『形見』

ジョーはTシャツに隠すようにして裸の胸にいつも四角い金色のプレートペンダントを身に付けていた。
これは南部の別荘に引き取られて彼が精神的に落ち着いて来た頃、南部博士が静かに彼に手渡してくれたものである。
その金色のペンダントには、『Da Giuseppe Asakura e Yekaterina Asakura a Giorgio Asakura Metta amore.』の文字が刻まれていた。
彼の母国語なので、南部博士が教えてくれなくても、その言葉の意味はすぐに解った。
『ジュゼッペ浅倉とカテリーナ浅倉からジョージ浅倉へ。愛を込めて』
「これは君のお父さんの胸ポケットから出て来た物だ。形見として大切に取っておきなさい」
南部の手が暖かかった事を覚えている。
その日から常に彼はそれを身に付けていた。
科学忍者隊の仲間の中でも、彼がそれを身に付けている理由を知っているのは健ぐらいのものだった。
他のメンバーはペンダントを身に付けている事すら気付いていないか、気付いていてもお洒落の一貫として身に付けているにすぎないと言う認識だった。
ジョーはそれを肌身離さず身に付けている限り、両親の彼への深い愛情を思い、その両親を突然彼の元から奪ったギャラクターへの憎しみを片時たりとも忘れる事は無かった。
孤児(みなしご)のジュンや甚平は、両親との思い出がない。
その事を気の毒だと思わない事も無かったが、思い出がある分、辛い事だってあるんだぜ…、とジョーは内心で呟く事もあった。
両親の愛情の篭った形見のペンダントを握り締めたまま眠りに就く事もあった。
そんな日は両親との優しい日々が夢となって現われた。
しかし、最後には必ずあの忌まわしい銃声と爆発の光に包まれて目覚めてしまう。

「…ョー!ジョー!」
健に揺り動かされて目覚めた。
「あ…」
ジョーはガバッと起き上がった。
健と竜が心配そうに覗き込んでいた。
「すまねぇ…。俺はまた魘されていたのか?」
「ああ…。酷く苦しそうだったんで起こしてしまった。まだ夜が明けてない。悪かったな」
「いや、お前達を起こしてしまったか。悪かったのは俺の方だぜ」
任務で安ホテルに2部屋に別れて泊まっていた。
ジュンと甚平は別室だった。
「ジョー。また魘されて、って、こう言う事が良くあるのか?」
「ああ…。親父とお袋が殺される夢だ…。自分が爆風に飛ばされて、そこで終わるのさ」
「ジョー。お前さん、そんな事があったんか」
「竜は知らなかったのか?ジョーのご両親はジョーの眼の前でギャラクターに殺されたんだ」
健が意外そうな顔をした。
「そうか。だから、ジョーはギャラクターを人一倍憎んでおったんじゃのう…」
竜は少しバツの悪そうな表情になった。
「おらは何も知らずに、ジョーの事を責めてばかりいたんだなぁ…」
「気にするなって。もう忘れてくれ。起こしちまって済まなかった。
 まだ時間があるから眠っていてくれ。俺はシャワーを浴びて来る」
ジョーはまだボーっとしている頭を覚醒させたかった。
Tシャツを脱ぐと、例のペンダントが胸に踊った。
「その形見のペンダント…。今も肌身離さず身に付けているんだな…」
健が呟いた。
「ありゃ?それもただのお洒落ではなかったんじゃのう…。
 どうやらおらはジョーを随分と誤解しているようじゃわい」
「別に誤解したままでも構わねぇのさ。俺がわざわざみんなに説明するのを嫌っているからな」
ジョーはさっさとシャワールームへと足早に去って行った。
「竜。ジョーはこれ以上その話題を続けたくなさそうだ。
 そっとして置いてやろうぜ。夜明けまでもう一眠りする事にしよう」
健がジョーの痩せているが筋肉を纏った背中を見送って、そっと竜に向かって呟いた。




inserted by FC2 system