『禁断症状』

街の人々が次から次へと狂い始めたと言う報せを受け、南部博士は科学忍者隊に密かに探索を行なうように命令した。
5人は市井の人々に紛れて探索を始めていた。
「健!この街の奴らはみんなおかしくなってやがる。眼つきが尋常じゃねぇ。
 催眠術にでも掛けられたか、または麻薬でも……うっ!この臭いは?!」
ジョーの通信はそこで途絶えた。
「みんな聞こえるか?ジョーに何かが起こったらしい。
 ジョーの電波を探って駆けつけてくれ!」
健が全員に指示をした。

一般人が相手だけに抵抗が出来なかったジョーはその一般人数人に身体を押さえつけられ、怪しい注射を打たれていた。
それは覚醒剤だった。
抵抗しようと思えば出来たのだろうが、どう訓練されたのか、ジョーの身体を動かせなくするツボを押さえられていた。
ギャラクターは市民に覚醒剤を打ち、更にその臭いで誘導して暴動を起こさせていたのだった。
健達が駆け付けた時、ジョーは路上に倒れていた。
「すまねぇ。相手が一般人なので迂闊に手出しが出来なかった……。
 俺の血液を調べてくれ。多分覚醒剤、だ……」
ジョーはそれだけ言うとガクっと首を垂れてしまった。
「みんな!一旦基地に戻るぞ。博士に報告だ」
「ラジャー!」
竜がジョーの身体を軽々と抱き上げて、ゴッドフェニックスへと走った。

「何と言う事だ…。ジョーの身体には致死量を遥かに上回った覚醒剤が注入されている」
「何ですって!?」
「ジョーは強靭な肉体でそれを押さえ込んでいるのだ。
 これから間違いなく禁断症状が出て来るに違いない。
 本人は堅牢な部屋に自分1人を押し込めてくれ、と願い出た。
 君達と一緒にいては、危害を加える可能性があると言うのだ」
南部博士は憂いを秘めた表情で天井を仰ぎ見た。
「一応メディカルスタッフが別室から監視しているが、ジョーは両手両脚をベッドに鎖で繋がれ、猿轡を噛まされた状態だ。それが本人の希望なのだ。
 それでも酷い暴れようだと言う報告が入っている。そして……かなり衰弱している」
「覚醒剤はどの位でジョーの身体から抜けるのですか?」
健が眉を顰めながら訊いた。
「禁断症状が出ても、彼はあの部屋にいる限り覚醒剤の臭いを嗅がされる事もあるまい。
 常人ならかなりの期間が掛かるだろうが、ジョーならば3日3晩もあれば抜けるだろう。
 その為の点滴も投与している」
「任務の為だったとは言え、可哀想なジョー……」
ジュンが涙している。
「とにかく、これでR市の市民達がおかしくなった理由が判明した。
 ギャラクターの陰謀に違いない。まずは覚醒剤の臭いを撒いている装置から潰さなければならない。
 ジョーの事は私に任せて、諸君はそれを叩いて貰いたい」
「ラジャー!」

ジョーの禁断症状は時間が経つと共に顕著になって来た。
彼はメディカルスタッフにも必要以上に部屋に入らないようにと言ってあった。
誰にもこんな姿は見られたくなった。
監視ルームのカーテンを閉め、カメラを回すのも止めて欲しいと頼んだ。
それでも、猿轡の下から潜もって響いて来るジョーの絶叫と喘ぎは監視ルームで聞いているメディカルスタッフにとっても辛いものだった。
「凄い精神力だ…。常人ならとっくに死んでいる」
スタッフも舌を巻いた。
ジョーを拘束している手足からは血が流れ、シーツに澱んだ染みを付けている。
全く食事も摂らない為、明らかに頬がこけ、体力が消耗している事も見て取れた。
翌日になると、ジョーは禁断症状の合間に意識を失う事が増えて来ていた。
「南部博士を呼ぶんだ。何か対策を採らなければこのままでは彼は死んでしまう。
 点滴で栄養を補うだけでは、もう対処し切れない」
メディカルスタッフのチーフ格の者が部下に指示を出した。
やがて部屋に入って来たのは、南部博士と健だった。
ジョー抜きで任務は完遂していた。
今、R市の市民達もジョーと同様の処置を受けているが、ジョーのように致死量を超えるような覚醒剤を投与されていた訳では無かったので、回復に向かいつつあると言う報告が上がっていた。
ジョーは疲れ果てて意識を失っている。
彼が自分の姿を見られるのを嫌っているので、意識を失っている間だけ監視ルームのカーテンが開けられていた。
見るからに憔悴し果て、その身体はやつれていた。
「ジョー……」
健が俯いて壁を叩いた。
「ジョーが此処まで弱ってしまうとは、覚醒剤と言う物は何とも恐ろしいものだ……」
南部も眼を逸らして呟いた。
「血液検査の結果、覚醒剤は体外に抜けつつありますが、投与された量が量だけにまだ濃度は濃いようです。
 後は彼の気力次第としか……。
 とにかく激しく体力を消耗していますので、このままではいつまで持つか解りません」
チーフスタッフが南部に告げた。
「意識を取り戻しては苦しみ、疲れ果てて意識を失う。この繰り返しなのです。
 我々ですらとても見てはいられない程凄まじく彼は闘っています」
「さすがはジョーだ。良く此処まで持ち堪えてくれた……。
 後は最後の手段だ…。血液の人工透析を行なう事にしよう」
南部が重々しく言った。

ジョーが戒めを解かれたのはその翌日の夕方だった。
3日が過ぎていた。
ストレッチャーで通常の病室へと移された。
誰の眼にもその凄惨な闘い振りと彼の衰弱振りが見て取れる。
そして、両手両脚の傷も痛々しかった。
尋常ではないやつれ方だったが、起き上がったジョーの声音は強かった。
「心配掛けちまったな。任務も途中で抜ける事になった事が心残りだぜ」
「大丈夫だ。任務は俺達で完遂し、ギャラクターの基地も叩いた。
 被害を受けた人々も病院で手当てを受け、回復に向かっている」
健が起き上がったジョーの身体をベッドに押し戻した。
「ジョーが打たれた覚醒剤は致死量を遥かに上回っていたのよ。恐ろしいわ……。
 一般市民だったら、即死だったそうよ」
「メディカルチームも驚く程の頑張りだったそうじゃわい。
 もう暫く休んで体力を快復させて貰わないとのう…」
竜が言った処で、南部博士が入って来た。
「ジョー。良く頑張ってくれた」
それだけを言葉にして、後は慈しみのある眼で彼を見つめ、その腕を取った。
南部はジョーの手足の傷を治療しに来たのだった。
「ジョー。一回り痩せてしまったな…」
博士が憂いの影を見せた。
「なぁにすぐに回復しますよ。明日からまた訓練を始めます」
「何を言う!無理をするのはやめたまえ。君には休息が必要なのだ」
「でも、またいつギャラクターの奴らが出て来るか解らねぇんだ。
 のんびりしている訳には行かないんですよ」
ジョーの瞳は強い意思を宿していた。
『俺はやりますよ!』と言っている眼だった。
博士は負けたよ、とばかりに眼を伏せた。
「ジョー。明日1日は我慢して休養するのだ。まずは体力を回復させたまえ。
 健。明後日からジョーの訓練に付き合ってやってくれ。
 少しでも無理な様子なら君がストッパーになって欲しいのだ」
「解りました。博士」
治療が終わって退出する博士の背中に健が答えた。
「ジョーの兄貴、とにかく腹拵えだよ。この3日何も食べてないでしょ?点滴だけじゃ参っちゃうよ。
 おいら弁当を持って来たから、喰ってくれよ」
ジョーはベッドから手を伸ばして甚平の頭を撫でた。
「ありがとよ。実の処食欲はねぇんだが、おめぇがわざわざ作って持って来てくれたんじゃあ、喰わねぇ訳には行かねぇな」
起き上がるのに人の手を借りる必要は無かった。
「こんな馬鹿なもんを自ら進んで打つ奴もいる。全く信じられねぇぜ」
「ああ…。人は誘惑に弱い生き物だからな」
ジョーの言葉に健も呟くのだった。
今回の事件はR市の市民のたった1人が覚醒剤に手を染めようとした事が事の始まりだったのである。




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