『再会』

テレサ婆さんは95歳になり、ついに今際の際を迎えようとしていた。
可愛がっていたジョーが逝って15年。
33歳になった健が、31歳のジュンを連れて見舞いにやって来ていた。
もう残り少ない生命だから、と自宅療養をしていたのだが、いよいよ危なくなったのだ。
南部博士も遅れて訪れる事になっていた。
テレサ婆さんが眠るベッドの真横に、かつて健が贈ったジョーとの2ショット写真をコラージュした額と、『コンドルのジョー』の油絵を模写した物が飾られていた。
テレサ婆さんが退職した時に南部博士が贈ったのは、実はこの模写だったのだ。
テレサ婆さんはジョーの正体を薄ら薄ら知ってはいたが、この油絵を開いた時、それを確信したのだった。
それからはジョーの無事を毎日祈って過ごしたが、残念な連絡が届いたのは、僅か数ヶ月後の事だった……。
自分の孫も若くして逝ったが、孫と同様に可愛がっていたジョーまでもそんな形で喪ったテレサ婆さんは一時期憔悴して大変だった、と健は聞いている。
しかし、彼女が気を取り直したのは、ジョーの死後、彼女の誕生日を配達日に指定して、大好きなガーベラの花とカードが届いたからである。
勿論その贈り主はジョーその人だった。
そこにはテレサの体調を気遣う文面と、健とジュンの結婚式に自分の代わりに花を贈って欲しい、と言う依頼の手紙、そして花代として現金が添えられていた。

テレサ婆さんは健とジュンが結婚するまでは頑張らなければ、と元気を取り戻したのだった。
ジョーの死後7年経って2人はジョーの故郷の島の教会で結婚式を挙げた。
南部に報せて貰うように頼んでいたテレサは、ジョーの最期の頼みを実行した。
これで自分の役目は果たした、と思ったが、ジョーからの手紙には続きがあった。
それを預かっていたのは、南部博士だった。
ジョーの死後、博士の元に届いた手紙には、それまでの数々の我侭を詫びた文章と長い間お世話になったと感謝の言葉が綴られていた。
その手紙の消印がヒマラヤの空港のポストの物だった。
クロスカラコルムへ向かう機内でその手紙を書いた物と思われる。
あれから世界中が混乱した中、大幅に遅れたとは言え、良く南部の手元に届いたものだ。
そして、『健とジュンが一緒になったらテレサ婆さんへ渡して欲しい』ともう1通の手紙が同封されていたのだ。
その手紙は健達の挙式後、南部が自らテレサの元に届けた。
テレサは一目その手紙を見て、大粒の涙を零した。
「博士…。ジョーさんはまだ私に長生きしろって言うんですよ……。
 いつまでも息災に、元気で居て欲しいって。
 自分が生きた証を知っている人々にはずっと長くこの世に留まっていて欲しい、って……。
 こんな老いぼれの生命をジョーさんに分けて上げられた方がずっと良かったのに……」
テレサの慟哭は暫く続いた。

テレサ婆さんの死の床には南部博士も間に合った。
「南部博士…。健さん、ジュンさん。そしてメアリーとマイケルさん……」
老老介護で頑張ってくれた娘と娘婿も呼んだ。
「本当に、有難うございました…」
テレサは両掌を合わせた。
「そして……ジョーさん……」
彼女は震える手をあらぬ方向に伸ばした。
そこにはジョーのコラージュ写真が飾られた額や模写の油絵がある訳では無かった。
その働き者の手は空(くう)をさ迷っている。
健とジュン、南部博士が思わず顔を見合わせた。
テレサの手がまるで誰かの暖かい手に握られたかのようにピタッと止まった。
「ジョーさん……やっぱり来てくれたのね…。私を導く為に……。
 有難う。この日をどれだけ待ち望んでいた事か……」
それがテレサ婆さんの最期の言葉だった。
テレサはとても穏やかな表情で息を引き取った。
最期の脈は南部が取った。
「14時23分、ご臨終です。大往生でした…」




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