『暗黒の染み』

今でも時々アランを撃った時の生々しい夢を見て魘される事がある。
俺は尊い生命をこの手で奪ってしまった。
あいつは俺に身をもって復讐の愚かさを説いたのか、それとも『自殺行為』を許されない身であるが故に俺の手を借りて死んで行ったのか……。
どちらにせよ、俺にとっても残酷な話だったよ。
島にとってはアラン程必要な人間は居なかった筈だ。
その男をこの手で葬り去った俺にはもう2度と足を踏み入れる事は許されまい。
アラン…。
知らなかったとは言え、俺は使命でおめぇの婚約者を殺してしまった。
そして、お前自身の生命までも。
おめぇに許して欲しいと頼むつもりはねぇ。
俺はそれが任務だと信じていたからな。
だが、ギャラクターとは言え、奴らも人の子だって事だけは解ったつもりだぜ。
でもな。どうしても俺は許せねぇのさ。
この俺の体内に脈々と流れているギャラクターの血を!
たった1つの救いは俺の両親がギャラクターを裏切ろうとしていたって事だけだ。
どんな経緯でギャラクターに参画したかは俺には知る由もねぇし、今更訊きようもねぇ。
だが、少なくとも自分達がしている事が誤っていると言う事に親父とお袋は気付いたんだ。
俺が不思議に思っている事が1つある。
ギャラクターを脱走したのになぜ島の中に留まっていたのか?
旅行者に紛れて脱出する事は出来なかったのだろうか。
こればかりはいくら考えても答えが出ねぇ。
周りに遮蔽物もねぇあんな場所でどうして寛いでいられたのか。
俺がその立場なら、すぐに島を脱け出す事を考えるぜ。
何か島に留まっていなければならない理由でもあったのか?
それとも俺が海を見たいと我侭でも言ったのか?
デブルスターの女隊員が最後に言った言葉は思い出せたが、何故あの場所に居たのかはどうしても思い出せねぇ。
思い出そうとすればする程、酷い頭痛が起こるし、今のように夢を見てもその部分は空白のままだ……。
アラン達と悪さをしていた頃の自分の事は覚えているのに。
思い出したとしても碌な事じゃねぇかもしれない。
事実、ギャラクターの子だと思い出した時のショックから未だに抜け出せてはいないし、その後墓参りに行って再会したアランをこの手で死なせた事も俺は一生逃れられない罪として背負って行かなければならないだろう。
最近無口になったと周りからも良く言われる。
科学忍者隊の仲間達にもレーサー仲間にも。
俺は元々そんなに饒舌じゃなかった筈だが、それ程眼に見えて塞ぎ込んでいるのかもしれねぇ。
健には「何を考えているのか解らない」と言われた。
別に解って欲しいなんて思っちゃいねぇのさ。
誰にも俺の気持ちを理解出来る筈がねぇし、理解なんかして欲しくねぇ。
俺の心の中の暗黒の染みはどんどん心の中を凌駕しつつある。

サーキット仲間のフランツにはいつも良くして貰っていた。
BC島から帰って傷が癒えてから久し振りにサーキットに顔を出すと、その彼が俺の眼がすさんでいる、と言った。
何も見ていない、光を宿していない、と。
彼は何があったのか、としつこく訊くような男ではない。
年は30代半ばだから大分俺よりも上だが、いつも気さくに接してくれていた。
フランツは俺の心の闇を見て取ったようだった。
俺はBC島に行く前に故郷に帰る事を彼に告げていたから、詳しくは解らないまでも何となく事情は察してくれているのだろう。
「ジョー、一緒に走らないか?久し振りだろう?気分が晴れるぜ」
何も詮索はせず、ただ走ろうと言ってくれたその言葉が有難かった。
俺は言葉には出さず、ただ頷いて見せた。
走ったら少しは気分が良くなったが、それは走っている間だけだった。
G−2号機を降りると、再び心の中を暗黒に支配されてしまった。
「ジョー。君は強い男だ。何を抱えているかは知らないが、話したくなったらいつでも来いよ。
 俺で良ければ何でも聞いてやる」
子供から大人に身体が変わって行く時期に、病気ではないかと不安に陥っていたら、丁寧にいろいろな事を教えてくれたのもフランツだったな……。
甚平にとって俺達が兄貴分なように、俺にはサーキット仲間が兄貴分なんだ。
此処では俺が最年少だからな。
「今度、お前より1つ年下の奴が出入りするようになるらしい。時間があったら揉んでやってくれよ」
その時、フランツが俺に告げた。
「ジョーもついに最年少じゃなくなるって事さ」
フランツは俺の頭を叩いた。
うっかり避けようと身体が反応してしまったが、俺はそれを抑え、敢えてそれを受けた。
「いつの間にかでかくなったよな。元々年の割には背が高かったが」
フランツがペットボトルを投げて寄越した。
「お前の最年少優勝記録は未だに破られちゃいない。
 今度来る奴は既にお前のその時の年を超えている。
 ジョー。また一緒に走ろう。絶対だぜ!」
フランツの背中を見送り乍ら俺は冷たい無糖紅茶を口にした。
乾いた喉に染み込むように入り込んで行った紅茶は、なぜか俺の心を少しだけ溶かしてくれたような気がした。

今となっては解らないアランの本意も、俺の両親の謎も、今更どうにもなるものではねぇ。
心の中の暗黒に向かって内に篭っているよりは、ギャラクターへの敵意をより強く持った方がやっぱり俺らしい。
自分を憎んで苦しむだけ時間の無駄かもしれねぇな。
アラン。
俺はお前の死を『無』に帰してしまうかもしれねぇ。
いつか俺があの世とやらに行ったら、思いっ切り罵倒でも説教でもしてくれ。
その時は俺は甘んじてお前の言葉を受け止めてやる。




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