『焦燥感』

ジョーはトレーラーハウス毎、ユートランドの市街地を離れ、森の奥深くへとやって来ていた。
昨日の夜中に此処へ辿り着き眠りに就いたが、余り眠れなかった。
それはジョーを今悩ませている問題のせいに違いない。
まだ夜が明けたばかりで、すっきりとした目覚めとは言えなかった。
ベッドから起き上がると頭痛がしたが、ジョーは大きく頭(かぶり)を振り、1杯のコーヒーを淹れた。
ジョーはトレーラーハウスとG−2号を森の中の少し拓けた場所に連れて来たのだった。
森の奥へ進んで行けば行く程、鬱蒼と木々が繁り、ジョーの目的にはピッタリな場所であると言えた。
今日は休暇に当たっていたので、ジョーは夜中の内に密かに此処を訪れたのだ。
尤もいつスクランブルで呼び出されるかは解らないが、今はとにかく1人で集中出来る時間が欲しかった。
この処、良く激しい眩暈と頭痛に襲われる。
吐き気を伴う事もある。
時々眼が霞み、身体が不安定にふら付く事すらあった。
(俺の身体は一体どうしちまったって言うんだ…?)
ジョーの焦りはそこにあった。
(俺は生命は惜しかねぇ。だが、こんな事で任務に差し障りがあるようでは、俺は…、俺は!)
ジョーは太い木の幹に力一杯拳を叩き付けた。
枝がわさわさと音を立てて大きく揺れ、何枚もの緑の葉が舞い落ちて来た。

ジョーは木々の間に姿勢良く立って瞳を閉じ、五感を研ぎ澄ませていた。
精神統一が出来た瞬間にカッと眼を見開くと素早く太腿の隠しポケットのチャックを開いて、眼にも止まらぬ速さで羽根手裏剣を投げた。
1度の動作で数十本の羽根手裏剣を同時に放つ。
シュっ!と空(くう)を切る音が冴え渡る。
そして、その羽根手裏剣は違(たが)う事なくジョーの眼前の木々にある葉の根元を突き破っていた。
まるで映画を観るかのように、羽根手裏剣が舞い、はらりと数十枚の葉が落ちて行った。
更にその葉を落とした羽根手裏剣は、『カ・カ・カ・カ・カっ…!』と連続した音を立て、見事に周囲の木々に突き刺さっていた。
ジョーはエアガンを取り出し、何度も引き金を引く。
羽根手裏剣によって落ちて行く葉をエアガンで撃ち抜くと葉っぱが粉々に散って行った。
類稀なる集中力と精神力、そして鋭い勘と正確な技術、敏捷さを全て持ち合わせていなければ出来ない技である。
ジョーは眼を細めた。
(まだ俺の集中力はいかれちゃあいねぇようだぜ…)

……子供の頃から1人でこの森に来ていた。
眼の前で両親を殺された記憶は彼の心から一時たりとも消える事はなく、森の木々を相手にして身体を鍛えて来たのだ。
ジョーをBC島から連れ出して小さな生命を救ってくれた南部博士は、ある日そっとジョーを追って来て、彼のその姿を眼にしたのであった。
科学忍者隊の構想は、実はジョーの身のこなしを見て発想した事だったのである。
そして、ジョーは同い年の少年・鷲尾健に引き合わされ、共に特殊訓練を受ける事となった。
あれから随分と時が経ったような気がする。
南部博士に引き取られてから10年。
ジョーはその恩を決して忘れてはいなかった。
しかし、ギャラクターへの復讐心はそれよりも強い物だった。
(もしも…俺のこの症状が死に繋がる物だったら……。
 ギャラクターへの復讐が終わらない限り、俺はまだこのまま死ぬ訳には行かねぇぜ!)
雨がポツリと降って来た。
ジョーはG−2号に戻るとトレーラーハウスをいつもの場所に運んだ。
段々雨足が強くなりつつあったが、ジョーはブレスレットをベッドの上に置き、G−2号とトレーラーハウスを切り離すと、潜りの医者の元へと向かうのであった。




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