『ジョーと甚平〜トレーラーハウス編』

惣菜を買い込んでトレーラーハウスに着いたのは夕刻だった。
「か〜っこいいなぁ!ジョーの兄貴は将来これで世界を股に掛けて活躍するんだね、きっと」
甚平は物珍しそうに狭いトレーラーハウスの中を見回した。
「ジョーの兄貴の生き方ってさ。男の子の憧れを全て満たしてるんだよね」
「健だって飛行機乗りだし、頭の回転が早くて機を見るに敏い。
 それこそ男の子の憧れなんじゃねぇのか?まぁ、色恋についてはからっきし駄目だがな」
ジョーはベッドの上に紙袋を置いた。
「狭いトレーラーハウスだ。
 見学はその辺にしておいて、眠くなったらすぐに寝られるようにシャワーを浴びておけ」
「え?ジョーの兄貴は?」
甚平は男同士、裸の付き合いでもしたいと思っていたのだろうか?
「それなら健の所にでも行けば良かったんじゃねぇのか?
 俺は今夜はシャワーも禁じられているんだ。それに此処のシャワールームは狭いしな」
ジョーは自分の右肩を見遣った。
「俺はおめぇがシャワーを浴びている間に身体を拭くから心配すんな」
「じゃあ、おいらが背中を拭いて上げようか?」
「構うなよ。ほれ、バスタオルだ」
ジョーは白いバスタオルを出して甚平に放ってやる。
「ちょっと待ってろ。おめえにはシャワーの位置が高過ぎるだろうから、低い所に移動しておいてやる」
ジョーはシャワールームに入り、シャワーヘッドを低い位置に移動してやった。
「コックには手が届くだろう?」
甚平が覗き込んでいる気配を感じたので、背中を向けたまま声を掛けると、「うん、大丈夫」と答えが返って来た。
「おいら、ジョーを手伝いに来たのに。
 料理も作って上げようと思ってたのに買って来ちゃうしさ」
「店の外に居る時ぐれぇは、料理なんてするなよ。
 たまにはそう言った事から離れるのもおめぇには必要なのさ」
甚平は、手伝いに来たつもりがすっかりお客さん扱いになっている事に気付いた。
(おいら、ジョーの兄貴に逆に気を遣わせちゃったのかなぁ…)
「余計な事を心配しなくてもいいから、ゆっくり汗を洗い流して来い」
まるで甚平の心を見透かしたかのようにジョーが優しい眼をした。

甚平がシャワーを終えて出て来ると、ジョーは買って来た惣菜を皿に出して電子レンジで温めようとしていた。
「何だ、そんな事おいらがやるのに。ジョーの兄貴は休んでいて」
甚平はキビキビと動き始めた。
「お前はいつも働き過ぎなんだ。たまにはゆっくりすりゃいいのによ。意外と貧乏性だな」
ジョーが笑った。
「そうかもね」
甚平は浮き浮きと惣菜を用意した。
食卓もないこのトレーラーハウスだ。
ジョーはベッドの上にカー雑誌を広げておき、その上に惣菜を置くように言った。
「ジョーの部屋って本当に綺麗にしてあるね」
「物を置いていないだけさ。俺には思い出の品さえ残っていねぇからな」
「それはおいらだって同じさ。
 でも、お姉ちゃんと一緒に暮らすようになってからの思い出の品なら沢山あるよ。
 ジョーの兄貴はそう言った物も何も残さないの?」
2人は食事をしながら話し始めた。
ジョーは左手で器用に食べていた。
「そうだな。いい思い出が出来たらそう言う事もするようになるのかもしれねぇな」
「ジョーの兄貴はそんな風に感じた事がないの?レースで優勝した時は?」
「嬉しいのも一瞬の出来事さ。俺はギャラクターを滅ぼすまではいつまでも安眠出来ねぇのさ。
 安穏と暮らす事は許されねぇんだ……」
「ジョーに早くそんな日が来るといいね。
 おいら達との思い出も苦しかった闘いの日々の思い出じゃなくて、楽しい事だけを積み重ねて行けるように…」
「甚平、おめぇ、時々その年には不相応な事を言いやがるな」
ジョーは笑って甚平を軽く小突いた。

翌朝、ジョーが剃刀で髭を剃っているのを甚平は興味深そうに見ていた。
「何だよ、やりにくいな…。お前だってその内生えて来るんだぜ」
ジョーは甚平がジュンと暮らしているが為に、年上の男性の暮らしに興味があるのだと言う事を理解した。
父親や兄のような存在として、その姿をジョーに映しているのだろう。
「おめぇが大人になったら俺が男としての身だしなみの整え方など、いろいろ教えてやる」
「ホント?」
「ああ。こればかりはジュンには教えられねぇ事だからな。
 恋愛の仕方も教えてやる。その時、ギャラクターが滅びていて平和が来ていたらよ。
 今は俺自身にもそんな余裕はないからな…」
「うん。それだけは絶対に兄貴に教えて貰うつもりがないんだ」
「でも、健の奴の事は尊敬してるんだろ?」
「勿論おいらは兄貴に憧れてるけど、『兄貴になろう』とは思わないよ。
 おいらには3人の兄貴分が居るからね。
 それぞれのいい処を見習っておいらなりの生き方を見つけるつもりさ。
 3人の誰とも違う人生を生きるんだ」
「こいつぅ。なかなか賢い奴だぜ」
ジョーは甚平の額を左手の人差し指で突ついた。
「それでいい。お前にはお前の生き方があるんだ。
 いつかはジュンからも独り立ちする日が来るんだぜ」
ジョーは小さな戸棚から新しい歯ブラシを出して来た。
「甚平。こいつを使いな。此処に置いておけばいい。
 おめぇ、昨日は歯も磨かずに寝ただろう。きちんと磨いておけよ」
ぶっきらぼうだが、また泊まりに来てもいいと言う意味だと甚平にはしっかり伝わった。
「有難う。ジョー」
「今日は三日月基地まで送ってってくれるか?G−4号の中は狭っ苦しいが仕方がねぇ」
「基地まで行ってどうするの?」
「傷を診て貰う事になってるし、羽根手裏剣を左手で繰り出す訓練を改めて積んでおきてぇ」
「ジョーの兄貴は闘う事に関しては本当にストイックだねぇ。
 その域まで達していて、それ以上に技術が高められるの?」
「上を目指せば目指すだけ上り詰められるのさ」
ジョーはニヤリと笑って見せるのだった。




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