『洗い流したい過去』

「放っといてくれ…。今、流れているのは…俺の身体に澱んでいるギャラクターの血だ…。
 綺麗に洗い流して、サッパリしてえよ……」
敵の銃弾に倒れたジョーは、心配する仲間達にそう呟いた。
これだけの傷を受けていても、声音はハッキリとしている。
出血が夥しい…。
一刻も早くジョーをこの島から連れ出さなければ…。
健は唇を切れる程噛み締める。
この島でジョーを診てくれる病院はないだろう。
ジョーは受けた傷の痛みや苦しみよりも、幼馴染だったアラン神父を不可抗力とは言え、自らの手で葬ってしまった事にもがき苦しんでいた。
弾丸は急所を外れてはいるが、このままでは出血多量でジョーは逝ってしまう…。
4人の仲間達の心配を他所に、ジョーは彼らの助けの手を拒絶した。

ジョーは故郷にも冷たく拒絶されたのだ。
血を流し切る事で、ギャラクターの子としての自分の過去に決別しようとしているのか。
ジョーには自分の生い立ちや過去を全て洗い流してしまいたい…、ただただ忌まわしい物でしかないのだと言う事は仲間達にも良く解った。
健達には為す術も無かった。
(どうするの?健)
ジュンが健に眼で問う。
健は首を振った。
ジョーの思いを考えると、彼が出血多量で意識を失うまでは、アラン神父に対する贖罪の気持ちを大切にしてやらなければならない、そう思った。
ジョーのTシャツは彼自身が流した赤い血でぐっしょりと重く濡れていた。
教会の床にもジョーの血が流れ出ている。
もう身動きも出来なくなっていた。
先程アラン神父を撃ったのが、ジョーに残されていた最後の力だったのだろう。
いくら身体を鍛え上げ、強い意志で心身を律している彼だとは言え、ジョーの意識はもうそれ程長くは続くまい、と健は思った。

ジョーがアラン神父を撃ち殺した後の彼の叫びと慟哭が耳から離れない。
「馬鹿野郎!お前が死んで何になる!
 お前はこの島に必要な人間なんだ!……俺とは…違うんだ…!
 自分の…自分の生命を捨ててまで、俺に『復讐を忘れろ』と言いたかったのか?!」
銃弾に倒れて苦しい呼吸(いき)の中、ジョーの魂の叫びが迸った。
(アラン神父は『コンドルのジョー』がお前だと知っていたのだろう。
 だからお前の手で逝きたかったんだ……。俺はそう思うぞ、ジョー…)
健はアラン神父が持っていたライフルを握り締めた。
(ジョー、お前はもう充分に苦しんだ。これ以上自分を責めるんじゃない!)
声にする事は出来なかった。
しかし、ジュン、甚平、竜にはその健の心の声が聞こえていた。

ジョーは激しい出血でついに意識を失った。
もうこれで気が済んだだろう、と健は思った。
お前の贖罪はもう終わったんだぞ。
「ジュン!止血をするんだ!みんなでジョーを運ぶぞ」
「ラジャー!」
全員でジョーの救護に当たる。
教会を出る間際に健達はアラン神父の遺体に向かって、そっと黙祷を捧げた。
健達は遭遇している筈もない素顔のデブルスター2号がアラン神父に寄り添い、共に空へと上って行く姿が見えたような気がした。

ジョーはISO内の病院での弾丸摘出手術を無事に終え、白いベッドの上に身を横たえて昏々と眠っていた。
輸血が続けられていた。
今も彼は苦しげに魘(うな)されている。
健はそっとベッドの脇に座り、ピクリともしないジョーの手を握り締めていた。
(お前にアラン神父を撃たせたのは俺のせいだ…。
 済まない、ジョー…。俺はお前を苦しめてばかりだな……)
健は苦悩に塗(まみ)れたジョーの額の汗を拭いてやった。
まだ高熱があり、予断を許さない容態だ。
しかし、ジョーは不死鳥のように甦るだろう。
(その時は、決して苦悩の色を俺達には見せまい…)
健はいつまでもジョーに寄り添い続けるのであった。




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