『微睡(まどろ)みの中で』

深夜。
トレーラーハウスのベッドの上で、ジョーはTシャツもジーンズも着たままで微睡(まどろ)んでいた。
先程任務を終えて帰宅したばかりだ。
この処、疲労が蓄積するようになり、自分の身体の変化を感じずにはいられない彼だった。
彼にしては緩慢な動きでベッドに座ると、そのまま倒れ込むように横になり、いつしかウトウトと浅い眠りに入っていた。
その微睡みの中で、彼は潮騒の音を聞いていた。
『ジョー!』
両親の断末魔の声が甦る。
あの日から10年経った今でも、眠りが浅い時に彼が見る夢はいつでもこの夢だった。
「やめてくれっ!今の俺なら守れたのにっ!」
ジョーは自分の叫び声で覚醒して飛び起きた。
「またこの夢か……」
肩が大きく上下している。
全身にびっしょりと汗を?いていた。
潮騒の音だと思っていたのは、トレーラーハウスの屋根を叩く雨音だった。
帰宅してから30分と経っては居なかった。
その間に降り始めたのだろう。
「うっ!」
ジョーは頭を抱えた。
またあの頭痛の発作だった。
彼は激しい頭痛に耐えながら、無理矢理重い身体をベッドから引き剥がすようにして立ち上がる。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、市販の痛み止めを胃薬と共に口の中へ放り込んだ。
そうして、暫くベッドに腰掛けて痛みが収まるのを待った。
このまま横になってしまっては、恐らくまた浅い眠りに入ってしまうだろう。
汗を?いたままなのも嫌だったし、あの夢を見るのはもっと嫌だった。
以前健がくれた睡眠薬がまだ残っている筈だ。
後でそれを飲んで朝までじっくり寝る事にしよう、と彼は思った。
ギャラクターもつい数時間前に地球の反対側で鉄獣メカを破壊されたばかりでは、またすぐに出撃して来る事もないだろう。
(この忌まわしい夢を見なくなるには、ギャラクターを壊滅させるより他に手はねぇ…。
 俺が本懐を遂げた時、多分この夢も見なくなるに違いねぇ。
 だが…。俺はもしかしたら親父とお袋の所に逝く日が近いのかもしれねぇな……)
ジョーは視界の中で揺らぐ自身の両掌をじっと見つめた。
(もし、そう言う事ならこの生命と引き換えにしてでも、あいつらを完膚無きまで叩きのめしてやるだけさ)
彼は自分に残された時間がそう長くはないと言う事を感じ取っていたが、その日が思いの外早くやって来る事はまだ知らずにいた。
30分程すると薬が効いて痛みは少し和らいで来たが、まだ眩暈が残っていた。
しかし、ジョーはベッドから降りて、ふらふらとシャワールームへと入った。

熱いシャワーを浴びても、なかなか身体の感覚が戻らなかった。
シャワールームの簡素な照明が彼の眼を刺激するのだ。
ジョーは眼を閉じた。
それでも脳が眩しさを感じていた。
(どうなっちまったんだ…?俺の身体は……。
 ギャラクターを斃す日までは何とか正常で居てくれ……)
願いを込めて拳を握り締めた。
(俺はまだ、斃れる訳には行かねぇんだ…)
それでもふら付く身体。
ジョーは身体を洗う手を止めて、シャワールームの壁に手を付き休むしかなかった。
全身から力が抜けて床に崩れ落ちそうになるが、踏み止(とど)まった。
思い通りにならない自分の身体を呪った。
確実に蝕まれて行くこの身体を……。
漸く眩暈が終息の気配を見せ始め、一息ついていた処でブレスレットが彼を呼んだ。
手を伸ばしてそれを手に取ると、ジョーは「こちらG−2号」と短く答えた。
不調を気取られる訳には行かなかった。
『至急基地に集まってくれたまえ。先程の鉄獣メカは囮だったようだ』
南部博士からの指令だった。
「ラジャー」
ジョーは短く答えると、急いで全身に滑っていた白い泡を洗い流し、バスタオルで荒々しく身体を拭いた。




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