ピピナナ&真木野聖コラボレーション企画 第3弾

『Luxury Night』
  〜ピピナナ&真木野聖 作〜

◆◆<1>真木野聖◆◆
ジョーは南部博士の密命でイタリア本土に飛んでいた。
今回は特別な事情があって、クルーズ船に乗船している。
南部博士の縁者でないと駄目だと、相手方に要望されたのだ。
上陸は殆どしないので、G−2号機は基地に置いて来ていた。
ベネチア、ドブロブニク、アテネ、サントリーニ島、ナポリ、カプリ島、ローマ、ピサ、フィレンツェ、南仏、バルセロナを回るコースだったが、任務もある為、全コースには乗らず、カプリ島から乗船した。
その船内で乗客と接触する必要があったからだ。
相手はイタリア人だった。
そこで日系イタリア人のジョーに白羽の矢が当たり、博士の代行を依頼されたのだ。
クルーズ船にはドレスコードがあり、ジョーはその夜、ローマに着く前のパーティーの場で、タキシードを着て相手に逢い、互いにメモリーチップを受け渡しした。
ジョーは流暢なイタリア語で相手と会話を交わした。
南部博士からの密命はこれだけだ。
その男は翌日、ローマで降りた。
お互いにただの『使い』であり、その本当の仕事(メモリーチップ受け渡しに関する)の意味は知らない。
ジョーも密命をこなし、ホッとしながら、下船の支度をしていた。
荷物はスーツケース1つだった。
いつ科学忍者隊の任務があるか解らないと言う南部博士の憂慮から、ジョーはすぐにローマを発たなければならなかった。
この船はこの港に5日間停泊する事になっている。
ジョーは入れ替わりに今日港を出るクルーズ船に乗り込むよう指示を受けていた。
だから、イタリア本土には殆ど上陸する暇がなかった。
乗船手続きをするだけの僅かな時間、イタリア本土に足を着けていた事になる。
どうせならBC島に寄ってみたい気持ちはあったが、任務を持ち出されては我侭は言えなかった。
それでも、ジョーは密命を終えて次の寄港地ピサに寄るまでの僅かな時間を楽しめば良い筈だった。
そこにゴッドフェニックスが迎えに来る予定になっていた。

ジョーが乗り換えたクルーズ船にはある貨物も搭載されていた。
それはとある国家の大量の金銀財宝である。
ローマから搭載されたのだ。
これを狙って乗船した者達がいる。
ご他聞に漏れずギャラクターだ。
普通の姿に変装しているが、何だか目つきが悪い連中だな、と、ジョーは最初からマークしていた。
だが、これから何が起こるのか、ジョーはまだ何も知らなかった。
乗船手続きが済んで一番安いがそれなりの豪華な部屋で休んでいると、『ウェルカムパーティー』のアナウンスが流れた。
この船ではジョーも新規乗客だ。
余り気が進まなかったが、タキシードに着替えて出席した。
ジョーは上背があり、身体も引き締まっている為、シルバーを基調にしたタキシードが良く似合った。
パーティー会場で周りを見回してみる。
多国籍な感じがした。
チャイナドレスの若い女性もいる。
どこかの王女のようなドレスを着ている女性もいるが、男性はタキシード姿だった。
男女同数ぐらい乗っているが、ジョーのように一人旅の者は殆どいないようだ。
それに彼の年齢では家族連れが多いようだった。
それはそうだろう。
このような豪華客船に若造が乗れる筈がない。
そこにウェイターが近づいて来た。
この男、実は国際警察の警部である。
藪原 誠(ヤブハラ・マコト)。日本人。
年齢は27歳。
叩き上げではなくキャリア組で、入庁時から警部補の位を持っていたが、その後警部に昇進。
なかなかの切れ者でキャリアの癖に柔道5段の猛者。
色白の美形だった。
髪は短く切り揃えているが、サラサラとした髪質だった。
身長185cmと背が高く、ジョーと同じだが、体重は73kgあった。
それでもかなり見掛けはスリムで、モデル体型と言っても良い。
だが、ジョーよりは体格がいい。
仕事は出来る。
この若さでプロファイリングなどでこれまでに多数の実績を挙げて来た。
なかなか勘も鋭く、行動力もある。
今回は怪盗が出るとの情報を元に、ジョーが乗り換えたクルーズ船にウェイターとして単身、潜入していたのだ。
当然、刑事だなどと言う様子は億尾にも見せず、ジョーに「お飲み物は何になさいますか?」と訊いて来た。
完全にクルーザー船の従業員の物腰だが、船長にはその正体を知らせてあった。
彼はジョーを20歳過ぎだと勘違いして、トレーに酒を何種類か乗せていたのだが、ジョーに苦笑しながら「未成年だから」と断った。
それで薮原は彼について強い印象を持った。
「では、ジュースか炭酸。またはコーヒーか、紅茶がございますが何をお持ちしましょう?」
「ジンジャーエールがいいな。一見酒を飲んでいるように見える」
「畏まりました」
薮原は一旦下がったが、ジョーに対して少し疑念を持ったようだ。
何故なら先程も書いたが、未成年がたった1人で乗れるようなクルーズ船ではないからである。
他に仲間が居るのかもしれない。
だが、さり気なく観察していると、ジョーはずっと1人だった。
薮原から見ると、どうも謎の人物だった。
それも次のピサでもう下りると言う。
その情報はチーフパーサーから既に得ていた。
そして、彼がジンジャーエールを持ってジョーに近づいて来た時、騒ぎは起きた。

◆◆<2>ピピナナ◆◆
ガチャンッとグラスの割れる音がした。
ジョーがその方向を見ると、人集りができていた。
何事かと思ったジョーは、ジンジャーエールを持つ手を止めた。
どうやらただ事ではないらしい。
このパーティーに集まった紳士、淑女達が眉をひそめていた。
「どうしたんです?」
ジョーは傍を通り過ぎるドレス姿の女性に訊いてみた。
その女性は立ち止まると、顔をしかめて言った。
「喧嘩らしいですわ。」
「喧嘩?!」
そうなら止めなければと、ジョーは人垣の中に分け入った。
目の前では2人の人物が乱闘を演じていた。
一人は中年の男性。
もう一人はジョーより少し年下くらいの少女だった。
中年の男性はでっぷりと肥った身体に、仕立てがよく生地のよいチャイナ服を着ている。
少女も真っ赤な生地に金糸の刺繍の入った、ピッタリしたチャイナ服を着ている。
2人ともチャイナ服を着ているところを見ると、どちらも中国人らしい。
東洋人特有のすっきりした顔立ちをしている。
そして、時折「はいっ、はいっ!」と掛け声を発しながら演じているのはカンフーだった。
2人とも、なかなかすばしっこい俊敏な動きを見せていた。
ジョーは目の前でカンフーを見るのは初めてだったが、まるで映画の世界に迷い込んだような気になる程、2人の闘い振りは見事だった。
テキパキと動く手足、柔らかい身のこなし、流れるような技の応戦。
どれをとっても、見事としか言いようがなかった。
「止めなさい、美美卯!」
傍にいた中年の婦人が叫んだ。
「だって、マーマ(お母さん)…。」
闘いながら、少女が言った。
どうやらこの中年婦人と少女は親子らしく、「美美卯」というのが少女の名前らしい。
中年婦人もそのふくよかな身体をチャイナ服で身を包んでいる。
「バーバ(お父さん)が変な事を言うから…!」
「何を!」
という事は、中年の男性は美美卯の父親らしい。
2人の乱闘はいよいよ激しさを増していった。
「誰か止めて!」
美美卯の母親が叫んだ。
ジョーは2人の間に割って入った。
いつの間にか先程のウェイターの藪原も来ていて、一緒に止めにかかった。
しかし、2人の乱闘は止まらない。
邪魔者が入ったとばかりに、今度はジョーと藪原めがけて拳が飛んできた。
仕方なくジョーが美美卯を、藪原が父親を止める形になった。
まずは藪原が父親が拳を振り上げてきたところを、隙をついて背負い投げにした。
父親の身体は、どうっと床に叩きつけられた。
続いて美美卯がジョーめがけて足蹴りしたところを、もう片方の足をさらって転倒させた。
仰向けに倒れたところを、ジョーは軽く鳩尾にパンチを入れた。
「くっ!」
美美卯は小さく呻くと、動きを止めた。
「バーバ、美美卯!」
母親がすぐさま駆け寄って2人を介抱したが、2人とも打たれ強いのか、すぐに起き上がる事ができた。
「すみません、この2人、いつも喧嘩ばかりで…。」
母親が申し訳なさそうに言った。
「だってバーバはこのパーティーに出席している男の中から婿を選べって言うのよ。」
美美卯は不満そうに口を尖らせた。
「この豪華クルーズ船に乗船しているのは、どこかの金持ちの御曹子ばかりだ。美美卯に相応しい男がいる筈だ。」
父親が言った。
そうじゃないヤツもいるがね…とジョーは口を曲げて笑った。
なるほど、この一家の旅の目的は婿捜しか。
ジョーは妙に納得した。
「でも、バーバがどうしてもと言うなら、私、決めたわ。」
そして、美美卯はつとジョーの横に立って腕をとった。
「私、この人に決めた。」
ジョーは思わず、えっとなった。
「だって、この私を倒したのは彼が初めてなのよ。私、強い人が好き。」
美美卯がすました顔で言った。
とんでもねえ、とジョーは思った。
美美卯がその場しのぎを言っているのがわかったのだ。
「ねえ、あなた、名前は?」
「ああ?!」
藪原が横でくっくっと笑いをかみ殺しているのがわかった。
「ねえ、ねえ。」
美美卯がぐいぐいと身体を押し付けて訊いてきた。
身体にピッタリと沿ったチャイナ服から細い腕が伸びてきて、ジョーの首に絡みついた。
「ジョ、ジョーだ…。」
ジョーはたまらずに、ついに名乗ってしまった。
「ジョーね!私は美美卯。宜しくね!」
さらに美美卯は身体を押し付けてきた。
「お、おい…!」
その時だった。
パッと大広間の照明が消えた。
途端にザワザワとどよめく声が聞こえた。
ジョーは美美卯を自分から引き離すと、身構えた。

◆◆<3>真木野聖◆◆
『ハッハッハハハハ!思わぬ面白い茶番劇を見せて貰ったな。
 有難う。礼を言わせて貰おうか…』
聴き慣れた甲高い声がパーティールームに響き渡った。
暗闇の中に1箇所だけ眩(まばゆ)く光る光点がある。
周囲の光が遮られた中、そこだけが眩しく暗がりで見えなくなった人々の眼に反射した。
暫くは何も見えなくなり、少しずつ光に慣れて行く筈だ。
それは、メインステージになっていた場所だった。
ジョーは暗闇での戦闘訓練を黙々と行なっているから、人々よりも早めに眼が慣れた。
そこは先程までピアニストがグランドピアノを優雅に奏でていた場所だと言うことが解った。
衆人環視の中、美しいドレスで着飾った美人ピアニストは席から乱暴に払い除けられ、年代物のグランドピアノがガガーン!と音を立てて、引っくり返された。
メインステージのスクリーンにはピアニストの表情や鍵盤の上を自由自在に滑る優雅な手元が映されていたのだが、そこをジャックされたのだ。
ピアニストは何よりも大切な腕に怪我を負ったようで、美しい顔を辛そうに歪めている。
「カッツェの野郎っ!」
ジョーは拳を作った。
スクリーンの中で紫の仮面が笑っている。
「カッツェ?君はあの男を知っているのか?」
同じように身構えていた藪原がジョーに訊いた。
「ベルク・カッツェ。ギャラクターの首領だよ」
ジョーがそう言っている間に、ギャラクターの隊員達がマシンガンを構えてわらわらとスクリーンの周辺に現われた。
「一体どうなっているんだ?」
人々がザワザワとする中で、『静粛に!』とカッツェの声が響いた。
『只今この瞬間よりこの船は我々ギャラクターが支配する』
「何だと?」
ジョーが身を乗り出そうとしたのを、藪原が止めた。
「俺に任せておけ」
ただのウェイターにしては落ち着いており、肝が据わっている。
それに先程の背負い投げの手腕は、ジョーが見ても大したものだった。
「あんた、一体何者だ?」
「詳しく説明している暇はないが、国際警察の者だ」
藪原はそう答えた。
「ならば止めておけ。痛い目に遭うのが落ちだぞ」
ジョーは言った。
「私も居る事を忘れないでよ!」
若い女の声にジョーは戸惑った。
さっきのお転婆娘・美美卯だ。
「おめぇは止しておきな。綺麗なおべべが台無しだ」
ジョーは美美卯に関心を残している暇はなかった。
藪原は刑事だと言うし、そこそこ遣えそうだが、この場では変身する訳には行かない。
第一、こんな事が起きるとは予想もしていなかったので、タキシードの下にTシャツやジーンズを着込んではいなかった。
ジョーは生身でどう闘うべきか、と考えていた。
エアガンも羽根手裏剣も此処にはなかった。
乗船の際にボディーチェックを受けたり、荷物検査もあったので、一切武器は持ち込んで居なかったのだ。
そうしている間にカッツェは更に言った。
『私が用があるのは、この船の積荷だ。
 大人しく渡せば君達に手出しはしない』
「積荷だと?一体何だ!?」
ジョーは呟いた。
「ローマからこのクルーズ船に乗せられたある国家の金銀財宝だ。
 それを狙う怪盗がいると知って、俺はこの船に潜入した。
 まさか、それがギャラクターと言う組織だとは思わなかったがな…」
藪原が言った。
「なら、あんたも手を引くか?」
ジョーは皮肉を込めて言った。
国際警察など、大した事はないと高を括っていた。
「そうは行くか。あいつらに金銀財宝を掠め取られたんでは、俺がこの船に潜入した意味がない。
 だから、言ったろ?俺に任せておけ、と」
藪原は一般人であるジョーを巻き込みたくはなかった。
「残念乍ら、ギャラクターには大いに因縁があってね。
 親の仇だ。此処で逢ったが吉日。
 俺はやらせて貰うぜ」
「日系か。そんな言葉を使うイタリア人には初めて逢ったよ」
藪原が初めて笑って見せた。
爽やかな二枚目なのが解った。
短く切り揃えられたサラサラの黒髪が爽やかさを強調していた。
「あんた、柔道の遣い手だな?何段だ?」
「5段だ。君は決まった武道をやっている訳ではなさそうだが、相当に訓練を積んでいると見た。
 まさか科学忍者隊じゃないだろうな?」
藪原は鋭い処を突いて来た。
「まさか!科学忍者隊がこんな処で遊んでいる訳がねぇだろうよ。
 確かに南部博士の縁者として此処に乗ってはいるがな」
「それなら科学忍者隊を呼ぶ事は出来るのか?」
「必要とあれば出来るが、今はまだその時じゃねぇように思うがな」
「なぁに、2人で話してるのよ!
 私だってバーバだって、カンフーの遣い手よ。
 役に立つと思うわ」
「だが、『バーバ』はどこに行った?」
ジョーは辺りに気を配った。
「マーマが怯えているから、慰めているみたい」
ちょっと後ろめたいのを隠すかのように美美卯が呟いた。
ジョーは壁際にダーツがある事に気がついた。
「おめぇに頼みがある。あのダーツの矢をありったけ持って来てくれ」
美美卯は使いっ走りにされる事に一瞬ムッとしたようだったが、ジョーの真剣な眼を見て頷いた。
「解ったわ。私に任せておいて」
美美卯は目立たぬようにそっと姿を消した。
それだけで相当な遣い手である事が、ジョーと藪原には解った。

◆◆<4>ピピナナ◆◆
美美卯は気配を消してパーティールームの壁際を進んだ。
そしてダーツの標的のところまで来ると、標的から矢を抜き取った。
矢は10本しかなかった。
辺りを見回すと、使ってない矢を更に見つけた。
数えてみると、さっきの矢と合わせて20本しかなかった。
「これを何に使うんだろう…?」
呟きながら、もと来た通りに帰った。
まさか、今からダーツに興じる訳でもなかろう。
美美卯はジョーの真意を図りかねていた。
そして、ジョーと藪原のいるところに戻ると、ダーツの矢を差し出した。
「はい、20本。これで全部よ。」
「ありがてえ。すまねえな。」
ジョーはダーツの矢をポケットにねじ込んだ。
「それを何に使うんだ?」
藪原がジョーに訊いた。
「武器にするのさ。」
「武器?!」
藪原と美美卯が同時に小さく叫んだ。
「しーっ!」
ジョーが慌てて人差し指を唇に当てた。
「そりゃ、矢の先端は鋭いわ。でも…。」
美美卯が声を潜めて言った。
だが、藪原は先程の闘い振りから、ジョーがただ者ではない事を理解していた。
おそらく、ダーツの矢と似たような投擲武器の使い手なのだろう。
「わかった。で、これからどうする気だ?」
藪原がジョーに訊いた。
「金銀財宝が積荷されているところに行く。既に奪取は始まっているだろう。それを食い止める。」
「わかった。俺が案内しよう。」
藪原はクルーズ船内を熟知していた。
だが、一応、一般人のジョーと同行する事に一抹の不安も感じていた。
「私も行く!」
美美卯が、面白そうだと言わんばかりに言った。
「さっきも言ったが、おめえは駄目だ。」
「何よ!仲間外れにするつもり?!」
「いくらカンフーの使い手だからと言って、おめえを危ない目に合わせる訳にはいかねえ。」
「さっきの使いっ走りで終わらせるつもりなのね。」
美美卯はぷっとむくれた顔を見せた。
「おい、そこ!何をゴチャゴチャしてやがる!」
ギャラクターの隊員が3人を見咎めて言った。
その時、美美卯の瞳がキラリと光った。
「見てて!」
そう言うが早いか、美美卯は駆け出した。
そしてステージにいるギャラクターの隊員の元に行くと、いきなり隊員の鳩尾にパンチを入れた。
「はいっ!」
そして、そのまま流れるような動きで隊員を倒してしまった。
「はいっ!」
次の隊員に目をつけると、足蹴りを喰らわせた。
他の隊員達がそれに気付いて、マシンガンで撃ってきたのを跳躍して避けると、止めをさした。
「美美卯!」
突然の事に呆気にとられていたジョーであったが、このままでは美美卯がマシンガンの餌食になりかねない。
「このお転婆娘め!」
慌ててジョーもステージに駆け寄った。
藪原も後を追う。
男2人の乱入で、マシンガンの咆哮はいよいよ激しくなった。
ジョーはダーツの矢を隊員の手元目掛けて投げた。
それは見事に命中し、隊員はマシンガンをとり落として、踞った。
「なるほど、そういう使い方するのね!」
美美卯が闘いながら言った。
藪原はやっぱりという気持ちだった。
「ただの使い手ではないと思っていたが、ここまでとは…。」
藪原は一人呟いた。
その藪原にもギャラクターの手が伸びた。
それをいち早く察知すると、藪原はマシンガンが発射される前に、隊員の懐に入り、肩をガシッと掴んで動けなくした。
そして、足を払った。
どうっと隊員の身体が倒れたところに、上から鳩尾にパンチを入れた。
しかし、その藪原を狙っているもう一人の隊員がいた。
「危ねえ!」
ジョーはダーツの矢を投げた。
それは隊員の首筋に命中し、隊員は前につんのめって倒れた。
「助かったぜ。」
藪原がニヤリと笑った。 「こうなりゃ、このまま案内してもらうしかなさそうだな。」
ジョーが闘いながら言った。
「ああ、わかった。」
藪原も隊員を背負い投げしながら言った。
「私もいいのね!」
美美卯が嬉々として叫んだ。
「仕方あるめえ。」
ジョーは不本意だったが、今はそれしか方法はなかった。
「こっちだ!」
藪原が先頭立って走り出した。
それにジョーと美美卯が続いた。
「ええい!何をしておる!」
スクリーンから聞こえるカッツェの声を背中で聞きながら、3人はひた走った。

◆◆<5>真木野聖◆◆
藪原が先頭を走ったが、美美卯は全く遅れる事なく、着いて来た。
ジョーもさすがに感心した。
この娘は出来る。
そう素直に思った。
だが、心配がない訳でもない。
両親は今頃娘の姿が見えない事にヤキモキしている事だろう。
少し責任を感じたが、自分から首を突っ込んで来たこの娘を止めようもなかった。
並んで走っていると、ジュンと同じ位のスタイルだと言う事が良く解る。
身長も同程度か。
それならスタイルは抜群だと言ってもいい。
バランスが良く取れているお嬢さんだ。
普段なら見惚れる処だろうが、今は緊急時だった。
この娘に怪我だけはさせてはならない。
それはジョーだけではなく、藪原も同じ思いでいた。
行き掛かり上仕方がなかったが、本当なら連れて来たくはなかった。
やがて、藪原は船底にある倉庫へと2人を案内した。
倉庫の入口からそっと探りを入れる。
「やっぱりな…。もう運び出しの準備をしていやがる」
ジョーが囁いた。
「次のピサか、フィレンツェで下ろすつもりだろうぜ」
「そうだろうが、一体どうやってこんなに大量の積荷を運び出すつもりだ?
 港に着いてからでは、港湾警察も警護に当たっているぞ」
眉目秀麗な顔立ちの藪原が眉を顰めて呟いた。
「そうか!ヘリか飛行艇だ!
 いや、多分飛行空母を使って来る!
 まずは船上に上げて、それから吊り上げて運び入れるに違いねぇっ!」
ギャラクターのやり口を良く知っているジョーはそう言った。
「その可能性は充分にあるな。
 どうやら君は良くギャラクターの事を知っているようだ」
藪原はジョーの正体をほぼ確信していたが、美美卯の手前、言わなかった。
「とにかく止めなければ……」
とだけ言った。
「行こう!こっちには武力があるわ」
無鉄砲な処がある美美卯の腕をジョーが掴んだ。
「落ち着け!おめぇのような奴がいると、上手く行かねぇ」
「その通りだ…」
藪原もジョーに同意した。
「何よ?2人して。此処まで来て私を仲間外れにするつもり?」
「そうは言ってねぇ。落ち着け、と言っただけだ。
 作戦を練ろう。ただ突っ込むなんて能がねぇ」
「君はジョーと言ったね。俺の事は『ヤブ』と呼んでくれていい。
 国際警察ではそう言うニックネームで呼ばれている。
 君の事はこれからジョーと呼ぶぞ」
「別に構わねぇぜ。『ヤブ』か…」
ジョーはにんまりと笑った。
ただ『藪医者』を連想しただけだったのだが、失礼かと思ってすぐにその笑いを引っ込めた。
「で、何か作戦があるのか?ジョー」
藪原が訊いた。
「ギャラクターは横の連絡が悪い。
 俺達は別々の出入口から侵入しよう。
 他に出入口は?」
「此処の出入口は2箇所だ。反対側にもう1箇所ある。
 この通路を迂回して行けば、5分程で辿り着ける」
「解った。俺がそっちに2分で行く。
 2分後に同時に突入し、敵を薙ぎ倒す」
「2分で!?」
藪原は美美卯と同時に声を発して顔を見合わせた。
「静かにしろっ。いいな?2分後だぞ!」
ジョーはそう言うと踵を返し、驚く程のスピードで走り去った。
「やっぱり凄い身体能力だ…」
藪原は腕時計に眼を落としながら、思わず呟いていた。
「あの人、もしかして科学忍者隊じゃないの?
 南部博士の縁者だって言っていたじゃない」
美美卯が思わぬ事を口走ったので、藪原は焦った。
「もしかしたらそうかもしれないが、ジョーには黙っておけ。いいな?」
「気付かぬ振りをしろと言うのね?解ったわ」
「よし、後30秒だ。用意はいいか?」
「いつでもOKよ」
美美卯は余裕の表情だった。
これから起こる事にわくわくしているような表情を見て取って、藪原はやれやれと思った。
彼が時計を見てカウントダウンを始めた。
「3…2…1…行くぞ!」
2人は同時に飛び込んだ。
藪原は早速敵を足払いし、巴投げに追い込んだ。
柔道には、様々な技がある。
手技、腰技、足技、真捨身(ますてみ)技、横捨身技、固技、抑込技、絞技、関節技などだ。
柔道の絞技を受けると『落ちる』感覚があると言う。
それが何故か快感を呼ぶらしい。
一瞬、陶酔状態に陥るのだ。
藪原は今、その技を掛けて、敵をまた1人崩れ落ちさせた。
彼は拳銃も所持していたので、それをジャケットの下のホルスターから取り出した。
しかし、弾数は限られている。
マシンガンを調達しようかと計算していた。
一方、美美卯は「はい!はい!はい!はい!」と威勢の良い声を挙げながら、手足を繰り出して行く。
規則正しいように見えて、実は多種多彩な技を使っている。
そしてとにかく素早い。
ギャラクターもカンフーの遣い手と相対した事がないようで、戸惑っている様子だった。
一見動きにくそうなチャイナドレスも良く計算をされて作られている。
彼女は、足技を華麗に繰り出していた。
『旋風脚』と言う技で美しい脚を披露しながら綺麗に一周して、敵兵を見事に足蹴にした。

その同じ頃、ジョーは反対側の出入口から突入していた。
タキシードのジャケットとネクタイは脱ぎ捨てていた。
本当に2分で到着したのだ。
バードスタイルになれないのが残念だが、生身のまま彼は飛び込んだ。
(ヤブと美美卯には負けてられねぇぜ…)
ジョーは内心でそう呟くと、敵兵の渦の中にいきなり跳躍した。
羽根手裏剣の代わりになるダーツは数が限られている。
ジョーはそれを使う事を控えた。
まずは白兵戦で敵からマシンガンを奪い取る作戦に出た。
長い脚が宙を舞い、敵兵を薙ぎ払った。
素早い動きで敵の懐に入り込むと、彼はその鳩尾に鋭いパンチを繰り込んでいた。
ジョーのパンチは重い。
敵兵は溜まらず膝を折る。
その瞬間に彼は倒れた敵のマシンガンを奪い取った。
マシンガンを本気で撃つつもりはない。
ギャラクターの武器は本当に人を殺す武器だからだ。
脅しに使う程度にしておこうと思った。
射撃の名手でもあるジョーが本気を出したら、敵兵を簡単に死なせてしまう事が出来る。
それは出来る限り避けるようにと日頃から南部博士に注意を受けている。
ジョー自身も殺さずに済ませられるものならそうしたい。
あのベルク・カッツェと言う存在を除いては……。

◆◆<6>真木野聖◆◆
ジョーは奪い取ったマシンガンを使って、『ダダダダダッ!』と天井に向かって撃ち放った。
天井に当たった弾丸が跳ね返り、流れ弾に当たったり、床に突き刺さったりしたので、敵兵が萎縮した。
その事は計算済みだった。
さすがのギャラクターも天井から降って来る弾雨の弾道は見切れない。
ジョーは平然としていた。
自分には当たらない立ち位置を計算していたからだ。
少し傷を負った隊員が出て、仲間に引き摺られて下がって行った。
だが、致命傷を負っているような事はない。
一旦天井に当たった弾は、勢いを無くすのである。
離れた場所からそれを見ていた藪原は思わず息を呑んだ。
ジョーは闘い慣れている、と思った。
その時、ジョーはもうマシンガンを棄てていた。
充分な『脅し』の効果を得られたからである。
萎縮したままの敵兵の中に、彼は飛び込んで行った。
膝蹴り、回し蹴り、長い脚が華麗に舞う。
エアガンと羽根手裏剣はなかったが、まだダーツの矢は10本以上残してある。
ポケットからそれを取り出すと、彼は確実に敵兵の中に5本の矢を放ち、同時に倒した。
器用なものだ、とまた藪原が感心した。
美美卯も遠くからそれを見ていた。
カンフーをやっている為、動体視力には優れている。
「凄い!ジョーは凄いわ!」
感嘆しながらも、彼女は確実に敵を仕留めている。
藪原も同様で決して手足は止まってはいない。
柔道の技をどんどん繰り出して行く。
彼に投げられた隊員は、背中を打って動けなくなっていた。
確実に3人の働きで、敵兵の数は減って来ていた。
その分、クレーンに金銀財宝を搭載する作業に遅れが出始めていた。
ジョー達の狙いの第一はまさにそれである。
『ええいっ!素人を相手に何をしておる?!』
倉庫内にベルク・カッツェの声が響き渡った。
此処にはスクリーンはない。
誰か……、多分隊長が持っている通信機から流れている声を拡声器を使って流しているのだろう。
『早く殺ってしまえっ!』
此処は船の中だ。
中にいるギャラクターの隊員達の数は限られている。
だが、ジョーは油断をしていなかった。
上空に居るだろうと思われる飛行空母から敵兵が降りて来る可能性があったのだ。
その事を眼で藪原に伝えると、藪原は黙って頷いた。
同じ事を考えていたようだった。
藪原は美美卯に「加勢が来る可能性がある。気をつけろ」と伝えた。
「解ったわ!」
美美卯には手足を武器に闘いながら、そう答える余裕があった。
ジョーが敵兵の中で暴れている時、バーン!と破裂音がした。
全員の視線がそこに集まった。
何かが爆発したのだが、爆竹程度の物だった。
その煙が晴れた後、美美卯が見た物は、檻に入れられた両親の姿だった。

◆◆<7>ピピナナ◆◆
「バーバ、マーマ!」
父親と母親が檻に入れられた美美卯は驚いた。
母親はともかく、父親も捉えられてしまうとは。
父親も美美卯に負けじと劣らぬカンフーの使い手だ。
それは先程の親子喧嘩でもよくわかる。
おそらく、母親を庇ううちに捉えられてしまったのだろう。
「美美卯、すまない…。」
父親が面目なさそうに言った。
「人質をとるとは、いつもながら汚ねえぜ、ギャラクター!」
ジョーの拳も怒りで震えていた。
「…許さない…。」
美美卯がポツリと呟いた。
「許さないわよ!!」
美美卯は突然、傍にいたギャラクターの隊員に回し蹴りを浴びせた。
その勢いがあまって、隊員は壁に吹っ飛び、頭を強打してのびてしまった。
続いてもう一人が美美卯の餌食になった。
顎にしたたかパンチをお見舞いされた上に、膝蹴りが鳩尾に食い込んだ。
ゴキッと音がした。
どうやら、あばら骨でも折れたらしい。
「はいっ!」
美美卯は掛け声をかけると、カンフー特有の片足を上げて両手を広げたポーズをとった。
このポーズからなら、どの技も繰り出せる万能なポーズだ。
そして、目だけ動かしながら、次の獲物を狙っていた。
美美卯は両親を人質にとられた怒りのために正気を失っていた。
カンフーは殺傷能力の高い武道だ。
このままでは、例えギャラクターの隊員でも、人を殺めかねない。
「美美卯!」
それに気付いた藪原が美美卯を制した。
しかし、美美卯は既に聞く耳を持たなかった。
次々と隊員達を仕留めていった。
そして、落ちていた長い棒を拾うと、クルリと一回転させて小脇に抱えた。
それを槍のように使い、隊員達を突いていった。
無駄のない見事な動きだった。
まるで、槍を持った演舞でも舞っているようだ。
ジョーはこのままではいけないと、美美卯の前に躍り出た。
美美卯は邪魔させないとばかりに、ジョーにも槍を振り下ろした。
それをジョーは左手で受け、右手で美美卯の鳩尾にパンチを入れた。
「くっ!」
美美卯は小さく呻いたが、倒れはしなかった。
「正気に戻れ、美美卯!」
ジョーが美美卯の肩を揺さぶって叫んだ。
「今はおめえの親父さんとお袋さんを助け出すのが先決だぜ!」
そこで、美美卯は初めてハッとしたように顔を上げた。
「…私…。」
美美卯が辺りを見回すと、隊員達がそこここに倒れていた。
みな、急所をやられていて、身動きできない者ばかりだった。
しかし、どうやら殺めるまでには至っていなかったようだった。
「ごめんなさい、ジョー。私、怒りで訳がわからなくなって…。」
美美卯がしゅんとして言った。
「それより、親父さんとお袋さんだ!」
言うより早く、ジョーは動いた。
檻には既に藪原がいて、鍵を何とかこじ開けようとしていた。
こういう細かい事は、手先の器用な日本人が得意なのだろう。
間もなく鍵は開いた。
「さあ、逃げて!」
藪原が両親を促した。
こうしている間にも、上空から降りて来た隊員達がやって来そうだ。
「いや、私も残って闘う。」
父親が言った。
「バーバはマーマを守って!ここは私が!」
美美卯が叫んだ。
「いや、美美卯も逃げろ。」
ジョーがそれを断った。
「おめえ達をこれ以上危ない目に合わず訳にいかねえ。美美卯は両親を守ってここから逃げろ!」
ギャラクターの隊員達の足音がバタバタと近付いてきた。
「時間がねえ。早く!」
しかし、美美卯はがんとして逃げようとしなかった。
「バーバ、マーマ…。」
美美卯が言うと、父親は黙って頷いた。
「美美卯の思う通りにしなさい。マーマは私が守る。」
美美卯はニッコリと笑うと、ジョーと藪原を見た。
「ジョー、どうやらこのお転婆娘は、ここに残るつもりらしい。」
藪原が肩を竦めて言った。
「しかし…。」
言いかけたジョーであったが、すぐに諦めた。
「何を言っても無駄らしいな…。」
ジョーも肩を竦めた。
ドアがバーンと開く音がした。
そこにはマシンガンを手にした隊員達が大勢仁王立ちになっていた。
「お次のお出ましだぜ!」
藪原がニヤリと笑って言った。
「おう!」
「ええ!」
ジョーと美美卯は同時に叫ぶと、身構えた。
父親は母親の手を引いて、壁際に沿って身を低くして走った。
これから起こる乱闘に紛れて逃げるつもりだ。
隊員達がジョー達目掛けてマシンガンを撃ってきた。
3人はパッと三方に散り、それを避けた。
「うおりゃ〜!」
ジョーは掛け声と同時に隊員達の中に突っ込んだ。

◆◆<8>真木野聖◆◆
ジョーは勢い良く新たな敵の中へと突っ込んで行った。
ジャケットを脱いでしまった為、白いシャツが乱れて、ボタンが飛んで胸が開いて見えている。
胸の発達した筋肉がチラリと見えて、何ともセクシーな姿だった。
汗と共にジョーは1回転した。
まるでバレエダンサーのように一閃すると、その長い脚の餌食になる敵が続出した。
ジョーの闘い方には無駄が全くなく、まるで演舞を見ているかのようなのだ。
しかし、そうではなく、計算され先を見通した動きなのだと言う事は、誰が見ても解る。
1人の敵を倒している間に、次の敵を見定めているのは、バードスタイルの時と何ら変わりはない。
敵兵を足払いしながら、どうっと何人も倒して行く。
柔道にも足払いの技があるが、彼のはそれとは違う、と藪原は思った。
「ヤブ!美美卯!大丈夫か?」
ジョーは闘い続けながら、2人に声を掛けた。
「大丈夫だ」
「私もよ。傷1つ負ってない」
2人の元気な声に安心したジョーは、また残っているダーツの矢を投げた。
そろそろ……やって来る頃だから、である。
もうダーツの矢の残り数を気にする事はないのだ。
それは唐突にやって来た。
ジョーは「ヒュ〜っ」と口笛を吹いた。
「ある時は5つ、ある時は1つ。実態を見せずに忍び寄る白い影。
 科学忍者隊ガッチャマン!」
ジョーが呼んだ健達が駆けつけたのだった。
ジョーは健に眼で合図を送り、甚平が渡した箱を手に風のように消えた。
船室に着替えに行ったのだ。
戻って来た時には当然バードスタイルになっていた。
そこまでに5分と掛かっていない。
ジョーの素早さには藪原も驚いた。
「あれが科学忍者隊か…。ジョーが姿を消したって事は明らかに彼が『コンドルのジョー』だったのだ…」
「そうね…」
横に並んだ美美卯も頷いた。
これでエアガンも羽根手裏剣も使える。
甚平が渡したのはそれだった。
ジョーは仲間達に加わって、自由自在に闘った。
ギャラクターが現われたとなっては、仲間達を呼ばない訳には行かなかったのだ。
健達はジョーを迎えに来る予定が少し早まったようなものだ。
ジュンが藪原と美美卯に近づいて来た。
藪原はまた驚いた。
此処にいる美美卯と同じように、スタイル抜群の科学忍者隊だった。
ジュンは藪原に、
「国際警察の方ですね。
 次のピサで、ギャラクターを全員下ろすのを国際警察に手伝って貰えるように手配して下さいますか?」
と言った。
「解った。それは任せてくれ」
「ご活躍だったようですが、科学忍者隊が来たらもう大丈夫です。
 申し訳ないけれど、後処理に回って下さい」
ジュンの声には有無を言わさぬ雰囲気が漂っていた。
そして、そのまま2人の元を離れ、「たぁ〜!」っと勇ましい声を上げて、ヨーヨーを取り扱った。
敵兵の顎にそれがヒットした。
ジョーはと言えば、羽根手裏剣とエアガンを自由自在に使っている。
「あの投擲武器。ダーツに似てるとも言えるわね」
美美卯が呟いた。
「あの女科学忍者隊は私達にじっとしてろ、と言いたかったみたいだけど、そうは行かないわ」
美美卯は再び、カンフーの基本ポーズを取った。
「もういい。美美卯。やめるんだ。俺達の出る幕じゃない」
藪原は国際警察の警部だ。
此処は事態収拾の為に動きたかった。
だが、美美卯が気になってそれが出来ずにいた。
尻ポケットから出した携帯を手に、彼は連絡を取りたくても取れない状況にいた。
美美卯は藪原が止めるのも聴かずに、闘いを開始してしまった。
「仕方がない…」
藪原は美美卯を眼で追うのを諦めて本部と連絡を取った。
科学忍者隊が介入して来た以上、次の寄港地ピサまでには事態の収拾が着く事だろう。
ジョーは横目で、2人の動きを見ていた。
藪原は30前とは言え、落ち着いた大人だと思った。
だが、美美卯は無鉄砲だ。
「ジュン、済まねぇが、あの無鉄砲なお嬢さんを付かず離れず守ってくれねぇか?
 ブライドを傷付けねぇ程度にな。
 強いのは俺が認める。ただ、大富豪の娘らしい。怪我はさせたくねぇ」
「解ったわ。ジョーも苦労してたのね」
ジュンはふふっと笑って、軽々とその場を去った。
「美美卯さんって言ったわね。私達気が合いそうよ。歳は幾つ?」
ジュンは美美卯の傍に行って声を掛けた。
「16よ。貴女は?」
「あら、私も16よ」
「だから、ジョーは落ち着いていたのね」
「あら、何の事かしら?博士の養子のジョーの事なら、今、博士にまた密命を受けてヘリでこの船を去ったわ」
「そう……」
2人は背中合わせになって闘いを続けながら話していたが、美美卯はそれきり、気合しか発しなかった。
「はいっ!はいっ!」と言うハキハキとした声と、ジュンの「たぁっ!」と言う勇ましい声が花開いた。
ジョーはそれを見て、一息ついた。
「ジョーの兄貴も大変だったみたいだね…」
「うるせぇっ!」
甚平にからかわれながらも、ジョーは華麗に羽根手裏剣を繰り出し、敵兵を仕留めていた。
彼が重いパンチを敵兵の鳩尾に喰い込ませている横で、健が「バードランっ!」と叫びながら敵を薙ぎ倒していた。
竜は四股を踏んで、張り手で敵兵を纏めてポイっとし、甚平はアメリカンクラッカーで敵を翻弄している。
ジョーのエアガンの三日月型キットが、敵兵の顎を砕いて回った。
これまで一緒に闘って来た藪原には、ジョーの闘いっぷりが際立って見えた。
羽根手裏剣の使い方も見事だし、エアガンの取り扱いを見て、相当な射撃の名手だと見抜いた。
跳躍力や防御力が上がっているが、先程のタキシード姿の時と身体の癖が同じだ。
彼にはそう言った事を見切る能力が備わっている。
武道をやっているせいだろう。
だが、ジョーが否定をすれば、彼の事は科学忍者隊だとは思わない事にしよう、と決めていた。
ジョーは長い脚を使って、また敵兵を一閃の内に薙ぎ倒していた。
こうして、そろそろ新たな援軍の数も減って来ていた。

◆◆<9>ピピナナ◆◆
しかし、金銀財宝の奪取も少しずつではあったが進んでいた。
網でひと纏めにされた財宝の一部は既に船上に積み出されている。
後はクレーンで引っ張って飛行空母に取り込めばよい。
「健!」
ジョーは健に目で合図した。
健は黙って頷くと、投げていたブーメランをパシッと手に取った。
「ジュン、甚平はここで財宝の奪取を食い止めろ!俺はG- 2号と船上に出る!竜はゴッドフェニックスへ戻れ!」
健は藪原と美美卯の手前、敢えてジョーの事をG- 2号と呼んだ。
「行くぞ、G- 2号!」
「おう!」
3人は脱兎の如く、駆け出した。
「待って!私も行く!」
闘っていた美美卯であったが、2人の後を追おうと身を翻した。
「あなたは駄目よ!危ないわ!」
ジュンが美美卯の腕を掴んで引き留めた。
「どうして?!あなただって私と同じ歳で闘ってるじゃない?!」
美美卯はジュンの手をふりほどくと、3人の後を追った。
「待って!」
ジュンもすぐに美美卯の後を追おうとしたが、そこへギャラクターの隊員達が襲ってきて邪魔された。
「俺が美美卯を止める!君達はここを守ってくれ!」
藪原は言うが早いか、駆け出した。
早くも美美卯の姿は見えない。
「全く、あのお転婆娘め…。」
藪原は呟きながら走った。
藪原は船上に出ると、辺りを見回した。
上空にはギャラクターの飛行空母があった。
そこから隊員達がわらわらと降りて来るかたわら、クレーンの触手が伸びていた。
見ると、科学忍者隊の3人は二手に別れていた。
一人は近くにあったゴッドフェニックスに飛び乗った。
たぶん、竜と呼ばれた若者だろう。
残る2人は財宝がクレーンに繋がれるのを阻止していた。
そこへ美美卯が駆け寄って行く姿が見えた。
「美美卯!」
呼んだが、振り向く美美卯ではない。
科学忍者隊の2人に加勢するとばかりに闘い出した。
「おめえ、何しに来た?!」
「私だって、あの女の科学忍者隊くらいには役に立つわ。」
自信満々に美美卯が微笑んだ。
「危ねえ!」
美美卯の後ろから襲おうとした隊員をジョーは羽手裏剣で仕留めた。
「言わんこっちゃねえ。」
ジョーは美美卯を睨み付けた。
「ありがとう、G- 2号。」
ふふふ…と、美美卯は含みのある笑いを洩らした。
「G- 2号、何をしている!財宝が取り込まれてしまうぞ!」
見ると、今まさに財宝を入れた網がクレーンで引き上げられていた。
健はブーメランを飛ばした。
同時に、ジョーもエアガンのワイヤーを伸ばした。
それは財宝を吊り下げている鎖の同じところに当たり、鎖がちぎれてしまった。
しかし、網も破れてしまい、金の延べ棒やら宝石類がバラバラと飛び出した。
それは空中にあったため、海の中へと吸い込まれていく。
「あっ!財宝が!」
健が叫んだが、後の祭だった。
キラキラと光を放ちながら財宝は海の中へと消えていく。
「綺麗ねー。」
美美卯が闘いの手を止めて、見とれながら呟いた。
「そんなのんびりした事を言ってる場合じゃねえぜ!」
ダダダダダッと飛行空母から機銃掃射が掛けられた。
ジョーはタックルするようにして美美卯を庇った。
財宝の奪取に失敗したカッツェが、この客船ごと科学忍者隊を海の藻屑にしようとしているのだ。
「G- 2号、ゴッドフェニックスに移れ!あの空母を叩くぞ!」
健が叫んだ。
トッブドームへと跳躍しようとしたジョーに美美卯がしがみついてきた。
「私も連れてって!」
「止めるんだ、美美卯!」
藪原がそれを制した。
「邪魔になるだけだ。」
「私だって役に立つわ!」
美美卯は頑として聞き入れない。
もしかしたら、先程会ったジュンにライバル心を燃やしているのかも知れない。
「じゃあ、美美卯も来い。」
それを察知したジョーは言った。
少しは危険な目に遇わないと、美美卯のお転婆は治らないと考えたのだ。
「ヤブ、お前もだ。」
「俺も…?」
「ああ、ここにいても危険だからな。」
「よし、飛ぶぞ!」
健が言った。
ジョーが美美卯を、健が藪原を抱えて跳躍した。
4人はトッブドームから素早くコックピットへと移った。
「遅かったぞい!」
飛行空母が攻撃を仕掛けてきていたのを、竜がそれを避けながら言った。
ゴッドフェニックスが大きく傾いた。
ジョーと健は慣れているので、足を踏ん張ったが、藪原と美美卯は床に転げてしまった。
「乱暴ね!」
「これくらいの事でねをあげたのかい、美美卯?」
ジョーがニヤリとしながら言った。
「失礼ね!何よ、これくらい!」
美美卯がキッと唇を固く結んで言った。
「ジョー、バードミサイルだ!」
健が叫んだと同時に、またゴッドフェニックスが轟音と共に、大きく傾いた。
「健、やられたぞい!」
至近距離からミサイルを受けたので、ゴッドフェニックスは強か衝撃を受けていた。
急降下していく。
「ジョー、早く!」
「わかってる!」
ジョーはバードミサイルの発射ボタンの前に立った。
スクリーンにはスコープが現れたらが、ゴッドフェニックスが急降下しているために、なかなか照準が定められない。
「何をしている、ジョー!」
健が再び叫んだ。
その時だった。
ジョーに美美卯が体当たりをしてきた。
そして、めくらめっぽうにバードミサイルの発射ボタンを押し始めた。
何発もバードミサイルが発射されたが、そのどれもが飛行空母には当たらない。
「竜、急速上昇!」
ジョーが態勢を立て直して叫んだ。
そして、美美卯の手を取ると言った。
「美美卯、バードミサイルってのは、こうやって撃つんだぜ。」
そのまま、美美卯の指の上に自分の指を重ねて、スコープを睨み付けた。
「今だ!」
バードミサイルの発射ボタンが押された。
バードミサイルはしゅるしゅると線を描きながら飛んで行き、飛行空母へと命中した。
「やったわ!」
物凄い轟音と共に、飛行空母が爆発した。
バラバラとその機体の欠片が海の中へと落ちていく。
「危ねえところだったぜ。」
ジョーが冷や汗を拭いながら言った。
「私がやったのね?私がミサイルを撃ったのよね?」
美美卯が嬉々として言った。
「見てごらんなさいよ。私だって役に立ったじゃない。」
得意満面の美美卯を見て、ジョーは少しばかり後悔した。
美美卯に手を添えて、バードミサイルを撃たせるんじゃなかった。
かえって、美美卯に自信を持たせる結果になってしまった。
それを見ていた藪原はニヤリと笑った。
「とんだ事になったな。」
このままでは、自分も科学忍者隊に入ると言いかねない。
「私、決めたわ!」
それ来たとばかりにジョーは首を竦めた。
だが、美美卯は意外な事を言い出した。
「私、G- 2号と結婚するわ!」
これには、ジョーも藪原も健も驚いた。
「おい…。」
ジョーは開いた口が塞がらない。
美美卯はジョーの傍らに立つと言った。
「G- 2号、あなたジョーでしょ?」
「何の事だ。」
ジョーはしらばっくれた。
「ううん、あなたはジョーよ。でも、どっちでもいいわ。私はあなたと結婚するわ。言ったでしょ?私、強い人が好きだって。」
ジョーは言葉に詰まった。
この状況を打破する方法を考えたが、思い付かない。
「ね?いいでしょ?」
美美卯はジョーの腕に自分の腕を絡ませてきた。
「おい、やめろ…。」
先程まで、伸びやかに闘っていたジョーであったが、こと女性を相手にするのは弱いらしい。
「いいじゃないか、G- 2号。」
「そうだな。」
健と藪原が笑いを噛み殺しながら言った。
美美卯をどうやって諦めさせるか、途方に暮れるジョーであった。


〜the end〜





★今回のコラボの感想★
  (コラボ期間:2014.08.14〜09.17)

<ピピナナ>

早いもので、真木野さんとのコラボは3作目になりました。
私どもの作品を読んで頂いて、ありがとうございます。

楽しい時間は、あれよあれよという間に過ぎていきます。
コラボの事を考えている時もそうです。
次々とアイデアが浮かんだり、逆に、うんうん唸ってもなかなか文章が進まなかったり。
でも、真木野さんとのコラボは楽しいし、勉強になります。
今回はアクションシーンが多かったのですが、真木野さんを見習って私も少しだけど挑戦してみました。
私の回はアクションシーンがイマイチで拙いので、すぐにわかると思いますが…。(^_^;)

次回は、いつになるかわかりませんが、楽しい作品を書きたいと思います。
頑張りますので、皆様、期待していて下さい!


<真木野聖>

今回のコラボは、私の個人的な理由により、ピピナナさんが遠慮されて最終回の入力を遅らせて下さっただけで、実際には8月中に出来上がっていました。
ピピナナさん、お気遣いに感謝致します。
今回はお互いに1人ずつキャラを出してみよう、と言う事で考え始めましたが、私のキャラ藪原は、ピピナナさんの個性的なキャラ、美美卯にすっかり個性負けしています。
この辺りがピピナナさんの凄い処だな〜といつも感心しています。
また胸をお借りしたような気分です。
最終回も上手く纏めて下さり、有難うございました。
次回はリベンジしたいものです。
もっと個性的なキャラクターを作れるようにならなくては。
本当にこの点については、全くピピナナさんに敵いません。
ピピナナさんは『人物像を掘り下げる』と言う前回の目標をクリアしていますからね。
今度は横で驚いているばかりじゃないキャラを作らないとなぁ……。
頑張ったのはアクションシーンだけ、と言う結果に、只今猛省中です。








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