『サーキットにて〜投票日』

「ジョー、今日も早いな。もう選挙には行って来たのかい?」
サーキット場に着くといきなりサーキット仲間のフランツに声を掛けられた。
「選挙…?」
(……何で俺が?)
と眼を白黒させていると、
「ああ、そうか。お前は大人びているから忘れていたが、まだ選挙権がないんだったな」
フランツは鳶色の眼をした30代の男だった。
ジョーが初めて此処に来た時から彼を気に入り、可愛がってくれた。
ジョーは彼に髪をぐしゃぐしゃにされた。
此処ではジョーは最年少。
13歳の頃から出入りをしている。
ジョーの安らぎの場でもあり、誰からも愛されていた。
此処では科学忍者隊の『コンドルのジョー』とは別の顔を持っているジョーだった。
フランツをはじめとする仲間達はジョーのドライビングテクニックを努力だけではない、生まれ持った天才的才能だと思っていた。
どんな危機をも乗り越えられる技術と判断力は卓越している。
ジョーが両親を既に亡くしている事は知っていたが、此処に来る彼はいつでも快活で暗い一面を見せた事など1度もない。
ただ、時折誰かに呼び出されて何かの任務に飛び出して行く事があるが、ジョーはそれに関しては黙して語らない。
過酷な任務を背負っているようだ、と言う事だけはフランツ達サーキット仲間にも解っていた。
時には何よりもジョーにとっては大切な筈のレースを棄権してまで、出向いて行く事があったからだ。
尤もその悔しそうな顔と言ったら、見ていられない程だったが……。
傷ついた身体で此処にやって来た事もあった。
長い間顔を出さずに居て、ひょっこり現われた事もあったな、とフランツは思い起こしていた。

ジョーが此処に出入りし始めてから5年が過ぎ、彼は今18歳になっている筈だ、とフランツは思った。
鍛錬されたその身体には余分な肉は一欠片もなく、引き締まった大胸筋と腹筋、そして両腕は逞しく筋肉が盛り上がり、長い筋肉質の両脚がカモシカの如くスラリと伸びていた。
身体にピッタリとしたレーシングスーツを着ると、彼の引き締まったスタイルが如実に解る。
上背があるのでその細さが幾分目立つが、レーサーには体重が軽い方が適している。
初めて来た時から5年の間に随分と大人びて、そして肉体改造が進んでいる事に驚くばかりだ。
サーキットで走る為以外にも特殊任務をこなしていて、これだけの肉体と精神力を手に入れたのだろう、とジョーを眺めて思った。
ついつい投票に行った物だと思い込んだのも、ジョーが余りにも大人びているからなのだ。
彼だけではない。
ジョーがまだ18歳の少年だと言う事を忘れて、酒を飲ませようとする仲間も居るぐらいだった。

「そうか。まだみんな揃ってねぇのは、今日が投票日だからか…」
ジョーはぐしゃぐしゃにされた髪をきちんと整えてから愛機を詳細に点検し始めた。
ジョーは自分が載るマシンの点検を決して人任せにはしない。
人が整備したものでも、最終的には自ら点検するのだ。
その位の気概があり、マシンと一体化出来るレーサーでなければ、大成はしないのだ。
その時、ジョーの左手首のブレスレットが鳴った。
ジョーは皆から離れるように素早く走りながら、「こちらG−2号!」と応答した。
周りの者達に任務に関する通信を聞かせる事は出来ない。
サーキット仲間もジョーの秘密を詮索するような事はせず、自分のマシンの点検に精を出していた。
こうして秘密を詮索しない仲間達が、ジョーには有難かったのである。
だからこそ、此処は彼にとって居心地の良い場所だった。

ジョーはある日突然サーキットに顔を出さなくなった。
ギャラクターがブラックホール作戦を行ない、地球はニュートロン反応の初期症状を起こしていた。
国際科学技術庁の南部博士が『総裁X』が宇宙に逃亡した事を記者会見で報告した後、暫くしてサーキット仲間達は荒れ果てたサーキットにぽつりぽつりと戻って来つつあった。
しかし、そこにジョーの姿はなかった。
ジョーが科学忍者隊の一員である事を知らないサーキット仲間達は、ジョーがニュートロン反応による天変地異の犠牲になったのだろう、と思っていた。
仲間の中には他にも姿を見せなくなった者が何人も居る。
サーキット場も目茶目茶になってしまったので、彼らは自分達でサーキット場の整備・再建を手伝い始めていた。
フランツはふとジョーの面影に思いを馳せた。
「生きていたら此処に来ない筈がないよな、ジョー……。
 でも、俺はいつまでもお前の帰りを待ってるぜ。
 また共に走ろうじゃないか。
 お前の腕には敵わなかったが、お前との再会を願って今の内に腕を上げておくからな」
フランツには自信家のジョーが死んだとは思えなかった。
どこかで生きていると思い込みたかった。
ジョーが科学忍者隊の『G−2号=コンドルのジョー』であったと言う彼の正体を知る筈もなく、フランツはもう還る事のないジョーの帰還をいつまでも待ち続けるのだった。




inserted by FC2 system