『120kgを振り回す女』
「忍法クロスファイターってさ。兄貴とジョーが上になるのは解る気がするんだ。
体格が近いからね。でも、どうして下で回すのが力自慢の竜じゃなくてお姉ちゃんなんだろ?」
その技を使って敵を蹴散らせた日の帰途、ゴッドフェニックスの中で甚平が首を捻っていた。
「だってさ。竜なら解るけどこの細腕のお姉ちゃんに合計120kgの2人を振り回せなんて、随分な技だと思わない?
おいらお姉ちゃんの腕が折れちまわないかといつもハラハラするよ」
「甚平。心配してくれるのは嬉しいけれど、竜はゴッドフェニックスでの待機が多いじゃない。
それに甚平にはまだ無理でしょ?そうすると消去法で私しかその役割が出来るのはいないのよ」
「でもお姉ちゃん、意外に力持ちだよねぇ」
「それはね。健とジョーがマントを上手く使って私の負担を少しでも軽くしようとしてくれてるのよ。
だから実際に感じている重さはそれ程でもないわ」
「そうだったの?兄貴、ジョー」
「そうさ。おめぇ、ジュンがそんなに怪力だと思ってたのか?」
ジョーがニヤニヤと笑った。
「いくら何でも本気でバードスタイルではない俺達を振り回すのはジュンには無理だ。
バードスタイルの俺達だからこそ、ジュンにも振り回す事が出来るのさ」
健が真面目に解説する。
「それでも、ジュンに負担が掛かる事は間違いねぇ。
余り進んでやりたい技じゃあねぇな。なぁ、健……」
「そうだな……」
健が顎に手を当てる。
「じゃあさぁ。おいらが早く大きくなってお姉ちゃんの代わりにその役目をするよ。
ねぇ、どうしたらそんなに背が高くなれるの?」
健は180cm、ジョーは185cmの長身だ。
甚平が憧れるのも無理はない。
「どうってこればっかりは、いで……」
ジョーと健はハモッて同じ言葉を言い掛け、同じ場所でその先の言葉を飲み込んだ。
2人共『遺伝が関係している』と言おうとしたのを途中で止めたのだと言う事はジュンには解った。
ジョーも健も、両親の顔すら知らない甚平に配慮したのだ。
ジュンは2人に感謝しながら話を上手く回収した。
「牛乳を飲んだらいいとか、スポーツで背を伸ばすとかいろいろな説があるわ。
今度一緒に南部博士に訊いてみましょう」
ジュンは優しく甚平の肩に手を置いた。
「私の代わりをしてくれようだなんて、甚平ったら本当に優しい子ね」
「120kgを振り回す女だぜ。
そんなに心配する必要はねぇと思うが、『弟』としてはやはり姉さんが気になる年頃だわな」
ジョーが長い足を組んでシニカルに笑った。
「精々早く大きくなって、甚平が忍法クロスファイターをやってくれよ。待ってるぜ」
「そうすれば、ジュンの負担も減るな」
「おらもゴッドフェニックスから外に出る事もあるかもしれねぇ。これから練習するぞい」
「あら、みんな有難う。別に私は大丈夫なんだけど」
ジュンが笑った。
珍しくみんなが自分の事を女の子扱いしてくれる事が何だか嬉しかった。
「そうだ、ジュン。任務で1日遅れたがな。俺達から渡してぇもんがある。ほれ、健!」
ジョーが健を無理矢理にジュンの方へ押し出した。
彼は健に綺麗にラッピングされた小さな細長い包みを持たせた。
オケラの健には用意出来なかったので、取り敢えずジョーと竜、甚平が立て替えた品だ。
「ジュンに渡してやれ。昨日はホワイトデー。バレンタインデーのお返しをする日だ」
言い置くとジョーは甚平の背中を抱き、竜の横へと歩いた。
背中を向けてせめて2人だけの世界にしてやろうと言う考えだ。
「ジョ…ジョー……」
健が困ったように振り返る。
「馬鹿野郎、早くしろよ。基地に着いちまうぜ」
「健、これは何なの?」
「いや…良く解らないんだ。ジョーが用意してくれたから……」
ジョーは頭を抱えた。
「そう言う時は『いいから開けてみろよ』、とか気の利いた事を言えよ!」
小声で呟く。
「有難う。開けてみるわね」
中から出て来たのはハート型のペンダント。
裏側には××.03.14と言う日にちと『KtoJ』の刻印。
ジュンには嬉しいプレゼントの筈だったが、ジョー達が一枚噛んでいる事を知っている彼女には素直に喜んで良いものかと言う思いが残るのだった。
ジョーが自分が貰ったバレンタインプレゼントのお返しを探している間に選んで発注してくれたものだろう。
「ジョー、竜、甚平、有難う……」
ジュンはお金の出所も理解していた。
ゴッドフェニックスは潜水に入り、三日月珊瑚礁基地に近づいていた。