『編み込まれる女心』

「ジュン、おめぇ何やってんだ?」
カウンターの中でごそごそとやっているジュンの動きを見咎めて、ジョーが眉を顰めた。
「兄貴へのバースデープレゼントだってさ!」
「こら、甚平!」
ジュンが余計な事を言うな、と牽制する。
「健の誕生日って、随分先じゃなかったか?」
「今からやらないと間に合わないのさ。お姉ちゃんの場合はね」
「それ…まさか、セーターか?このユートランドでそんな物を着る機会はまず無いだろうによ」
「黙ってて!編み目の数え方を間違っちゃうじゃない!」
「おお、こわっ。ジョーの兄貴ィ、昨日からこんな感じなんだよ。どっかで習って来たらしくてさ。
 仕事もそっちのけでやってるから、おいら迷惑してるんだよ」
「健にそれを着せて、その後に何か計画をしてるって訳か、ジュン…」
「あら、良く解ったわね」
「当たりめぇだろ?スキーにでも連れ出そうってのか?」
「まあ、そんなところ……」
「乗ってくれりゃあいいがな。あの健が…」
ジョーは思わず苦笑した。
「あら、その時はジョー達も行くのよ。そうすれば健はのこのこ付いて来るわ」
「また俺がだしになるのかよ?クリスマスパーティーの時もそうだったじゃねぇか」
「とにかく出来上がってからの話だし、健の19歳の誕生日はまだまだずっと先よ。
 今は集中させて頂戴!」
ジョーは甚平の耳にそっと呟いた。
「さて、いつまで続くかね?」
甚平は胸の前で両手をクロスさせるのだった。
「爆弾の扱いは器用な癖に女の子らしい事は全く駄目だからな」
「甚平!聴こえてるわよ!」
「おお、こわっ!」
甚平は先程と同じ台詞で本気で震え上がった。
「まあ、精々その一編み一編みに思いを込めてじっくりと編むんだな。
 いくら鈍い奴でも、何か感じる処があるかもしれねぇぜ」
ジョーは人の色恋沙汰などには興味がない、つもりだった。
だが、結構ジュンに肩入れしている自分に気付く事がある。
健がトンチキだから尚更だ。
どうしてあそこまで女心が解らないのか、不思議で仕方がない。
ガッチャマンの時はあれ程物事に敏いのに…。
(まあ、余り優等生過ぎるのも人間味がねぇけどよ。余りにもジュンが不憫だぜ…)
一生懸命編み目を数えているジュンが健気に見えて来た。
セーターどころかマフラーでも物になるかどうか疑問だとジョーは内心で思っていたが、それでも応援したくなる何かがジュンにはあった。
聞き慣れたバイクの排気音して隣のガレージに入ったのが解った。
「ジュン、トンチキ野郎が来たぜ。そいつは仕舞っておきな!」
ジョーは立ち上がって甚平に小銭を渡した。
「ジョーの兄貴、もう帰っちゃうの?もう少しゆっくりして行けばいいのに」
「これから博士の運転手さ」
「ジョーもいつもご苦労様な事ね…」
「おめぇらのマシンに博士を乗せて行く訳には行かねぇだろ?」
ジョーが出ようとした時、健が勢い良くドアを開けて入って来た。
「ジョー。博士の護衛か?」
「ああ…」
「疲れてる時は言えよ。俺が代わるから」
「まあ、陸上の移動の時は俺に任せておけよ」
ジョーはウィンクすると出て行った。
「この頃はISO職員の運転手では危険だからな…。
 ジョーにばかり負担が掛かるのはリーダーとして気に掛かる…」
「でもさぁ、兄貴。ゴッドフェニックスの『運転』が竜の右に出る者が居ないように、車の運転は誰もジョーに敵わないよ」
(それにお姉ちゃんへの気配りもね…)
と言う言葉を甚平は辛うじて胸に収めた。
(お姉ちゃん、ジョーに惚れれば良かったのに…。
 あ、でもジョーはお姉ちゃんを女の子としては見てないか…)
「甚平!ボーっとしてないで、注文を取りなさい」
甚平の肩を叩くと、ジュンは何かの箱を持ってガレージへと向かった。

まさにG−2号機のエンジンを掛けてアクセルを踏もうとした時に、ガレージにジュンが入って来た。
「ジョー、待って!」
「あ?何か用か?」
「これ、持って帰って食べて頂戴」
箱を開いてジュンが見せたものは、シチリア特産の『サボテンジャム』だった。
文字通りサボテンの実を使って作られている。
「孤児院で一緒だったカテリーナ=聖名子(みなこ)さん、って言う人が、旅行先で買ったんですって。ジョーにもお裾分けよ」
「か…カテリーナ…」
ジョーの眼に僅かな動揺が走った。
「どうしたの?ジョー」
「ああ、何でもねぇ。俺のお袋がカテリーナって名前なんでな。俺と同じ日系イタリア人か…」
「懐かしい味でしょ?持ってって!」
「そんな大切な土産を俺が貰って行っていいのかよ?」
「いいのよ。もう1箱貰ったから。気にしないで。
 ジョーは誰かさんと違っていつも支払いもいいし、ウチにとっては有難いお客様なんですから」
ジョーはジュンの気遣いを有難く貰う事にした。
「ありがとよ。こいつは甘酸っぱくて旨いんだぜ。ジュンも喰ってみろよ。
 コーヒーより紅茶に合うかもしれねぇな」
ジョーはエンジンを吹かして、ジュンに軽く手を上げて見せると南部博士を迎えに行く為にガレージを出て行くのだった。




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