に別れて横転した。
ジョーは着地するついでに、隊員の首を足で挟みこんだ。
その隊員のマシンガンの弾があらぬ方向へ飛び、同士討ちとなった。
ジョーの身体は先程痛め付けられたせいで、キシキシと疼いたが、今はそんな事はどうでもよかった。
ジョーは今度はエアガンを抜いて、その三日月型キットを用いてタタタタッと隊員達の顎を砕いた。
隊員達はたまったものじゃない。
マシンガンを取り落としたり、その場に踞ったり、中には逃げ出す隊員もいた。
健を見ると、手刀を切ったり、足蹴りを入れたりして、確実に敵を減らしていた。
この2トップにかかれば、数十人の隊員など問題ではないのだ。
ほんの数分で片が付いた。
その場にいた隊員達は全て2人で倒してしまった。
その様子を見ていたメイサは、やはりこの2人は只者ではない、科学忍者隊だと確信した。
ジョーと健はメイサににじり寄った。
メイサはこの2人を相手にするのは、もう無理だと考えたのだろう。
急に猫撫で声に変わった。
「私をどうするつもりなの?」
ジョーは顎に手を置いて考えた。
実は、ジョーはメイサが病気だと思った瞬間から、彼女を病院へ収容し、治療させるつもりでいた。
「病院へ行こう。」
ジョーはメイサの腕を掴んだ。
「病院!!」
メイサはジョーの手を振りほどくと、凄い形相に変わった。
「私は病気じゃないわ!」
メイサがカッときたのは、自分でも薄々狂気の世界にいる事を感じているからだろう。
そして、どこから出したのか、小さなナイフでジョーの手の甲を突いた。
「うっ。」
ジョーが一瞬怯んだ隙に、メイサは逃げ出した。
「覚えてらっしゃい!私はあなたを絶対に許さない!」
そう言うと、メイサは風のように消えた。
「しまった…。」
ジョーは手の甲の傷を押さえながら言った。
「メイサを一人にしておくのは危険だ。何をするかわからん。」
健も呟いたが、もう既に遅かった。
2人は不吉な思いを抱きながら、その場を去った。
しかし、その数日後、ジョーと健は驚くべき事実を知った。
南部博士の元にメイサから脅迫状が届いたというのだ。
要求は、ジョーの身柄を差し出せとの事だった。
さもなくば、ユートランド市の上水道に毒物を混入させると言うのだ。
「博士、俺は行きますよ。」
憂慮している南部博士にジョーは言った。
「しかし、裏ではギャラクターが暗躍しているというではないか…。」
南部博士はジョーの身を案じていた。
「それなら、俺も一緒に行きますよ。乗りかかった舟だ。」
健が言った。
「俺がそれとなく、ジョーの後を尾行します。」
こうして、2人は再びメイサと対峙する事となった。

◆◆<12>真木野聖◆◆
ジョーが呼び出されたのは、ユートランド郊外の森の中にポツンと建つ古びた美術館の跡地だった。
実は彼が良くトレーラーハウスを停めて根城にしている場所からそう遠くはない場所にあり、ジョーはその場所を見知っていた。
「健、あの場所は木々に囲まれていて、鬱蒼としている。
 人に隠れて何かを企むには丁度いい場所だと言ってもいい」
ジョーは南部博士が司令室を出た後に、呟くように言った。
博士は他の3人も呼ぼう、と言ったのだが、ジョーが5人で行っては目立ち過ぎると主張してそれを断っていた。
健も全く同感だった。
それでなくても科学忍者隊だと疑われているのだ。
5人で雁首を揃えて行っては、余計に疑われるばかりである。
「俺はその森の木々の中に隠れながら、ジョーを追って行こう。
 気をつけて掛かれよ、ジョー」
「ああ、解ってるって!健、おめぇこそ、もう傷は大丈夫なのか?」
「え?……あの焼き鏝は結構堪えたが、もう大丈夫だ。
 その内傷跡さえなくなる、と博士が言ってたぜ。
 お前の手の甲の傷は?」
「元々軽かった。とっくに治っている」
ジョーはメイサにやられた右手の傷を見つめてから、手袋を着けた。
「ようし、呼び出された時間ピッタリに俺は中に突入するぜ」
彼はそう言って拳を握り締めた。
そして、G−2号機に飛び乗ると、先に博士の別荘を出た。
健は後からバイクで目立たないようにジョーを追う事にした。
行き先は解っているが、どこか途中で襲われないとは限らない。
健はジョー同様に警戒していた。
ジョーは運転席から油断なく、目配りをした。
今の処、どこかから狙撃されるなどの気配は全くない。
メイサはあのもう使われていない美術館で黒服の部下達と共に待ち構えているのだろう。
ジョーは緊張を解かずに、その場所へと一目散に向かった。
指定されたのは午後の3時。
丁度5分前に旧美術館の前に到着した。
周辺には何の気配もない。
ジョーは慎重にG−2号機を降りた。
科学忍者隊と疑われている以上、変身は出来ない。
この件は平服姿で片付けるより他なかった。
その覚悟は出来ていた。
身体能力は衰える事はない。
飛翔能力や防御力などはバードスタイルよりも落ちるが、それは仕方がないだろう。
「ユートランドの上水道に毒物を混入させるなど、ふざけた事を言いやがって!
 一体この俺をどうするつもりだ!?」
ジョーは計り知れないあのメイサと言う女に少しだけ恐怖を覚えた。
ギャラクターなど怖くはない。
だが、あの狂気の女が何をするのか全く読めない事が彼に不安を覚えさせたのだ。
余りこう言った相手に遭遇する事はなかった。
サーキットの取り巻きが少し似ているかもしれないが、此処までではない。
適当にあしらって置けば何とか誤魔化せるレベルの女性達だった。
だが、メイサは違う。
頭も切れるし、何よりカッツェへの忠誠心が高い。
もしかするとカッツェに洗脳をされていて、それで精神に異常を来たしているのかもしれない、とジョーは思った。
カッツェはゆっくり時間を掛けて、メイサを洗脳したに違いない。
それならISOの南部博士の研究室で働く彼女をギャラクターに取り込んだ理由もすっきりと説明が付くではないか。
メイサは最初からおかしかった訳ではない、と南部博士も言っていた。
ただ、メイサの妹・アリサがメイサの代わりとして姉に成り代わって研究室に潜り込んだ事が誤算となった。
メイサをそのまま研究室に置いて悪事を働かせようとしたのに、メイサの失踪にギャラクターが一枚噛んでいる事に気付いたアリサは姉に成りすまして研究室に入り込んだのだ。
だから、カッツェはアリサの暗殺をメイサに命じた。
何とも非情な通告だった。
だが、カッツェに操られているメイサは平気でそれを実行した。
本当は平気ではなかった。
でも、やるしかなかったのだ。
ジョーは此処まで想像していた。
そして、それは全て当たっていた。

アリサがジョーに惚れたと言う事は事実だった。
南部博士の送迎に来る彼を見ている内に一目惚れしたのだ。
どこから手に入れたのか、ジョーの写真も持っていた。
メイサが探偵事務所に持ち込んだ写真はその写真だった。
探偵事務所は結局、利用されただけだった。
ジョーの監視をする為に。
実際にはメイサがサーキットまで出向いたりして、自分自身でも監視を続けていたし、ある場面でわざと探偵事務所の人間に自分を襲わせて、ジョーに接触を試みた。
彼女も若いジョーの男性としての魅力に気付いていた事は事実だ。
しかし、妹のアリサが惚れた男だと言う事で、素直にはなれなかった。
メイサは実の妹の生命を奪った。
入浴中に浴槽に沈めて…。
この手で生命を奪った時の感覚はまだ覚えている。
それをしなくてはならなくなったのは、ジョーのせいだ。
メイサの心はやはり錯綜していた。
何故か恨みの連鎖から、そのベクトルがジョーの方に向いてしまったのだ。
メイサは美術館でジョーを待つ間に様々な事がフラッシュバックして苦しんでいた。
そこにジョーが入って来た。
メイサは狂気の眼でジョーを睨んだ。
メイサの周りにはやはり黒服の男達が10人程並んでいたが、その後方には、ギャラクターの隊服を着た者がマシンガンを構えて立っていた。
そちらも10人はいる。
合計で20人か…。
ジョーは声に出さずに呟いた。
「待たせたな。いや、指定の時間通りか」
ジョーは不敵な笑みを見せた。

◆◆<13>ピピナナ◆◆
メイサは顔に妖しい微笑みを湛えていた。
「よく来たわね。」
「当たりめえじゃねえか。あんな脅迫状を出されちゃあな。」
ジョーは軽く受け流した。
「で?俺をどうする気だ?」
メイサはそれを聞くと、嬉しそうに笑った。
「死んでもらうわ…。」
黒服の男達が身構え、ギャラクターの隊員達もマシンガンの銃口をジョーに向けた。
「そんなに簡単にいくかね?」
ジョーも身構えた。
メイサはいよいよ嬉しそうに笑った。
「そうよ、それ。その強気なところが私は好きなのよ。」
「好き?」
「そうよ、殺したい程、好きなのよ。」
そう言うと、メイサは先程とはうってかわったように暗い表情になった。
「たから妹も殺した…。カッツェ様の命令も渡りに舟だったわ。これで邪魔者は消せるってね。」
ジョーはそれは嘘だと思った。
本当なら、あんな悲愴な顔はしまい。
やはりメイサはおかしい。
喜怒哀楽の感情の起伏が激し過ぎる。
メイサはジョーに近付いてきた。
そして、頬に触れながら言った。
「これであなたは私のものになるのよ…。」
その手を頬を撫で回しながら、首筋へと滑らせた。
その時、ジョーは首筋にチクッという痛みを感じた。
「何をした?」
「あんまり元気よくされちゃ敵わないから、薬を使わせてもらったの。大丈夫よ、ちょっと身体が痺れるだけ。死にはしないわ。」
見ると、メイサは小さなスタンプのような注射器を握っていた。
「これはごく少量でも効くのよ。」
ジョーは心なしか指先が痺れてきたような気がした。
「この薬は動けば動く程、身体中にまわるから、大人しくする事だわ。」
そう言うと、メイサはくるりと踵を返し、指をパチンと鳴らした。
黒服の男達がジョーに襲いかかってきた。
ジョーはそれを回し蹴りしてかわした。
横転しながら、次々と蹴り上げていく。
しかし、徐々に身体の感覚がおかしくなってきていた。
自分の身体が自分のものではないような感覚なのだ。
手が小刻みに震え、膝がガクガクとなった。
「ほら、あんまり暴れるから…。」
メイサが言った。
「くそっ…。」
マシンガンも火を噴いた。
だが、それはジョーの足元を狙っていた。
まだ殺すなとメイサから指示が出ているのだろう。
ジョーの身体を痺れさせるのが目的のようだった。
次第に自由のきかなく身体でジョーは闘った。
しかし、足はもつれ、手には力が入らなくなってきていた。
とうとうジョーはガクッと膝を床についた。
肩で息をしている。
冷や汗が流れていた。
「OK 。もういいわ。」
メイサの合図で、男達の攻撃もマシンガンもピタリと止んだ。
そこで、メイサは徐に近付いてきた。
ジョーは床に片膝をついている事もできずに、倒れてしまった。
身体中が痺れて、動かせない。
メイサはしゃがみ込むと、またあの何を考えているかわからない笑みを浮かべた。
「漸く、大人しくなったわね。」
「何故、ひと思いに殺さない…。」
ジョーは喘ぐように言った。
「そんなに死に急ぐ事はないわ。お楽しみはこれからよ。」
メイサがそう言った時、ドアが勢いよくバタンと開いた。
そこには健が仁王立ちになっていた。

◆◆<14>真木野聖◆◆
「ジョーっ!」
健がキラリとする小さな丸い物体を投げた。
それはピルケースだった。
ジョーは健が意図している事を読み取って、横たわったままパシっと受け取り、中の物を口に含んだ。
水はなかったが、そのままごくりと飲み込む。
身体の痺れはすぐには止まない。
だが、これは南部博士がこうなる事を予期して健に委ねた物だと言う事が彼には解った。
恐らくは解毒剤だ。
比較的いろいろなタイプの物に効く万能タイプだろうから、すぐに効いて来るとは限らなかったが、ジョーは少し身体が軽くなった気がした。
走り込んで来た健が、ジョーを支え起き上がらせる。
「大丈夫か?ジョー!」
「ああ、どうやら助かったようだ…。身体に力が甦って来ている。
 どうして博士はこれを用意したんだ?」
「博士はメイサの行動パターンを読んだんだ。
 最近、彼女は薬を使う事があったらしい。
 彼女の周りでおかしな出来事が増えていた」
「とんだ邪魔が入ったけど、まあいいわ。そっちの坊やも纏めて死んで貰うわ」
メイサが恐ろしい眼をして、2人を睨んだ。
ジョーはその間に身体の痺れが大分改善して来たのか、やおら立ち上がった。
まだ身体はふら付いている。
痺れも残っている。
だが、このまま手を拱いている彼ではなかった。
「へへっ、これ位まで回復すれば、何とか動けそうだぜ、健」
「無理はするな。此処は俺に任せておけ」
「そうは行くか。メイサを病院に連れて行かなければならねぇ。恐らくは強制収容だろうぜ」
メイサは2人の会話を哀しそうに聴いていた。
目まぐるしく表情が変わって行く。
阿修羅のようになったり、ふと、寂しそうな表情になったり、儚げになったり…。
一瞬の内にその顔を変えて行くのだ。
まるでとっかえひっかえお面を被り直して行くかのように。
恐らくはメイサの病気は精神分裂を来たしている。
薬にも手を染めているようだし、彼女が心を病んだのは、確実にカッツェの洗脳が原因だと見て良い。
治療には時間が掛かるだろう。
ジョーは最後の手段を講じるしかないと思った。
女を相手に、こんな事はしたくなかった。
だが、止むを得ない…。
彼の右手が密かに動いた。
ジーンズの大腿部の隠しポケットのジッパーを下げたのだ。
「ジョー…」
敵の黒服とギャラクターの隊員服と乱闘を演じている健がそれを見咎めた。
「やるしかねぇ。終わらせる為には!」
ジョーは決意を込めて、エアガンを取り出した。
彼はそれを撃つのではなく、手にしたままメイサに近づいた。
そして、優しく抱き締めた。
「メイサ。おめぇはもう苦しまなくてもいい。カッツェの野郎に翻弄されただけなんだ…」
ジョーはそう言うと、エアガンの銃把をメイサの首筋に下ろした。
メイサは「うっ」と言って、そのままジョーに凭れ掛かるように崩れ落ちた。
素直な…、優しげな表情に戻っていた。
これがメイサの本当の顔なのだ、とジョーは思った。
「ようし、これからが本番だぜ!」
ジョーは叫んだ。
どこからかカッツェが監視しているに違いない。
別手が現われる可能性もあった。
「健、勝手に科学忍者隊だと疑われて甚だ迷惑だったが、ついでだからこいつらも片付けてやろうぜ」
「ああ、望む処さ」
健とジョーは背中合わせになった。
「残念だが、科学忍者隊は5人だ。なぜ此処に2人しかいないのか、おめぇ達は良く考えてみるべきだったな」
ジョーは捨て台詞を残すと華麗に跳躍した。
そうして、敵兵の中に飛び込んで行く。
健も武闘派だ。
可愛い顔に騙されていると、なかなか手強い技を繰り出して来る。
黒服が健に面白いように投げ飛ばされ、強い蹴りを入れられては呻いている。
ジョーも華麗に舞い、長い脚で敵に回し蹴りをお見舞いした。
彼は休んではいない。
次の瞬間には、別の敵に重いパンチを繰り出しているのだ。
20人からの人数を片付けるのに、長い時間は必要なかった。
『さすがは南部博士の護衛を任ぜられている程の事はある。
 科学忍者隊ではなかったとは残念だが、また近い内に逢う事もあろう。覚えておくがいい』
どこからかカッツェの声だけが響いた。
「静かになったな…」
ジョーはそう言うと、倒れているメイサの方へと近づいた。
「健、これがメイサの本当の顔だぜ。カッツェに利用されるだけ利用され、妹を手に掛けた気の毒な女だ。
 元の彼女に戻るまでには時間が掛かるだろうな…」
「仕方があるまい。あの狂気は尋常ではなかった。ジョーも災難だったな」
「歪んだ恨みが募ったんだろうよ。俺のようにストレートじゃねぇ。
 もっと複雑に絡み合った感情が、自分でも自分が解らなくなる程、事をエスカレートさせちまったんだ」
「可哀想な人だな…」
健はメイサの顔に眼を落とし、呟いた。
「さて、病院に連れて行く事にしよう」
ジョーはメイサを抱き上げた。
「身体の痺れは大丈夫か?」
「ああ、これぐれぇの事をするのには、何の問題もねぇ」
ジョーは健を振り返って、そう言った。
その一瞬の隙だった。
メイサが眼を見開いて、胸のペンダントから取り出した何かを口に含んだのは。
「メイサっ!」
ジョーは抱き上げたメイサを床に下ろし、それを吐き出させようとした。
だが、メイサは吐き出そうとしない。
強い意志を持って、そうしているかのようだった。
ジョーは先程健が投げ渡したピルケースを開けた。
「ジョー。薬はさっきの1錠しかない…」
健が暗澹とした表情でそう言った。
「メイサ!しっかりしろっ!」
ジョーに抱き起こされたメイサは、何かを言おうとして、「ぐっ!」と血を喀いた。
「何て馬鹿な事を…!」
ジョーはメイサの頬を何度も往復ビンタをしたが、メイサはそれきり動かなくなった。
「ジョー…。死んだのか?」
健が力なく訊いた。
「ああ。残念乍ら、たった今、死んだ……」
ジョーの手の中には、メイサの身体が弛緩して行く瞬間の感触が残っていた。
そっとメイサの身体を横たえる。
「何て事を……。死ぬこたぁなかった。確かにやった事は人道的に外れた事だったが、それもこのメイサのせいじゃねぇ」
「ジョー…」
健がジョーの肩を叩いた。
ジョーの肩が震えているのに、健は気付いた。
「救えなかった。またギャラクターにその運命を翻弄された人間を……」
ジョーは暗い眼をして呟いた。
メイサからはアーモンド臭がした。
シアン化カリウム…。青酸カリを口にしたのだ。
「気付いてやれば良かった。俺にしかそれは出来なかった…」
「ジョー…」
健はメイサの遺体の前にいつまでも蹲っているジョーを立たせた。
「お前のせいじゃない。断じて違う。メイサは確かにお前に歪んだ愛情を持っていた。
 でも、お前にこれ以上の事は出来なかった筈だ。
 俺達にはメイサに安らぎが訪れる事を祈るしかない」
「安らぎ?そんなもん、ある物かよ?!」
ジョーは声を荒げた。
メイサに対して不思議な感情が浮かんでいた。
それは、自分でもどう、とは説明の付かない感情だった。
「1人にしてくれ…」
ジョーは暗澹とした表情で呟いた。
「1人にしてくれっ!」
一段と声を大きくしたジョーに、健は黙って、踵を返した。
「早く、帰って来いよ。博士が心配しているからな」
健の穏やかな声がした後は、物音1つしなかった。
ジョーはメイサをもう1度抱き上げた。
せめて、きちんと葬ってやろうと思った。


〜the end〜





★今回のコラボの感想★
  (コラボ期間:2014.07.22〜08.04)

<ピピナナ>

如何でしたでしょうか?
お楽しみ頂いたでしょうか?
今作、私は不調続きで、随分と真木野さんに助けて頂きました。
原因は、わたしが「メイサ」のキャラをよく理解できていなかった事につきます。
2人で作り上げたキャラでしたが、真木野さんのように深く捉える事が出来ていませんでした。
その事が心残りとなった作品となりました。
次回作はいつになるかわかりませんが、今度はもっと、人物像を掘り下げて挑みたいと思います。


<真木野聖>

今回のコラボは、1から2人で作りました。
まずピピナナさんが謎の女を出したいと仰って、そこから2人で謎の女像を作り上げました。
いざ、書き始めてみると、これがなかなかの難産。
それぞれが苦しみながら、書いたと言う感じです。
1からのコラボは10代の頃に経験がありますが、それはもう大変でしたね。
ちょっとそれを思い出しました。
でも、コラボをしている最中はそれしか頭になくなり、この第二弾も楽しく書かせて戴きました。
ピピナナさんには良い刺激を戴いております。
いつも有難うございます。
第三弾は、少し間が空くかもしれませんね…。
それでもきっといつかお逢い出来るでしょう。
また2人のコラボが読める日がきっとやって来ます。
少しの間、待っていて下さい。
なお、私の力不足でラストが上手く纏まらなかった事を深くお詫び申し上げます。m(_ _)m








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