『逆境を物にする時』

射撃と羽根手裏剣の名手であるジョーは腕や指先の怪我には注意を払わなければならなかった。
勿論、左右どちらの手でも扱えるように訓練はしてあるが、エアガンの取り扱いは出来れば利き腕の方がいい。
小さな痛みでも勘を狂わせてしまう事が往々にして有り得る。
だからこそ、彼は手料理を作る事も控えめにしていた。
そう言った気配りをしていたのにも関わらず、先日はカッツェのマスクを剥ぎ取ろうとした時に左腕をメスで刺されて負傷してしまった。
(俺のバードスーツは弱くねぇか…?)
とジョーが思ったかどうかは不明だが、傷を縫合して貰い、トレーラーハウスに帰宅した。
(やられたのが左腕だったのは、不幸中の幸いだぜ…)
傷口の消毒の為に、毎日治療に通うように言われていた。
(面倒臭ぇな…)
ジョーはTシャツを脱いでベッドへと投げた。
それだけの動きでも、傷口が痛んだ。
(傷が深くねぇのが幸いだ。悔しいが暫くは右腕だけで戦闘出来るように鍛え直すとするか…)
明日、早速訓練室に行こう、と決めて、包帯の上からラップを巻く。
バスタオルと着替えを用意して、シャワールームへと向かった。

ジョーはいつでも前向きだった。
何かが起これば、それに対処出来る自分の身体能力を引き出そうとする。
そう言った事がこれまでの任務にどれだけ役に立って来たか解らない。
暗闇での戦闘訓練を行なっていた事で、任務の時に一時的な失明状態に陥った時も冷静に闘う事が出来た。
彼のそう言った感覚には天性の物があり、戦士としての五感は常に研ぎ澄まされていた。
同年のリーダー健とは、同等若しくはそれ以上の戦闘能力を保ち続けたいと願っていたし、その為の努力は惜しまなかった。
戦闘能力も、射撃の腕も、羽根手裏剣の取り扱いも、まだまだ伸びて行く余地がある筈だ、とジョーは常に思っていた。
ストイックなまでに『上』を目指すのは、ギャラクターへの復讐心が駆り立てている事もあるが、彼は極限を超えてまでも自分の能力を向上させたい、と言う意識を非常に高く持っていた。
少しの負傷ぐらいで戦闘能力を低下させるような事は彼の中では絶対に許せない事だった。
スポーツ選手の感覚と良く似ている。
事実科学忍者隊をオリンピックに出場させれば、様々な種目でメダルを総舐めするに違いない。
選手のようにストイックで常に上昇志向のジョーは、シャワーを浴びながらも明日の訓練方法にいろいろと考えを巡らせていた。
そして、左腕を完全に身体に固定した状態で戦闘訓練室に入る事を思い付いていた。

翌日、早速三日月珊瑚礁の特殊訓練室に彼の姿があった。
バードスタイルになり、太いベルトで左腕をきつく腰に固定した状態で訓練プログラムを黙々とこなすジョーの動きを密かに制御ルームから見ていた南部博士は彼のその姿勢に感嘆の溜息を漏らしていた。
(ジョー、お前って奴はどこまでも猛禽類のコンドルのようだ…)
左腕が使えない事で、やはり闘いにくい様子が見受けられたが、それも10分もしない内にジョーは段々と慣れて来たのか、通常と変わらない動きを見せ始めていた。
最初はビーム砲の攻撃を素早く交わすのが精一杯だった彼も、すぐに攻撃を仕掛けられるようになり、南部はその適応能力の高さを見せ付けられた。
羽根手裏剣で、エアガンで見事標的に的中させて行く様は最早芸術的な動きだった。
南部はその動きを美しいとまで思った。
どんなに悔しい思いをしても、酷い傷を受けても、ジョーは不屈の精神で立ち上がり、獲物を狙う為に自らを窮地に陥れてまでその身体から必ず新たな戦闘能力を発揮させようとする。
南部は彼を制止しようとは思わなかった。
その向上心は科学忍者隊にとって必要な事だったし、また、ジョー自身を成長させる事にもなるだろう。
(ただ私がすべき事は、ジョーのその強い復讐心を、暴走させないように制御してやる事だ…)
南部は心で呟くとそっと部屋を出て行った。




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