『元の鞘』

ギャラクターの基地には全員で潜入していた。
ジョーは竜と組んでいたが、侵入に気付かれたのか、突如通路に落とし穴が現われ、竜が転落してしまった。
ジョーはエアガンのワイヤーを伸ばし、吸盤を天井に貼り付けてぶら下がったが、竜を助けるまでには至らず、そのまま四角い穴は塞がれてしまった。
「竜!竜!」
ジョーはぶら下がったままでブレスレットに向かって叫んだ。
しかし、竜は気を失っているのか、応答が無かった。
「健!こちらG−2号!」
ジョーは弾みを付けて壁を蹴り、落とし穴となった部分を乗り越えて着地すると、健を呼んだ。
『ジョー、どうした?』
「竜が罠に嵌って捕まっちまった!俺が何とか助けるから任務はそっちで続行してくれるか?」
『解った。任務はジュンと甚平に続けて貰う。俺も今からそっちへ向かう』
「ラジャー。先に行ってるから俺の電波を追って来てくれ」
『ジョー。頼むぞ。今そっちに向かっている!』
頼もしいリーダーの声が聞こえて来た。
ジョーは竜が落ちたと見られる地下牢への道を探りながら、下へと降りて行く。
驚いた事にその部屋の自動扉はジョーの到着を待っていたかのように開いた。
そして、倒れている竜に向かって左右の壁が刻々と迫っている事が見て取れた。
「健!こいつは罠だ!だが、放って置いては竜が圧死する。罠だと承知で俺は行く!
 時間がねぇんだ。後は頼んだぞ!」
『ジョー!』
健が呼ぶ声が聞こえたが最早猶予はなかった。
ジョーは素早く部屋に飛び込み、気を失っている竜を引きずり出そうとした。
その時、オーロラのような色をした怪光線を全身に浴び、気を失った。

「ジョー!しっかりしろ!」
健の声で意識を取り戻すと、健が自分を抱き抱えているのが見えた。
(俺は死んでしまったのか……?)
半身起き上がると、やはり眼の前に居るのは自分の姿だ。
「健!俺は一体…?竜は?」
叫ぶと健は驚いて振り向いた。
驚いたのは健だけではない。
ジョー自身もそうだった。
彼が発した声は竜のものだったし、緑色のマントにでっぷりとした茶色の身体が自分だと言う事に気付いたからだ。
「どうなってるんだ?そこに居るのは俺なのか?じゃあ、俺は誰だ?!」
ジョーは混乱して頭を抱えた。
「どうやらお前は竜の身体になったジョーらしいな。じゃあ、こっちはジョーの身体になった竜なのか?」
健は冷静に判断を下そうとしたが、彼自身も混乱から抜け出す事は出来なかった。
『どうしたの?健!任務完了よ!5分後に基地が爆発するわよ!」
「ちょっと問題が起こった。事情は後で話すからとにかく脱出しよう」
『ラジャー!』
健はジュンの答えを聞くと、ジョーの姿をした竜の頬を引っぱたく。
「しっかりしろ!」
「あ…。健。おらは一体…?」
「何故かは知らんがお前とジョーの身体か脳のどちらかが入れ替わってしまったようだ。
 お前はジョーの身体になっている。動けるか?」
「あれぇ?ホントだわい」
ジョーの姿でジョーの声なのに、言葉だけは竜ののんびりとした口調だから、違和感がある。
「どうなっとるんじゃ?」
「いいから、とにかく脱出するぞ!5分後にこの基地は爆発する。時間がないっ!」
「ジョー、大丈夫か?」
健は竜の身体のジョーに手を差し伸べる。
「身体が重くて動きづれぇぜ…」
その手を借りて漸く立ち上がった。

ゴッドフェニックスの操縦は、ジョーの姿をした竜が行なっている。
「おいら、凄い違和感を感じるよ」
「甚平!一番違和感を感じているのは本人達なんだから」
ジュンが嗜める。
レーダー席の前に座っている竜の身体のジョーが、竜の声で性急に言った。
「とにかく俺が見たあのオーロラは竜が以前猫の脳にされた時の物に違いねぇ。
 南部博士に頼んで、高圧電流を流して貰うしかねぇな」
竜の声で言っても周囲にしてみれば余り違和感がないのは不思議だったが、ジョーにとってはとにかく身体が動きにくいのが気に掛かるらしい。
「椅子から肉がはみ出てて、痛ぇぜ」
「ぼやくなよ、ジョー。おらだって身体が軽過ぎてバランスが取り難いわい。
 じゃが、暫くこのままで居てもいいかもしれんのう。ジョーの身体はスタイル抜群だからな」
「馬鹿野郎!冗談じゃねぇっ!」
姿形が逆なので、見ている方は何ともおかしな気持ちになって来る。
甚平は堪え切れずについ吹き出してしまい、ジュンにゴツンとやられていた。
「まずは博士に事情を説明しよう」
健が基地にいる南部博士との通信スイッチを入れた。

基地に戻った科学忍者隊の前で、南部はさすがに困惑した表情だった。
「竜が猫の脳に替えられた時と同じ状況とは限らん。
 高圧電流を体内に流すと言う事はどれだけ危険な事か解るかね?」
「解りますが、他に何か手を講じる術がありますか?」
健が訊ねた。
「あの時のようにどこかで操っている節は見当たらないのだ。
 竜は比較的微弱な電流で大分回復したが、今回は簡単には行かないだろう。
 それをやったからと言って成功するとは限らない」
「しかし…。このまま手を拱いている訳には行きません。
 ジョーと竜の身体が入れ替わっているとなれば、どうしても戦力に影響が生じます」
健が食い下がった。
「お…おら、トイレに行きたいんじゃがのう…」
ジョーの姿をした竜が突然言った。
「馬鹿野郎!絶対にトイレになんか行くな!元に戻るまで我慢しろ!
 元はと言えばおめぇがドジを踏んだからこんな事になったんだぜ!」
竜の姿をしたジョーが顔を赤くして怒鳴った。
「ジョーの兄貴、恥ずかしいのかい?」
甚平が冷やかす。
「だが、この身体はお前の身体だぞい。この欲求は本来お前のもんじゃろ?」
「とにかく我慢してろ!戻れなかったら大変な事になる事ぐれぇ、おめぇにだって解るだろうが!」

竜の肉体を持ったジョーと、ジョーの肉体を持った竜は並んで特殊カプセルの中に入れられた。
バードスタイルだと高圧電流の効果を半減させてしまうと言う理由で、2人はバードスタイルを解いていた。
頭には脳波計が取り付けられている。
「ジョー、竜。微弱な電流から少しずつ上げて行く。耐えてくれ」
南部博士はそう言うと、少しずつレバーを上げて電流を流し始めた。
2人の唸り声や悲鳴が聞こえ始めた。
ジョーはそれでも苦しみを無理矢理に噛み殺していた。
「堪(こら)えてくれ!これは賭けだが、今は他に方法がないのだ!」
南部は祈るような気持ちで電圧を上げて行く。
焦げるような臭いが立ち込めた。
「駄目だ…。これ以上は耐えられないだろう」
南部博士は電圧を一気に下げた。
2人はピクリとも動かなかった。
「博士!」
脳波計の動きを見ていたジュンがその変化に気付き、南部博士を呼んだ。
「さっきと脳波の波形が明らかに変わりました」

先に意識を取り戻したのはジョーの方だった。
隣のベッドから竜の高鼾が聞こえる。
「ん?」
ジョーは起き上がって自分の身体を見下ろした。
「戻ってる!戻ってるぜ!」
心の底から喜びが込み上げて来た。
「気が付いたかね?ジョー。さすがに2人共強靭な体力だ。あの高圧電流に良く耐えてくれた」
「博士……」
ジョーはベッドから立ち上がろうとして、ふらついてしまった。
「ジョー。まだ無理をしては行かん。全身に限界を超える高圧電流を流したのだ。
 君には休息が必要だ。竜を見習って休んでいたまえ」
この高鼾を聞きながら心身ともに休まるとは到底思えなかったが、ジョーは大人しく従うのだった。
「竜の身体で肉弾戦をやったり、G−2号を運転するような事が無くて良かったですよ」
「ふふ。確かに竜にはG−2号機は狭いかもしれんな。とにかく今日は基地に泊まって行きなさい」
南部は忙しそうに出て行った。
「どうやら元の鞘に戻れて良かったぜ…」
その背中を見送り乍ら1人呟くジョーであった。




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