『甚平の心尽くし』

「健…。聞き流して貰ってもいいんだけど、この頃ジョーが痩せたような気がするの」
『スナックジュン』には今、健とジュンしか居なかった。
「ジュンもやっぱりそう思うか…?」
健が眉を顰(ひそ)めた。
「俺も気になってな。一昨日ジョーに言ったんだが、『筋肉が落ちたって言うのならもっと鍛えなければ』と軽くいなされてしまった……」
「甚平が言ってたけど、この頃のジョーは食べる量も減っているわ…。
 甚平じゃなくてもそう思うもの」
「顔色が良くないしな。体調が悪いのでは、と心配しているんだが、あいつには突っぱねられた」
「やっぱりBC島での一連の事件が、心に陰を落としているのかしら?」
「それは否定出来ないな。もしそうなら、ギャラクターの子であると言う事を思い出させた俺にも責任の一端はある」
「でも、海底空母から脱け出すには、そうするしか無かったのでしょ?
 健のせいではないわ。ジョーもその事について健を恨んだりはしてないと思う」
ジュンが注文されたコーヒーを健の前に出した。
「ジョーはギャラクターへの憎しみと自分自身の出自に対する負い目から自分の殻に閉じ篭ってしまったのかもしれないわね。
 以前のような笑顔が全く見られなくなったわ。何かに焦っているように見える……」
「ああ。ギャラクターへの復讐を急いでいるように思える。
 その為に寝食を忘れる程に思い詰めているのかもしれないな…」
「竜の情報によると、今日もISOに博士を送って行ったついでに、訓練室で汗を流しているそうよ」
「頬がこけて顔色が良くない。益々あいつは凄みを増して来た。
 糸が切れた凧のように、あいつが突然姿を消して飛んで行ってしまわないかと心配になる…」
「そうね…。店にも余り顔を出さなくなったし。ジョーが何を考えているか解らなくて不安だわ」
健は眼の前のコーヒーを啜った。
「ジョーはもし、体調が悪くても自分からは言い出さないかもしれないな…。
 だがこの前1回だけ自分から口にした事がある」
「対グレープボンバー戦に出遅れた時ね…」
「あの時は博士と諍いになって有耶無耶になってしまったが、あの事がずっと俺の心に引っ掛かっているんだ」
「ジョーが『気分が悪くて…』なんて言った事を今までに聞いた事が無かったわ…。
 あの時は本当に気分が悪かったんだと思うわ」
「三日月基地を失って博士にも余裕がないと思うが、1度ジョーの健康診断をするように進言しておこう」
「ジョーが本当に体調を崩しているのなら、それを拒否するかもしれないわ。
 それに今、眼に見えて様子がおかしい感じはしないし。
 痩せて来たように見えるだけでは根拠に欠ける、とジョーなら突っ張ねてしまいそうね」
「まあ、確かにジュンがさっき言ったようにBC島での出来事があいつの心を閉ざしていて、それが身体に現われている事も可能性として否定は出来ない。
 何か俺達に出来る事はないのだろうか……?」
健が瞑目した。
「お姉ちゃん!」
甚平が紙袋を抱えて入って来た。
帰って来て、途中から話を聞いていたようだ。
「シチリア産のトマトと蜂蜜が手に入ったよ。
 これでパスタとケーキを作って、ジョーに差し入れて上げようよ。
 ジョーの兄貴も喜ぶんじゃないかな?」
「そうね…。でも、故郷の食べ物を見て、ジョーがどう思うのか…。難しいわ……」
ジュンが甚平の優しさに感激しながらも、ふと瞳を伏せた。
「そっかぁ。おいらただシチリア産だから喜ぶと思って単純に仕入れて来ちゃったけど、ジョーの兄貴はまだ友達を撃ってしまった事を引き摺ってるのかなぁ?」
甚平が肩を落とした。
彼なりにジョーの事を心配しているのである。
「ジョーはそれ程弱い男ではないと俺は思っている。ただ余りにも強烈な出来事だったからな。
 心の問題なのか、それとも本当に身体の調子が悪いのか、現時点では俺達には判断が付かない」
健が甚平の肩を優しく叩いた。
「そのトマトと蜂蜜がまだ鮮度を保っている内にジョーが顔を出してくれるといいな、甚平」
「うん…」
「ジュン。竜も博士と同行してISOに居るんだったな?」
「ええ、ゴッドフェニックスのメンテナンスの打ち合わせと聞いているわ」
「竜に頼んで上手くジョーを此処に連れて来て貰おう。
 折角の甚平の心遣いを無駄にしては行けない。な?甚平」
「でも…大丈夫かな?」
不安そうな甚平。
科学忍者隊の最年少として共に闘って来た年月の中で、彼も成長しているのだ。
「シチリア産だと言わずに出せばいい。
 ジョーがそれを食べて懐かしいと思えば、自分からそう言うだろう」

その晩、竜がどう言ってジョーを連れて来たかは解らないが、2人は連れ立ってやって来た。
店の薄暗い照明の中ではやはりジョーの頬は痩せこけて見え、顔色も優れないように見えた。
南部博士を別荘に送り届けた帰りで疲れているのかもしれない。
口数も少なかった。
「ジョーの兄貴!今日はジョーに精を付けて貰おうと思って、特別メニューを作ってみたよ。
 良かったら食べてみて!」
甚平が眼の前に差し出した皿を見て、ジョーの眼つきが和らいだ。
まずはサラダに乗せてあるスライスされたトマトをフォークで差し、匂いを嗅ぐ。
「この匂い…。こいつはシチリア産だな?ホットケーキの蜂蜜もだ。
 洒落た事をしやがるじゃねぇか?甚平…」
一瞬だが、ジョーの瞳が潤んだように見えて、他の4人のメンバーは驚いた。
しかし、次の瞬間には彼の瞳は乾いていた。
「ありがとよ。だが心配には及ばねぇ。みんな俺の事を過剰に心配し過ぎだぜ」
実際の処、食欲は無かったのだが、ジョーは甚平の心尽くしの料理をしっかりと一口一口味わって完食した。
無理をしてでも、全部食べてやる義務がある、と彼は思ったのだ。
「ほれ、全部平らげたぜ。おめぇらの心配が杞憂である事の証明さ!」
ジョーは支払いをカウンターの上に置くと、立ち上がった。
「甚平、旨かったぜ。ありがとな」
そう言って店を出て行く。
甚平はその背中を見送り乍らまた不安に襲われた。
「ジョーの兄貴、無理して食べたね……」
その理由が心の問題なのか身体の不調が起因した物なのか、まだ誰にも解らなかった。




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