『Blue Gray』

『スナックジュン』の常連の女性達の中には、明らかにジョーや健を目当てにやって来る者がいた。
「あのブルーグレイの三白眼が何ともセクシーなのよね」
「大人びているけど、まだ18だって言うじゃない」
「でも、背が高くてそれでいてスリムで…。
 ただ痩せているだけではなくて付くところには綺麗に筋肉が付いていて……」
「Tシャツを着ているだけであれだけセクシーなんですもの。
 ついついいろいろと想像してしまうわよね…」
「見ているだけでも、惚れ惚れするわね」
「長い足にキュッと上がったお尻もセクシーよ。それにあのカモシカのような筋肉質の足!」
「あれは最早芸術品よ…。ベルボトムで隠しておくのが勿体無い位ね…」
20代後半と見られる女性3人組はどうやらジョーのファンらしく、良からぬ想像を掻き立てているようだ。
「いやだわ、不潔よ…」
ジュンはカウンターの中で小さく呟いた。
その夜、ジョーが飛び込んで来る直前に大雨になった。
彼はびしょ濡れになって店に入って来た。
今日はG−2号機がメンテナンス中で、彼の手元に無かった。
雨に濡れたジョーは、Tシャツが身体に張り付き、均整の取れた筋肉の形がハッキリと浮かび上がっていた。
例の女性達の視線がジョーに集まっていた。
「ジョー!」
ジュンがバスタオルを放ってやる。
「ああ、すまねぇな…」
魅力的な低い声で答えてバスタオルを受け取ると店の入口で濡れた髪を拭き、Tシャツをたくし上げようとした。
「ジョー、そう言う刺激的な事はガレージに行ってやって頂戴」
ジュンは女性達の期待をわざと牽制した。
「そう言や、ジュンも女の子だったんだな…」
ジョーが呟いた。

「ジョーの兄貴…」
ジョーがガレージでTシャツを脱いで雨水を絞っていると、甚平が追い掛けて来た。
「それだもんなぁ…。女の人達がほっとかない訳だ」
「あ?」
「タッパがあって足が長くて、余計な贅肉が全くなくて、細いのにマッチョで…。
 おまけに顔立ちは濃いけど、ジョーの兄貴って二枚目じゃんか」
「何が言いたい?」
「女の人の注目を浴びる事に慣れてるジョーの兄貴は平気なんだろうけどさ…」
「ああ…そう言う事か…」
「シャワーを浴びてくならこっちから上に上がって、ってお姉ちゃんが…」
「ありがとよ。帰ってからにするぜ。もう小降りになって来たみてぇだ。
 バスタオルは洗って返すから、ってジュンに言っといてくれ」
「えっ?帰っちゃうの?」
「俺は招かれざる客のようだからな」
ジョーが唇を曲げた。
「やっぱり解っちゃった?」
「そりゃあ、ジュンの態度を見ていりゃあ解るさ。あれは一種の嫉妬だな。
 なぜ健ではなく、俺の事で嫉妬するのかは解らねぇが…」
「奥のテーブル席の女の人達が、ジョーの兄貴を値踏みするように上から下までねっとりと見てたんだぜ。お姉ちゃんはそれが嫌だったんだよ」
「成る程な…」
「お姉ちゃん、あれで結構ウブだからね」
「甚平、おめぇがマセガキ過ぎるんだよ!」
ジョーは甚平の額を軽く小突いた。
「ジュンはまだ16の年頃の女の子だし、健に恋する女の子としては、当然不潔だと思うだろうぜ」
「ジョーの兄貴だって18だろ?大して変わらないじゃないか…。
 でも、ジョーはモテるから、付き合っている人とかいるんでしょ?」
甚平が悪戯っぽい眼でジョーを見上げた。
「こいつう!」
ジョーはそれには答えず、ブルーグレイの綺麗な瞳を瞬かせると、笑い乍ら甚平の頭に拳骨を落とした。
「おいら、ジョーの兄貴は帰っちゃったって言っとくからさ。あの女の人達が帰ったら入って来れば?
 腹を減らして来てるんじゃないの?」
甚平はジョーの優しい拳骨位ではめげない。
「今日はいいネタが入ったから、ピッツァを焼いておくよ」
甚平がガレージを後にして、暫くすると件の女性達も店を去った。
ジョーが両脚を組んでガレージの壁に寄り掛かり瞑目していると、ジュンが彼を呼びに入って来た。
「ジョー、甚平の特製ピッツァがそろそろ焼き上がるわよ」
「ああ、ありがとよ…」
ジョーは弾みを付けて壁から離れた。




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