『同じ境遇』

『スナックジュン』で遅い昼食を済ませた健と竜はのんびりと食後のコーヒーを楽しんでいた。
「ジョーの奴、今頃祝勝会で盛り上がってるんだろうなぁ」
健が呟いた。
今日の午前中、ジョーが参戦したレースを2人は観戦して来たのだ。
「ジョーの兄貴、また優勝かい?かっこいいよな〜」
「ギャラクターを壊滅させたら、世界を股に掛けた有名レーサーになれるでしょうね」
ジュンが言い差した処で、聴き慣れた車のエンジン音がした。
ガレージに入った様子だが、なかなかジョーは入って来ない。
不審に思った健とジュンがガレージへと足を運ぶ。
そこにはふら付きながら女の子をシートから抱き上げるジョーの姿があった。
「ジョー!どうした…」
「俺は…大丈夫だ。それよりこの子を病院に…。俺は現場に戻らねばならん…」
「一体何があったんだ?」
健はジョーの腕から子供を受け取った。
その間にジュンはフラッと膝を付いたジョーの介抱に回った。
ジョーは右太腿に銃創を負っていたが、これは掠った程度だ。
身体の至る所に打撲傷を受けているのが一見して解った。
車に跳ねられたようだった。
しかし、どちらのダメージもすぐに回復するだろう。
「すまねぇな。あの女の子を助けるのが精一杯でな……」
「事情を説明してくれ」
「祝勝会を早く切り上げて、こっちに向かおうとしていた時、俺はギャラクターに追われているこの子を見つけたんだ。
 奴らは車でこの子を轢き殺そうとしていやがった。
 それでカーチェイスの末、肉弾戦に入ったんだが…」
女の子が、「んんっ…」と小さい声を発して意識を取り戻したので、ジョーはそこで言葉を区切った。
「大丈夫かい?お嬢ちゃん」
健の腕の中の10歳位の女の子にジョーは出来るだけ優しい声で話し掛けた。
「パパとママは?」
女の子が取り乱し始めた。
「パパ〜!ママ〜っ!」
両親を呼ぶと、女の子は再び気を失ってしまった。
「まさか…。この子の両親は!」
ジョーの拳がわなわなと震えた。
「ジョー、現場には俺も一緒に行こう。案内してくれ。
 この子は竜に南部博士の元に運んで貰おう。
 ジュン、ジョーの傷の手当をしてやってくれ」
「掠り傷だ。その必要はねぇぜ……」
「そうか?…ジュンと甚平は此処で待機していてくれ。必要があればブレスレットで呼び出す。
 南部博士への報告を頼んだぞ」
「ラジャー」
ジュンの答えを聞いている間に、健は颯爽とバイクに跨っていた。
ジョーも既に車中の人だった。

2人は現地に向かう途中にブレスレットで会話を続けていた。
「敵は普通の乗用車と見せ掛けたチューンナップカーに、一般人の姿をして乗り込んでいた。
 ギャラクターだと解ったのは、白兵戦に入ってからだ。
 どこからともなく隊員がわらわらと出て来て銃撃して来たんで、あの子を助けるのが精一杯だった」
『とにかく、あの子とその両親が何で狙われていたか、って事だな…』
「健!警察が出張って現場検証をしてるぜ。俺はあの辺りで女の子を見つけたんだ」
ジョーがG−2号機を停めた。
健のその脇にバイクを停める。
「これは下手に俺達が出て行くとまずいかもしれんな…。南部博士の指示を仰ごう」
健がブレスレットで仔細を説明すると、南部がすぐに現地警察に連絡を取ってくれた。
『ギャラクターが関わっている可能性があるから、科学忍者隊を派遣すると言ってある。
 バードスタイルになって事情を訊いて来たまえ。
 女の子は竜が無事に私の所に運んで来た。外傷はないから取り敢えず安心したまえ』
「ラジャー!」
2人は物陰に入り、バードスタイルに変身した。

現地警察が取り囲んでいたのは、女の子の両親と思しき男女だった。
銃で額を射抜かれている。
「これでは即死ですね」
ジョーが呻くように言った。
「この人達の娘さんと見られる10歳位の女の子を彼が助けて保護しました。
 今は南部博士の元におり、医療チェックを受けています」
健が捜査責任者らしき男に話し掛けた。
「それは…この女の子ですかな?」
50歳位と見られる刑事が一葉の写真を見せた。
「ガイシャの胸ポケットから出て来ました」
「ジョー!」
「ああ…この子に間違いない…。何だってギャラクターがこの一家を狙ってたんだ?」
その時、近くのビルの屋上に光る何かがあるのをジョーと健は同時に気付いた。
「皆さん、此処から離れて下さい!」
健が叫ぶと、2人はその屋上まで跳躍した。
2人が見た光は銃口が放つものだったのだ。
案の定、ギャラクターの隊士が10名程潜んでいた。
「さっきは女の子を助けるので精一杯だったが、今度はそうは行かねぇぜ…」
ジョーは敵に聞こえないように呟いた。
「ジョー、殺すなよ。こいつらにはたっぷり事情を訊かなければならない」
「ああ、解ってるよ」
健とジョーは背中合わせになり、ギャラクターと白兵戦を繰り広げた。
1人当たり5人の敵は、彼らにとっては敵ではなかった。
次から次へと敵を気絶させて行くと、ジョーは最後の1人に詰め寄った。
「何であの2人を殺したんだ?何故あの女の子の生命まで狙った!?」
胸元を掴んでエアガンを散らつかせ乍ら脅すと、すぐにその隊員は白状した。
「裏切り者…だから、だ…」
「何だとぅ!?」
ジョーはその隊員を力任せに殴り飛ばした。
屋上のコンクリートに叩き付けられる鈍い音がした。
「あの子は…あの子は…俺と同じだって言うのかよ!?また俺と同じ境遇の子供が…」
ジョーの肩が小刻みに震えた。
健はどう声を掛けて良いのか、とその後姿を見ながら躊躇していた。
その時、先程の刑事が上がって来た。
健は静かな声音で事情を説明する。
「あの男女はギャラクターを裏切って逃走した為に殺されたのです。
 罪のない子供にまで手を下そうとする。ギャラクターはそう言う奴らです」
健は背中を向けたままのジョーの肩を叩き、「帰ろう。下で待っている」と言った。
今、ジョーの双眸には恐らく涙が滲んでいるに違いない、と健は思った。
先に階段を下りていると、暫くしてジョーの足音がゆっくりと追って来た。

女の子は南部の取り計らいで、慈悲深い新しい両親の元に引き取られて行った。
「子供が欲しくても授からなかったご夫婦だ。きっと大切に育ててくれるに違いない」
南部は2人にそう言ったが、あの子の心の傷は重いだろう…。
ジョーは遣る瀬無い思いで、別荘から引き取られて行く女の子の姿をいつまでも見詰めていた。
「真っ直ぐに育ってくれるといいな」
震えるジョーの背中に健が声を掛けた。
「俺のようにはなるなよ…」
ジョーは振り返る事なく呟くと、1人歩き始めた。




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