『恋愛の手解き』

その日、『スナックジュン』には2人の男しかいなかった。
正確には青少年が2人。
カウンターの中に甚平がおり、カウンター席には客としてジョーが座っていた。
眼の前ではオーダーしたコーヒーが香ばしい香りを燻らせており、心地好く彼の鼻を擽っていた。
健と竜はまだ来ておらず、ジュンは買物に出掛けていた。
「甚平、何か悩み事でもあるのか?」
ジョーが甚平の様子からほんの僅かにいつもと違う臭いを嗅ぎ付けていた。
「何でも解っちゃうんだね、ジョーの兄貴……」
「どうした?ジュンにも言えねぇのか?」
「そりゃ、言えないよ…。お姉ちゃんには」
「ほぉ〜。甚平も恋をする年になったか…」
コーヒーを啜りながらジョーは呟いた。
「ええっ!何で解るの!?」
「おめぇの顔にそう書いてあるぜ」
へへへ、と笑い乍ら甚平の額を突つくと、
「で?俺になら話してみようとでも思ったか?」
「ジョーの兄貴には敵わないな〜。全部お見通しだ」
「こればかりは健に訊いても…だろ?」
「うん…」
「で?」
ジョーが甚平が話しやすいように水を向けてやる。
「でもさ。おいらが好きになっちゃったのは任務の途中に出逢った女の子なんだよね。
 だからジョーの兄貴に相談しても困るんじゃないかな、って思って言い出せなかったんだ…」
「それじゃあ、バードスタイルだったって事か?」
「そうなんだ…」
「その子の住んでいる場所は近いのか?」
「G−4号で行けば、そんなに遠くはないよ。でもおいらには任務もあるしお店もあるし」
「俺がジュンに甚平に休みをやるように言い含めておくから逢って来たらどうだ?普通の姿でな」
「でも…おいらの事を好きになってくれるかどうか解らないし、他に好きな子がいるかもしれないし」
「そんなのはな、当たってみなきゃ解らねぇのさ」
ジョーはカウンターの中に手を伸ばし、甚平の頭をぐしゃぐしゃに撫で回した。
「そうか…。甚平もそんな年頃になったか…」
微笑ましい気分になった。
「おいら自信がないんだよ。兄貴やジョーの兄貴みたいに二枚目じゃないしさ」
「馬鹿だなぁ、甚平。男は姿形じゃねぇんだぜ。一番大切なのは此処さ」
ジョーは自分の胸に軽く掌を当てた。
「お前位の年頃はな。切っ掛けがあればすぐに相手と仲良くなれるさ。
 甚平は、他の男の子とは違って、その年で多くの経験を積んで酸いも甘いも知っている。
 それにお前は誰よりも優しく、そして強い。違うか?甚平。もっと自分に自信を持てよ」
ジョーはガレージにジュンが帰って来た気配を感じ取ったが、彼女は店に入って来なかった。
もう暫く甚平の恋愛相談に時間を取って上げようと思ったのだろう。
彼女は彼女なりに甚平の様子を心配していたに違いない。
「その子に逢えたら、初めて逢った振りをするのを忘れんなよ。
 切っ掛けはお前が自分で作ればいい。
 『どこかで逢った事があったっけ?』とか何とか上手く話し掛ければいいんだ。
 それで会話が進めばしめた、ってもんだぜ」
「そんなに上手く行くのかなぁ」
「おどおどすんな。ギャラクターと対峙する時のように堂々としてろ。
 まずは友達になる事だ。おめぇ位の年頃ならまだ其処まででいい。
 一緒に遊びに行ったり、子供らしくしていればいいぜ。
 任務の事もあるから、その子と文通でも出来たらいいんじゃねぇのか?」
「プレゼントとかした方がいいのかなぁ?」
「それは仲良くなってからでいい。いきなりプレゼントをやったら相手が面食らっちまう…」
「そう言うもんなんだ…」
「そう言うもんだぜ」

ジュンは店のドアの前で紙袋を抱えたままジョーと甚平の話を盗み聞きしていた。
その微笑ましさに思わずフフっと笑っていた。
「ジュン!自分の店の前で何やってるんだ?」
健と竜がやって来た。
「シッ!」
慌てて健の口を塞ぐ。
「今、ジョーが甚平の恋愛相談に乗ってるの。
 甚平も機会を計っていたのでしょうから、暫く2人にして上げましょう」
「へぇ…。甚平がねぇ」
「相談相手をジョーにした辺り、甚平も賢い奴じゃのう…」
竜がジュンと顔を見合わせた。
「ジョーも根気良く付き合ってくれているわ…。甚平にとっては、頼れる兄貴の1人ね。
 私達って、兄弟みたいよね。甚平はその末っ子って感じ……」
ジュンが遠い眼をした。
「甚平だって素に戻ればまだまだ子供なんだよな。
 俺達もついつい忘れてしまうが、普通に考えたら友達や好きな女の子と遊びに行きたい年頃だ」
「それはおら達だって同じだわい」
「そうね…。世が世ならね。私達の手で早く平和を取り戻さないと…」
その時、中からドアが勢い良く開いて、ジョーの低い声がした。
「おい!そこで何ごそごそ話していやがる!話は済んだぜ。さっさと入れよ」
出動のない穏やかな午後だった。




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