『魂よ鎮まれ』

『魂よ鎮まれ』
その言葉は、ジョーが最期の力を振り絞って投げた羽根手裏剣が地球を救ったと言う事が、クロスカラコルムの現地調査団の手によって判明した時、科学忍者隊の残る4人と南部博士がジョーに贈った言葉である。
ジョーは自分の手で地球を救った事を知らずに逝った。
ギャラクターをその手で斃す事だけを考えていた男が、病いに倒れ、銃弾を受けて微動だに出来ない身体となって、闘いを放棄せざるを得なくなった時、どんな思いでいた事だろう……。
そう思うと、彼らの胸は激しく痛んだ。
総裁Xは宇宙に逃亡し、ベルク・カッツェは滾るマグマの中に投身して、ギャラクターは自滅したが、ジョーは自らの手でそれを出来なかった事だけが心残りであったに違いない。
充分に闘った事には満足している筈だが、ギャラクターを葬り去るのは彼にとって自分の身と引き換えにしてでも成し遂げなければならない、と決めていた事だったのだ。
ジョーの心が手に取るように解るだけに、科学忍者隊、そして南部博士は心を痛め、そして深い傷を負っていたのである。

1年が過ぎて、その調査結果が齎された。
「ジョーの命日にその事が報告されただなんて、何と言う偶然なのだ…」
南部博士は命日に遅れる事半月後に行なわれたジョーの一周忌の席で科学忍者隊のメンバーに向かって述懐していた。
命日には健はG−2号機でクロスカラコルムへと走っていたし、他の3人も当日ゴッドフェニックスでその地を訪れていた。
その為、一周忌の法要は日延べをして執り行われたのだ。
「博士…。あの油絵、この部屋に飾ったんですね」
此処は南部博士の別荘。
かつての、いや、現在も、科学忍者隊の司令室となっている部屋だった。
健が見上げた先には大きな油絵が飾られていた。
コンドルのジョー。
ほぼ等身大の油絵は、任務中に偶然出逢った著名な画家に贈られたものだった。
ジョーに生き写しのこの絵画を、南部博士は見るのが忍びなく、倉庫に眠らせていたのだ。
「一周忌法要を機会に出して来たのだよ。もう諸君も平常心でこの絵を見る事が出来るだろう」
それは博士自身も同様だった。
立派な額に入れられた油絵の横には、博士秘蔵のジョーの写真が何枚か引き伸ばされ、やはり額縁に入れられて飾られていた。
「まあ!これはジョーが博士に引き取られた頃の写真ですか?」
ジュンが初めて見たその写真に思わず微笑んだ。
「そう言えば、君達には見せた事が無かったね…」
南部の眼が柔らかくなった。
「パトロールの時間までゆっくり見て行くが良いだろう」
そう言うと、そっと席を外した。
忍者隊のメンバーだけにして思い出に浸らせてやりたかったのか、それとも自身が涙を堪(こら)え切れなくなったからなのか…。
「ジョーは写真に撮られる事を余り好まなかったもんじゃが、それでも博士の手元にはちゃんと残っていたんじゃのう……」
竜が1枚1枚を丁寧に眺め乍ら、ジョーの面影を追っていた。
幼い頃の写真から、レーサースーツに身を包んだジョーの近影まであった。
誰に向けた物なのか笑顔の写真もある。
恐らくはテレサ婆さんが撮影したものかもしれない。
「俺にはまだ思い出がリアル過ぎて見れないな…」
健が呟いた。
ジョーと出逢ったのは8歳の時。
丁度その頃のジョーの写真が眼の前にあるのだから、思い出が溢れ返って来るのも仕方がない事だった。
「でも、健はクロスカラコルムへ旅をして、ジョーと一緒に1つの山を乗り越えたのよ。
 これから段々と心の傷が癒えて、ジョーとの思い出が宝物になる日が来るわ」
「そうだよ、兄貴。きっとジョーの兄貴もそれを望んでいるに違いないよ」
「ジョーは多分後悔してると思うぞい。健やおら達から『自分自身』を奪って行った事だけはのう」
「そうね…。でも仕方がなかったのよ。ジョーにはああするしか無かった…。
 だって余命が持って後10日、と言われて彼に何が出来たと思う?」
「ジョーはおら達が呼べばいつだってそれに答えてくれる。
 いつでも傍に居ると感じさせてくれる。おらはもうそれだけで充分じゃわ。
 生きていて欲しかったけど、誰にもどうにもならなかったんじゃ」
「ジョーの兄貴、お父さんやお母さんに逢えたのかな?」
「ええ。もうきっとずっと離れないでいられるでしょう」
健は3人の言葉を黙って聞いていた。
そして、スッと顔を上げ、もう1度ジョーの肖像画を見上げて呟くのだった。
「そろそろパトロールに出掛ける時間だ。ジョー、行って来るぜ」

この日から、彼らはジョーに逢いたくなるとこの場所に思い思いにやって来るようになったのである。




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