『十三回忌に』

ジョーの十三回忌の法要が済んだ。
あれから丸12年が過ぎた事になる。
竜は29歳になっていた。
丸い体格もその容貌にも殆ど変化はなかった。
ギャラクター壊滅10年を期して、形式上は科学忍者隊も解散となり、健と彼はISOの『警護部』に配属となっていた。
ジュンは健と結ばれて母親となり、今は子育てに専念している。
甚平は23歳になって、『スナックジュン』の店舗を改装して『軽喫茶JIN』を切り盛りしていた。
そして、竜は念願叶って漸く『お嫁さん』を射止め、もうすぐ父親になろうとしていた。
その出逢いはジョーを応援しに行ったサーキット場での事だった。
時を遡る事13年前、珍しく他のメンバーが来ておらず、彼が1人でジョーが参戦するレースを観戦しに行った時だ。
「ジョー!いいぞ、いいぞ~!その調子じゃわい!」
スタンド席で夢中になって応援していると、隣に可愛らしいタイプの女性が来て横に並んだ。
「貴方もジョーのファンなの?」
その女性が竜に話し掛けて来た。
「ああ…、実はそうなんじゃ」
竜はジョーと仲間だとは言いにくかったので、言葉を濁して頭を搔いた。
(可愛い娘(こ)じゃのう…。おらの理想のタイプじゃわい…)
これは一目惚れと言うものだろう。
年齢はジュンと同じ位か、と思われた。
柔らかそうな長い髪をお洒落な三つ編みに結い上げていた。
「ジョーって素敵よね。いつでもスタイリッシュで凛々しくてレーサーとしても一流の腕前だし。
 いつか世界に出て行くのでしょうね」
「もう少し年を取って二十歳を超えたらそうなるかもしれんのう…」
2人の眼の前でジョーは1位でチェッカーフラッグを受けていた。
「おお!またやったぞいっ!」
竜が欣喜雀躍している横で、その女性も嬉しそうに手を叩いていた。
バスタオルをジョーに投げてやろうとその場を立ち去る前にその女性の名前だけでも訊きたいと思った。
その時、彼女の父親と見られる男性が「そろそろ帰るぞ」と呼びに来たので、名前は訊けずに終わってしまったのだった。

思わぬ再会は2年前に訪れた。
健と竜が『警護部』に配属された時だ。
そこに事務職として勤務していた女性が彼女だった。
竜はすぐにその事に気付いたが、彼女も同様だったようで、初任の挨拶をした日の昼休みに彼女から近づいて来た。
「貴方、中西竜さんって仰るのね。私は皆川愛子です。
 以前サーキットでお眼に掛かった事がありますよね」
「ああ、良く覚えとるわい」
横に居た健が珍しく気を利かせて、「竜、先に行ってるぞ」と声を掛けて立ち去った。
「全然変わってないですね」
「み…皆川さんこそ」
竜は照れて真っ赤になった。
女性と向かい合わせで話をするなど、ジュン以外には無かったからだ。
「貴方はジョーとお友達だったのね」
愛子が呟いた。
「あれから何度か見掛けたの。
 貴方の周りにはお友達がいらして……、そう、さっきの鷲尾さんも…。
 みんなでレースが終わった後ジョーと話をしていたわ」
「ああ…実はそうなんじゃい」
「あれから、ジョーはどうしたのかしら?
 ギャラクターが地球征服を目論んで、地球は壊滅寸前に救われたわ。
 でもその後、サーキットに行ってもジョーも貴方の姿も見掛ける事は無かった…」
竜は言葉に詰まった。
クロスカラコルムでの出来事が鮮明に甦り、気が付けば頬に涙が流れていた。
その涙を見て、愛子はジョーの死を悟った。
「ジョーは…あの時犠牲になったのね…」
愛子が震える声で言った。
「あの時の被害は酷かったからのう…」
竜も漸く口を開いた。
「ジョーはまだ10代だったのでしょう?」
「18だったわ…。あの時生き延びていてくれたら、今頃は世界を股に掛けて活躍していたじゃろうにのう」
「ごめんなさい。お友達の辛い事を思い出させてしまって…」
「いんや、もう10年も過ぎて、吹っ切れたわ…」
「ジョーは良い友達を持ったのね」
「あいつがそう思っていてくれるといいと思うぞい」
「ふふふ。貴方は素朴な方ね。きっとジョーの心の安らぎになっていたと思うわ」
「そ…そうかいのう……?」
「ええ、きっとそうよ」
「ダイエットしろ、っていつも怒られてばかりいたんじゃが…」
「それは貴方へのジョーの気遣いよ。きっと…」
そうかもしれない…、と竜は思った。
ジョーが亡くなった後、南部博士から聞いた事がある。
彼が竜の太り過ぎをどれだけ心配していたかを。
「小憎らしい事を言う生意気な奴だったが、本当は人一倍仲間思いで心優しい奴じゃった…」
竜は誰にともなく、呟いていた。

それから暫くして2人は付き合い始めた。
愛子は竜よりも2歳年下だった。
竜はすぐに結婚を意識した。
ジョーが出逢わせてくれたこの女性と一緒になったのは再会から1年と少し経ってからの事だった。
健とジュンは既に2人の女の子と男の子の子供に恵まれ、仲睦まじく暮らしていた。
たまにする夫婦喧嘩は盛大になるようだが、それも仲の良い証拠。
2人共、相手にダメージを与えるような格闘をする訳ではなく、口喧嘩のみで抑えているようだった。
時折皿が飛ぶ事はあったようだが…。
この2人もジョーが結び付けたと竜は思っていた。
健の鈍感振りに普段から業を煮やしていたジョーがジュンに遺言した言葉が、2人の距離を縮めたのだ。
竜も愛子と穏やかな家庭を築きたいと思った。
愛子はそれを受け入れて、2人は南部博士と科学忍者隊の仲間、そして親族のみのささやかな式を挙げた。
神前式の結婚式が新鮮だったようで、ジュンが感動していた。
「素敵なお式だったわね。愛子さんもとても綺麗」
「おめでとう、竜。愛子さん」
和装の2人に、夫婦で祝いの言葉を述べ、握手を求めて来た。
「これからは家族ぐるみで付き合って行きたいな。愛子さん、宜しく」
「こちらこそ…」
涙を拭って愛子が答えた。
「竜、近々『JIN』で改めてお祝いパーティーをするからさ。期待しててよね」
甚平がウインクした。
「次は甚平じゃな」
「おいらはまだまだだよ。やっとお店が軌道に乗って来た処だからね」
「頑張ってるわね、甚平も。なかなか評判がいいわよ」
ジュンが嬉しそうに微笑んだ。
「此処にジョーが居てくれたらな…」
健が空を振り仰いだ。
「来てるわよ。ジョーの事だから。ジョーが結びつけた2人なんですもの」
「俺達、2組共ジョーが縁結びの神様だったんだな…」

それから2人は子供を授かり、そろそろ愛子の産み月が近づいていた。
ジョーの十三回忌の法要が終わってからも、健、ジュン、甚平、そして竜の4人はまだジョーの墓の前に佇んで、ジョーの思い出話や逢っていなかった間の話など、静かに語り合っていた。
竜の子供がそろそろ生まれそうだという話になった時、ジュンが竜を安心させるように言った。
「何かあったら近くに住んでいるんだから、すぐに私に相談してね。
 マタニティーブルーと言ってね、女性は精神的に不安定になる事もあるのよ。
 ウチには女の子も男の子も居るから、何かと相談に乗れると思うわ」
「そりゃあ、心強いのう」
「ジョーも生きていたら、もう父親になっていたのだろうか?」
黒いスーツが長身に良く似合う、元科学忍者隊のリーダーが青い瞳でジョーの墓を見つめた。
「ジョーの兄貴はモテたからなぁ。でも、意外とまだ1人だったかもしれないよ。
 何よりも自由が好きだったからね」
「そうね…。今頃レース三昧していたかもしれないわね?」
「あの世とやらでも走っているんかいのう……?」
南部の別荘の一角にあるジョーの墓の前で、4人の話は尽きなかった。
別荘の使用人が4人を呼びに来た。
「お食事を用意してありますので、お越し下さい」
4人は建物へ向かって歩き出した。

食事の場には、以前ジョーが任務中に出逢った著名な画家の老婦人が描いたほぼ等身大のジョーの油絵が飾られていた。
『コンドルのジョー』の姿で。
南部はもう別荘の使用人達にジョーの正体を隠しては居なかった。
そして、この食事の場には珍客が呼ばれていた。
年を重ねている為、法要の場には出ていなかったのだが。
御年92歳になったテレサだ。
車椅子に乗って現われた彼女は、「私なんかが長生きして…」と涙を滂沱と流しながら、ずっとそのジョーの肖像画を見つめていた。
彼女はジョーの正体を南部から明かされる前に知っていた。
この別荘が基地として使われている事もあったので、使用人達の中には何人かその事に気付いている者がいたのだ。
豪勢な食事が並んでいた。
60歳になった南部博士はそれ程老けては居なかったが、そろそろ国際科学技術庁から離れる事になっていた。
これからは一科学者として生きて行くつもりだった。
「さあ、皆さん。楽しくジョーの思い出話に花を咲かせて下さい。
 もう湿っぽくなる事もないでしょう」
南部がワインを持ち上げた時、部屋の片隅の電話が鳴った。
使用人の1人が電話を取り、竜を呼んだ。
竜が飛んで行ってぼそぼそと話をしていたが、やがて彼は戻って来ると、
「すまんすまん。愛子が産気づいたんで、今日はこれで」
「そうか…。竜もついに父親になるのだな…」
南部博士がしんみりと言った。
「早く行ってやりたまえ」
「はい。じゃあまた」
竜が慌しく出て行った。
「竜がご馳走を前にあんなに慌てて飛び出して行くなんて昔なら有り得なかったよな~」
甚平が呟いた。
「大切な人が出来れば、甚平にも解る日が来るだろう」
南部が優しく微笑んだ。
「健とジュンも今度は子供達を託児所に預けずに一緒に連れて来なさい。
 この別荘もまた子供達の声で賑やかさを取り戻せる…」
南部が何を思い浮かべているか、健とテレサにだけは解った。
幼き日々のジョーと健の事を思ったに違いなかった。




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