『約束』

「ジョー、何か歌ってよ。私がギターを弾くから」
『スナックジュン』では、他の客が帰り、科学忍者隊のメンバーだけが残っていた。
「な…何で俺が歌を?」
ジョーはジュンの突然の依頼に思いっ切り戸惑った。
「だって、ジョーっていい声してるじゃない。ぜびとも歌声を聴いてみたいわ」
「おらも聴いてみたいぞい。18歳とは思えない渋い声をしてるからのう」
「待てよ、俺は歌なんて歌った事がねぇんだ。親父とお袋を眼の前で殺されてからはな……」
「冗談だろ?ジョー。口笛を吹いているのは聴いた事があるぜ」
健がジョーの顔を覗き込んだ。
「口笛は吹いたかもしれんが、歌を歌おうなんて言う気分にはなった事がねぇ」
「ええ〜?嘘だろぉ?レースの祝勝会とかで歌った事は無いの?」
「ああ、ねぇな」
「勿体無いよ、ジョーの兄貴。歌ってみたらきっと凄いと思うのに」
「歌った事がねぇ奴がよ。いきなり歌える訳がねぇだろ?トレーニングしなけりゃ無理に決まってる」
「要するにジョーは完璧じゃないと嫌だって事だな?」
健が笑った。
「こいつはそう言う奴だ。みんな諦めろ。まさかヴォイストレーニングを受けさせる訳には行くまい」
「じゃあ、ギャラクターを倒して平和が訪れたら、聴かせてくれる?ジョー。約束してよ」
「そんなに遠くない時期に聴けるようにおいら達も頑張るからさ」
「ジョーだって、ギャラクターへの復讐が終われば歌を歌ってみる気にもなれるんじゃねぇの?」
健だけはジョーの肩を持ってくれたが、他の3人には更に追い討ちを掛けられた。
「け…健も歌うって言うなら……」
ジョーはたじたじとなって、一歩下がった。
声が掠れている。
「おいおい、俺を巻き込むなよ。俺だって歌を歌うのは苦手なんだ」
「い…一緒に克服しようじゃねぇか。おめぇの声だっていい声だと思うぜ…」
「ジョー、いい提案をしてくれたわ。それで決定ね!」
「やったぁ!」
ジュンと甚平が同時に指をパチンと鳴らした。
「そんな処でシンクロするなよ」
ジョーが苦虫を噛み潰したような顔になって呟いた。
「巻き込まれた俺の身にもなれよ…」
健が彼の横で迷惑そうに言った。
「まあ、健はともかくとして、ジョーは絶対に練習すれば低音を活かして素敵な歌が歌えると思うわ。
 太鼓判を押しても良くってよ」
「けっ!俺が音痴だったらどうすんだ?」
「針が落ちる音でも聞き分ける科学忍者隊ですもの。耳が良ければ恐らくは音痴ではない筈よ。
 声を出す為の発声練習は必要ですけどね。それも難なくクリアするでしょ」
「何もわざわざそんな練習をしてまで、歌なんか歌うこたぁねぇだろう?」
ジョーはまだ納得出来ていない。
「人前で歌うなんて勘弁しろよな」
「駄目よ。健が歌うのならジョーも歌ってくれるんでしょ?」
ジュンがウインクをした。
「健は私に借りがあるものね〜」
ジュンは指で丸を作って、健には有無を言わさぬつもりだ。
「わ…解った。平和が来て、時間が出来たら……」
健はグッと詰まって、結局はジュンの申し出を承諾せざるを得なかった。
「全く、ガッチャマンじゃねぇ時の健の頼りねぇ事と言ったら……」
ジョーが額に手をやり、ぼやいた。
「ジョーの兄貴の歌声が聴ける日はいつやって来るのかな?おいら楽しみだよ」
「んだ、おらもだ。ジョーが歌うだなんて、それこそが平和の象徴のように思えるぞい」
「デーモン5のコンサートにも一緒に行ってくれたじゃない。大丈夫よ」
「あれは、ただ聴いていればいい、と言われたからじゃねぇか…。
 竜や甚平のように耳栓もせず、ちゃんと聴いていてやったぜ」
「ジョーなら、少なくともデーモン5のヴォーカルよりはマシな歌が聴けそうな気がするよ」
健が言った。
「あら、健。喧嘩を売るつもり?」
ジュンが穏やかではない事を言ったが、その眼は笑っていた。
妙な約束をさせられてしまったジョーだが、もう腹を括るしか無かった。
これだけ証人が居ては、惚ける事も出来ないだろう。
「ちきしょう…」
一言だけ呟いて背を向けた。
この短い言葉で『承諾』の意味を表わしたのだった。




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