『温かな眼差し』

その日、健は珍しく南部博士に運転手兼護衛の任務を頼まれた。
「珍しいですね…。ジョーに何かありましたか?」
別荘に迎えに行き、南部の姿を見た時に健は気になっていた事を訊いた。
「うむ…。ジョーは密かに近くに潜んで狙撃手を探す手筈になっているのだ」
「何ですって?!」
健の声が思わず大きくなる。
「落ち着くのだ、健。どこで誰が聞いているか解らん。とにかく車を出してくれ」
「ギャラクターが襲撃して来ると言う事ですか?それなら何故全員に…」
「違うのだ。今回はどうやら私への私怨らしい。
 つまりはギャラクターではなく、一般人が相手だと言う事だ」
「博士への私怨ですって?何でまた…」
健は眉を顰(ひそ)めた。
「どうやら私の運転手をしていて犠牲になった国際科学技術庁の職員の家族が狙撃手を雇ったらしい、と言う情報が入った」
「そんな…。それでは逆恨みではないですか?!」
「私が猿の脳と入れ替えられてしまったあの事件の時の運転手だ…」
「狙撃手って言う事はプロのマフィア?」
「解らんが殺しのプロには間違いない。そこでジョーの独特な勘に頼る事にしたのだ。
 相手がプロであろうと、一般人である事には変わりはない。
 科学忍者隊をその為に出動させる訳には行かんのだ。
 ジョーなら、狙撃手がどこから狙って来るかの嗅覚が鋭い」
「確かにそうですが……」
健が辺りを眼だけで見回した。
『おい、健。運転だけに集中しろよ!スナイパーは俺に任せておけ。博士の事は任せたぜ』
ブレスレットからジョーの声が流れた。

ジョーは目星を付けたあるビルの屋上に居た。
スナイパーはこのような高い場所から狙って来る事が多い。
爆弾などで南部博士を車の外に誘(おび)き出す策を取って来る可能性もある。
もし帰り道で襲って来ないとすれば、目的地であるISO本部が危ないかもしれない。
狙撃を未然に防ぐ為にも、彼は危険そうな場所を先に察知しておく必要があった。
先回りをして行く。
ビルからビルへと飛び移り、より高いビルに移動する時にはエアガンのワイヤーや吸盤を使って飛び上がっていた。
いつスナイパーに遭遇するとは限らないので、バードスタイルになる訳には行かなかった。
ジョーは周囲に気を配り、精神を研ぎ澄ませた。
こう言った輩は人知れずに暗殺を決行するか、見せしめにするかのように目立つ場所で殺すかの2つに1つだが、ジョーはこの犯人を後者だと見ていた。
根拠はないが、本当にISO職員が逆恨みで博士を狙っているのなら、南部博士の社会的信頼を失墜させるような方法を望むに違いない。
また、彼はギャラクターがその家族の私怨を誘導した可能性もあると思っていた。
だとすれば、狙撃して来るのはギャラクターである事も考えられた。
そこでジョーは運転手の役割を健に依頼するように博士に進言したのだ。
(健なら何があっても博士を守り切ってくれる筈だ…)
ジョーは博士と健には内緒で、ジュン、甚平、竜にもこっそりスナイパー探しを依頼していた。
南部博士には、私的な事で科学忍者隊を動かすつもりがない事は重々解っている。
しかし、ギャラクターが関わっている可能性を考えて、ジョーは密かにその手配を取ったのだ。
「本当に一般人が相手なら俺がその銃口を黙らせてやるから、手出しは無用だぜ」
そう言い残して先に『スナックジュン』を出て来たのだ。
(もし、ギャラクターが関与してなかったら、博士には『余計な事を』と言われるかもしれねぇが、俺はどうしても気になるのさ…)
ジョーは隣の高いビルの屋上の柵に向かってワイヤーを飛ばし、絡み付けると跳躍した。

音もなく着地した時、彼は妙な違和感を感じて、その身を屋上の出入口の階段室に隠した。
(あの銃は…。殺し屋に見せ掛けちゃあいるが、やっぱりギャラクターの隊員だ!)
彼が見た銃にはギャラクターの赤いマークがしっかりと刻印されていたのだ。
ジョーは密かにジュン達に連絡を取った。
「思った通りだ。ギャラクターが博士を狙ってるぜ!」
『ラジャー!すぐにそちらへ向かうわ!』
「みんな、いいか?ギャラクターは4人。更にISO職員の家族と思われる若い男が同伴している。
 いざとなったら人質にされるかもしれねぇ。気に留めていてくれ」
『ラジャー!』
ジュンを始めとした3人の答えが返って来た。
ジョーは羽根手裏剣を口に咥えて、道路側の柵から銃を突き出して道行く車に狙いを付ける事に夢中になっている男達にそっと忍び寄った。
1人の男の肩をそっと叩き、手でその口を塞ぐと音もなくその男を階段室へと連れ去って、軽く鳩尾を殴って気絶させた。
「これで思い切り暴れられるぜ」
ジョーはバードスタイルに変身して、身を躍らせた。

「健!仔細は後で話すが、もうスナイパーは倒した。後は頼んだぜ!」
ジョーがブレスレットに向かって叫んだのは、それから数分も経ってはいなかった。
ジュン達が駆け付けて来た時にはもう敵は片付いていた。
「ジョー!」
「何だい、おら達は出番なしかえ?」
「つまんないの……」
3人が寄って来ると、「まあ、そう言いなさんなって」と、ジョーは階段室へと向かった。
「問題はこの男をどう料理するかだ。身元照会は終わったんだろ?」
ジュンを見る。
「ええ。情報部から送って来た写真は、この人に間違いないわ」
「何を言い含められたんじゃろうのう?」
「博士が仇だと思わせるような事を吹き込まれたんだろうね…」
甚平が呟いた。
「くそぅ。ベルク・カッツェめ。卑怯な真似をしやがる…」
ジョーが拳で左の掌を叩いた。
「……とにかく、こいつをISO本部に連れて行こう」
「ジョー。ギャラクター達はどうするんじゃい?」
「捨て置け。そいつらはギャラクターの中でも屈指の射撃の名手らしい。
 だが、丁寧に全部の指をへし折っておいたから、2度と使い物にはならねぇだろうぜ…」

ISO職員の子息は、やはりギャラクターに騙されていた事が解った。
ギャラクターに襲われたのではなく、南部の指示により科学忍者隊に抹殺されたと思わせる現場写真を偽装して彼に見せていたのだ。
誤解が解けると、その男は素直に南部に詫びを入れた。
「騙されたとは言え、ISO職員の息子がこのような事をした非礼を何卒お許し下さい…」
冷たい床に額が付くまで男は頭を下げた。
「顔を上げなさい。私が狙われた為に君のお父さんが亡くなった事は事実なのだ。
 私は拠所ない理由で葬儀にも列席出来なかった。詫びを言うのなら私の方だ…」
南部博士は慈悲深い眼で男を見ていた。
ジョーは博士の瞳を見て、10年前に自分に向けられた博士の優しい眼差しを思い浮かべていた。
南部は立ち上がるとジョーを見た。
「ジョー、狙撃手をギャラクターだと良く見抜いたな」
「ああ、銃を見て一発で解りましたよ。ご丁寧にギャラクターのマーク入りでしたからね」
ジョーはニヤリと笑うのであった。




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