『BC島からの脱出』

私がギャラクターと言う組織が暗躍していると知ったのは、学会の帰りに避暑に訪れたBC島での事だった。
海岸のホテルから海を眺めていた。
小さな子供が1人で遊んでいるのが見えていた。
少し離れた場所に両親と思われる2人がテーブルを挟んで向かい合っていた。
その時、銃声が2発聞こえ、テーブルの2人が突っ伏した。
「パパ!ママ!」
と先程の子供が急いで駆け出したのが見えた。
「これは危険だ!」
私はすぐさま医療用バッグを手にして部屋を出た。
私がホテルを出るとすぐに、爆発音が響き渡った。
人々がその音を聞き付けて騒(ざわ)めき始めている。
静かな海岸が一瞬にして喧騒に包まれた。
「通して下さい。私は医者です」
遠巻きに囲んでいる人々を掻き分けて行くと、テーブルに突っ伏した男女2名と、先程の小さな男の子が拳銃を握り締めたまま爆風に跳ね飛ばされていた。
子供はまだ辛うじて息がある。
両親の方は一見して駄目だ、と解った。
その時、この島の神父が駆け寄って来た。
50代と見られた。
「あなたはお医者様ですか?」
「ええ」
「とにかく此処からこの子を連れ出さなくては。ご協力願えますか?」
「勿論です。この男女はこの子の両親ですね?残念乍ら銃で撃たれて息絶えておられます」
「可哀想な事を…」
神父は十字を切った。
私は小さな子供を抱き上げた。
これがジョーとの出逢いだった。
「そのバッグを持って一緒に来て下さい」
低い声で神父に言って、私は出来る限りの速さで走り始めた。
「この近くに病院はありますか?」
「はい。しかし、ギャラクターの支配下に置かれている病院ばかりでして」
「ギャラクター?」
「この島はギャラクターに全島を支配されています。
 市長や警察までもがその手下となっておるのです」
「あなたの教会は近いのですか?」
「はい。ご案内します」
「とにかくそこで応急処置をしましょう。教会を血で汚す事になりますが…」
「構いません。この子が救われるのなら…。この子はジョージ浅倉と言います。
 日系イタリア人で、血液型はA型の筈です。
 両親はジュゼッペ浅倉とカテリーナ夫妻。2人はギャラクターに逆らった為殺されたのです」
神父の説明には、今思えば割愛されている部分があったのだろう。
私は、ジョーがギャラクターの子である事を知らなかった。
ジョー自身も両親が暗殺された時の記憶の一部を最近まで失っていたらしい。
ジョージ浅倉と言うその子の身体は爆風で傷を受け、後頭部から出血していた。
脳挫傷を起こしている可能性が否定出来ない。
他に骨折が3箇所見られた。
両親の暗殺現場に居合わせ、自らも巻き込まれて重傷を負ったこの子が居たたまれなかった。

応急処置が終わった後、神父にこの子を連れて島から出て欲しい、と頼まれた。
私は言われるまでもなく、そうするつもりでいた。
神父からこの島が『ギャラクター』と言う組織の基地兼隊員養成機関になっていると告げられ、そのギャラクターが地球征服を目論んでいる事を知ったからだ。
その組織には血も涙もない。
こんないたいけな子供にまで爆弾で攻撃を仕掛けるような連中だ。
この島に居ても、またこの子は生命を狙われる事になる、と神父が心配しているのも頷ける。
「早く治療をしたい処ですが、夜を待つしかありませんな…」
私は意識を失っているジョージの小さい生命を守りたかった。
神父によるとこの子はまだ8歳だと言う。
竹馬の友の鷲尾健太郎の息子がこの子と同年だった。
風前の灯となったこの生命を救いたい。
救わなければならない。
私は医療用バッグの中身で出来得る限りの治療を施し、ひたすら夜を待った。
その間にジョーの両親と『ジョージ浅倉』の死亡診断書を書いて、神父に託した。
後の処理は彼に任せておけば上手く取り計らってくれる筈だ。

やがて待ち侘びた夜が訪れる。
神父が密かに通じている者に手配をして、船を出してくれる事になっていた。
乗組員は1人だ。
隠密行動をする以上、仕方がない。
BC島から南西へ20km離れた半島まで送って貰い、そこから先は私自身が手配をした。
船を操ってくれた屈強な海の男の名前を訊くのを忘れたが、無事であってくれると良いが……。
半島には救急隊が待っていた。
私が船の中から通信をして、待機して貰っていたのだ。
ジョージは病院に運ばれ、私も参加して手術を行なった。
脳挫傷の処置も無事に終え、後は意識さえ取り戻してくれれば、私の別荘へ引き取る事も可能だろう。
別荘に引き取ったとは言え、『ジョージ浅倉』は死亡した事になっている。
私は独身だが、形式上養育者として孤児を引き取ったと言う事にした。
意識が戻ったその子に、私はこれからは『ジョー』と名乗るようにと伝え、事情があって島へは帰れないと言う事を言って聞かせた。
賢い子だ。
両親が亡くなった事は自身の胸の中に押し込めており、泣き言1つ言わなかった。
私が見つけた時、彼は拳銃を握り締めていたが、その銃弾を撃つ前に爆弾で吹き飛ばされたようだった。
両親が殺された時の事をどこまで覚えているのか、私には解らなかった。
ジョーは心を閉ざしていたが、別荘の賄いとして雇っているテレサには随分と懐いた。
子育て経験のない私には、テレサの存在が有難かった。

結局、ジョーが事件の事を全ては記憶していなかったと知ったのは彼が突然BC島に墓参りに行った事を知ったからだった。
その少し前の任務の中で、ジョーは自分の出自を思い出したのだ。
両親の殺害現場で刺客から言われた言葉を…。
記憶を取り戻した場に居合わせた健は1人でその秘密を抱え込んでおくつもりだったようだが、ジョーが突然墓参りに行った事で、その事を告白せざるを得なくなったのだ。
その内容には私も驚かされた。
まさか、ジョーがギャラクターの子だったとは!
あの時の神父は彼の両親がギャラクターに逆らったと言っていたが、その実は裏切りだったのか…。
だから刺客はジョーの生命まで狙ったのだ。
ジョーはその強烈な記憶を封じ込めていたのだろう。
それが炎や光を見ると眩暈や吐き気を起こすと言う病的な症状を引き起こしていた。
健はそれを克服する手助けをしたのだが、その結果ジョーは自分の忌まわしい出生の秘密までをも思い出してしまったのだ。

ジョーはBC島から身体にも心にも傷を負って私の元に戻って来た。
私は弾丸摘出手術を受け、麻酔が覚め掛けて魘されているジョーの枕元に座っていた。
君はどこまでも重い物を背負って生まれて来たのだな…。
健の報告によると、私が逢った神父の後継者となった幼友達を自らの手で葬る事になってしまったと言う。
健は言っていた。
その時のジョーの絶叫が耳から離れない、と。
「アラ…ン…」
魘されるジョーの口から漏れ出たその名前は、恐らくはジョーが撃ち殺した幼友達に違いない。
私はジョーの手を包み込んだ。
もう自分を責めるのはやめたまえ。
君はあんなに小さい頃から絶望の淵から這い上がって来たのだ。
君の幼友達は、身を以って復讐の虚しさを教えてくれたのだぞ。

傷が癒えたジョーは益々ギャラクターへの憎しみを募らせて行った。
自分の出自を呪い、苦しんでいるのが眼に見えて解る。
健が父親を亡くした時のように、私にはジョーへの心のケアをする事が出来ない。
君が人間的に成長するのを期待して見守っているしかないのか…。
自分自身の力不足を呪う気持ちになっていた。
私は、ジョーを1度は救ったものの、後年彼の心の傷も病気も癒す事が出来なかったのだ。
ジョーを苦しめる為にBC島から連れ出したのでは無かった。
だが結果的には…。

今日はジョーの一周忌だった。
健は半月前に1人でG−2号機を借り出して、クロスカラコルムへと旅立って行った。
私は未だに彼(か)の地を訪れてはいない。
ジョーの生命が喪われた場所に足を踏み入れる勇気がなかった。
科学忍者隊の諸君には厳しく接して来たが、私自身がこんなに脆い人間だと知ったのは、ジョー、君を亡くしてからだよ。




inserted by FC2 system