『静寂と波紋』

ジョーはユートランドの都市部を離れた森の中へトレーラーハウスを停め、そこで一晩を明かした。
早朝からまた自主訓練を行なうつもりでいたからだった。
最近は眼が霞んだり激しい眩暈や頭痛が起こる事が増えていた。
どれだけ正確に羽根手裏剣やエアガンを使いこなせるか、と言う事をより鋭敏に感性を研ぎ澄ませて鍛え直しておかなければならないと思っていたし、僅かな失敗が生命取りになる事も彼は知っていた。
それが自分の生命だけで済めばまだ良いが、科学忍者隊の仲間を危険に巻き込むような事だけは絶対に避けなければならない、と自分を強く責めていたし、彼にとっては絶対に自分の力で乗り越えなければならない問題だった。
この場所にはたまにやって来ては、1人で黙々と訓練をしていた。
初めて来たのはまだ8歳で南部博士に引き取られてから間もなくの事だった。
何年か前に彼が木にぶら下げたサンドバックも変わらずに彼が来るのを待っていた。
太い枝にサンドバックが5個並んでいた。
ジョーはまず身体馴らしに、それらを回転しながら蹴り上げて行く。
美しい芸術的なフォルムでその型が決まって行く。
サンドバックが次から次へと大きく揺れ、大きな枝が軋んだ。
ジョーはそのまま横転をし乍ら羽根手裏剣を1本1本の枝を狙って放(はな)って行く。
落ちて行く枝に追い討ちを掛けるように更に羽根手裏剣を放つと、中心に穴が空いた緑の葉がバサバサと音を立てて落ちて行った。
ジョーが動きを止めると、辺りを静寂が支配した。
さわさわと樹々がこすれ合う音だけが静かに聴こえていた。

健はジョーがムシャクシャした時、追い詰められた時にこの場所に1人やって来る事を知っていた。
今の彼は後者だろう。
ただムシャクシャしただけなら、サーキットに行くに違いない。
今更出動に遅れた彼を責めるつもりはないが、リーダーとして、友として何とかしてやりたいと言う思いが強かった。
こっそりバイクで此処までやって来たのだが、自分が顔を出せばジョーは「しつこい奴は嫌ぇなんだ」と突っぱねるだけだろう。
ジョーは跳躍して大木の間を幹を蹴っては飛び回っていた。
恐らくは自分の体力を計っているに違いない。
そして、多分間違いなく、ジョーの身体には何かどす黒い物が燻っているのだ、と言う事を健は改めて確認したのだった。
(ジョー。海底1万メートルに潜った時には自分の悩みを包み隠さずに話してくれたじゃないか…。
 何故今回はそれ程までに俺を拒絶するんだ?
 お前は科学忍者隊から外される事を恐れているに違いない。
 俺にばれたら南部博士に筒抜けだと、そう思っているんだな……)
健は唇を噛み締めた。
(ジョー。お前の身体はそんなに悪いのか?)
暗澹たる気持ちに襲われた。
(ジョーは絶対に言わない。みんなに不調を知られてしまう時には、手遅れになりかねない…)
先日、G−2号機のみでジョーは鉄獣メカを倒して見せた。
健はジュンともども生命を助けられたのだが、手放しで喜ぶ事は出来なかった。
ジョーは復調したかのように見えたが、この静かな森に1人で篭って、訓練をしている事を考えると、決して彼の体調が良くない事を象徴しているかのように健には見えた。
(ジョーは明らかにおかしい…。だが、俺にはどうにも出来ないのかっ!)
クレープボンバーとの闘いの時、遅れて合体出来なかったジョーは、「気分が悪くて…」と呟いた。
それを誰も気に留めなかったのが、今思えば信じ難い事だった。
健はそこでその事を指摘すべきだったと思う。
南部博士とジョーが売り言葉に買い言葉で揉めてしまった為、その言葉は有耶無耶に葬り去られてしまった。
ジョーにしてみれば、あの言葉はかなり従順な発言だった筈だ。
健は科学忍者隊のリーダーとして、その場で気付くべきだったと後悔していた。
今考えてみれば、あれが全ての始まりだったのだ。
その前のレオナ3号の事件の時には、ジョーに異変は無かったように思う。
(ジョーには悪いが、やはり、この事は南部博士に報告すべきかもしれない…)
健はその決意を固め、その場を後にした。
しかし、南部博士は此処1ヶ月程完全に別荘の研究室に篭ってしまい、連絡すら取れなくなっていた。
後から知った事だが、ベルク・カッツェに関する研究を進めていたのだ。
この時、南部博士に精神的余裕があれば、健はジョーの事を相談していたかもしれない。
この間にジョーの病状が進んで行き、彼の身体を蝕んで行く結果になってしまったのだ。

ジョーの余命を知った時、健は自分を責めた。
「俺は科学忍者隊のリーダーとして失格だ!」
しかし、ゴッドフェニックスとの通信を切った後、南部は健のブレスレットのみに改めて連絡して来た。
「健。自分を責めてはならない。ジョーの身体の事を気付いてやれなかったのは私の責任なのだ。
 悔やんでも悔やみ切れん…。ジョーを探し出してやってくれ。
 せめて休養を与えて、少しでも生き永らえる方法を探りたい」
「確かにジョーは勝手な行動を取ったと思います。
 でも、俺がジョーならやはり同じ事をしたかもしれません。
 自分の死期を悟った以上、ジョーはベッドで朽ちて行くような男ではありません!」
悔しさを言下に滲ませて健は肩を震わせた。
「水臭いと思いますよ…。なぜ相談してくれなかったのかと…。
 でも、あいつの気持ちを考えたら……………!
 このままジョーを1人で逝かせる訳には行きません。俺達は必ずジョーを探し出します」
健は涙を堪えて通信を切るのだった。
彼の心にジョーが投じた波紋が胸に深く広く広がって行った。




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