『臨場感』

ジョーは甚平にせがまれて、彼を助手席に乗せ、サーキットを周回していた。
「おいら、任務でジョーのG−2号機からの中継映像を見た事があってさ。
 あれから1度乗ってみたかったんだよね」
「あの時は変身していたからな。あそこまでの臨場感は味わえねぇと思うぜ…。
 それでも良ければ付いて来な」
ジョーはそう言って、甚平の望みを叶えてやる事にしたのである。
「南部博士を送迎している時のようには行かねぇぜ。最大限までスピードを上げるからな」
「解ってるよ。おいら、それを味わいたいんだから」
甚平は健を慕っているのと同様、ジョーも兄貴分として慕っている。
任務中に単独行動を取ったり皮肉を言ったりするジョーも彼は見ているが、そう言った事を差し引いてもジョーと言う人間は魅力的だった。
「おい、ジョー。弟さんかい?余り似てないが…」
サーキット仲間のフランツが気さくに声を掛けて来た。
「どう見てもこいつは日系イタリア人じゃないでしょう?」
ジョーが笑った。
ジョーは仲間達とこんな風に笑い合うんだな〜、と甚平は少し感動していた。
フランツはどう見ても30を超えていたが、ジョーの腕を見込んでいるので、同輩として扱ってくれていた。
「知り合いの子でね。どうしても乗ってみたいと言うので…」
「ほう〜。坊や、ジョーの腕は一級品だ。ちびるなよ」
フランツが甚平のキャップの上から頭を撫でた。
「おいらそんなに弱虫じゃないやい」
「ほれ、『坊や』。粋がってないで早く乗りな」
むきになる甚平を嗜めて、ジョーは助手席に彼を乗せた。
助手席のシートは甚平にはまだ少し大きかった。
ジョーはしっかりとシートベルトを付けてやる。
「ゴッドフェニックスよりも怖いかもしれねぇぜ。覚悟しとけよ」
ジョーはそう言うと、エンジンを掛けてコースへと出た。

「複雑にうねっている1周5kmのコースだが、同じ場所をぐるぐる回るだけだから、物珍しいのは最初の内だけだぜ」
コースに出ているのは、まだジョーだけだった。
甚平を連れて来る事を考えて、朝早くに出て来たのだ。
いつの間にかまばらな観客席に健とジュンの姿があった。
ジュンが甚平がジョーに今回の事を頼んでいるのを聞いていて、こっそりと健を誘ってやって来たのだ。
「ジョーは良く甚平に付き合ってくれたわね」
「あいつは意外と情に厚い奴なのさ。人付き合いも悪くない」
健が走り出したG−2号機を眼で追いながら答えた。
「あなた達は10年の付き合いですものね…。私と甚平よりも長いのね」
「いや、初めて逢ったのは確かに10年前だが、ジョーの方が先に南部博士の元に引き取られていたんだ。
 俺にはまだお袋が居たからな……」
「同じように南部博士に引き取られても、あなた達の性格は本当に正反対ね…。
 まるで光と影のよう……」
ジュンが呟いた。
彼女の言葉は言い得て妙だったが、健は複雑な顔をした。
「俺が親父が死んだ後突っ走った時期があったろ……?
 その頃、メカブッタの基地で捕らえられ、みんなに助けられた事がある」
「覚えてるわ…」
「あの時、俺は意識の底でジョーの声を聞いたんだ。
 『お前は真っ直ぐに前を向いていろ。影になるような仕事は俺が全部引き受けてやる』ってな…」
「その言葉…。私も聞いたわ。
 貴方を肩に担いでゴッドフェニックスに向かって走っている時、ジョーが独り言のように言ったのよ」
「あいつは俺の影になるつもりなのか?それがサブリーダーの仕事だとでも……?」
「そうではないと思う。でも、ジョーは健に常に明るい場所を歩いていて欲しいと願ってるのよ」
ジュンが健を振り仰いだ。
「何故だ?俺はジョーにだって陽の当たる明るい場所に居て欲しい。
 それなのに、あいつは暗い場所を好むんだ……」
「そうね…。ジョーはギャラクターを斃さない限りは、暗闇の中に居るのかもしれない…。
 でも、見て!甚平にあんなに良くしてくれるジョーを……。
 きっと彼だって、明るい場所が恋しいのよ。
 甚平はその事をジョーに思い出させてくれる存在なんだと思うわ……」
「ジョーがサーキットに来る時は、レースが近い時か、ムシャクシャしている時、そして1人で考え事をしたい時だ……。
 確かに今日のジョーはそのどれでも無いな」
健が笑った。
「ジョーに安穏な日々を、と心から願うわ……」
「そうだな。何も考えずに走る事だけを楽しめる日が来るといいな」

「わぁぁ〜!ジョーの兄貴ィ!いつもこんなに飛ばしてるのかい?」
甚平は助手席で竦み上がっている。
「だから言ったろ?ゴッドフェニックスよりも怖いかもしれねぇ、って…」
甚平はなまじ動体視力が優れている為に、リアルに臨場感のあるスピードを体感しているのだ。
「うひゃあ〜!岩壁が近づいて来るよ〜っ!」
「うるせぇ奴だな。おめぇは科学忍者隊の『つばくろの甚平』だろうによ!」
ジョーは余裕でステアリングを切っている。
このコースはヘアピンカーブとアップダウンが続く難コースなのだ。
最初の2〜3周は震え上がっていた甚平もさすがに慣れて来て、スピードを楽しむ余裕が出て来た。
「すげぇな〜!おいらもこんなレーシングカーを運転出来るようになるのかなぁ?」
「甚平には優れた反射神経と動体視力があるんだ。その気になりゃあ、すぐに上達するだろうよ」
「ほんと?憧れちゃうな、おいら…」
「おめぇにはまだ自分のやりたい事を選ぶ時間がある。
 ギャラクターとの闘いが終わったら何をしたいのか、良く考えておくんだな」
「うん、そうするよ。ジョーの兄貴にとってのレースのように、おいらにもきっと何かがあるんだよね」
「ああ、あるともさ。そいつを見つけるのは自分でしかないんだぜ」
コースを20周回った処で、ジョーはG−2号機を停めて観客席の前へと降り立った。
「おめぇら、こんなとこでデートかよ?」
ジョーは高速で走る運転席から、ちゃんと2人の姿を見極めていたのだ。
「ええっ?おいら気が付かなかった!
 運転しながら観客席の兄貴とお姉ちゃんに気付くなんて、やっぱりジョーの兄貴は凄ぇや!」
「おいおい。俺は1周目で気付いたぜ」
ジョーは甚平に呆れて見せると、
「俺は甚平を送って帰るから、おめぇ達はもう少し気の利いた場所に行けよな!」
健とジュンに背を向け、甚平の背中を押すと、ジョーは再び車中の人となり、サーキットを去って行った。




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