『アンダーソン長官への報告書』

ギャラクターが滅び、総裁Xが地球から飛び去ってから1年と1ヶ月が過ぎ去ろうとしていた頃、南部博士はアンダーソン長官の私邸に招かれた。
「ちょっと個人的な話をしたいのですが、帰りに私と一緒に私邸まで来て下さいませんか」
ISO本部内で日中そのように声を掛けられていたのだ。
アンダーソン長官が退庁する10分前に長官直々の内線電話が掛かって来たので、南部も帰り支度を始めた。
地下の駐車場で落ち合うと、アンダーソン長官付きの運転手が車のドアを開けてくれた。
「長官も今降りて来られますので、中でお待ち下さい」
「いや、長官より先に乗っているのは私も気不味いのだ。気にせんでくれたまえ」
南部が言い差した処へ長官がSPと共に到着した。
「おお、待たせてしまったかね。申し訳ない。さあ、南部博士。お乗り下さい」
南部は漸く車に乗り込んだ。
運転手の横のナビゲートシートには拳銃を携帯しているSPが座った。
後部座席はアンダーソン長官と南部博士の2人のみで、その座席は四方を防弾ガラスで囲まれていた。

アンダーソン長官の私邸には家族も同居していると聞いていたが、その日は不在のようだった。
「ご家族の方は?まさか私に遠慮されたのでは…」
南部が気遣うと、
「私が旅行に出したのです。南部博士とISO内では話せない私的な話をしたかったので…」
アンダーソン長官は上着を脱ぎ、ネクタイを緩めた。
「さあ、南部博士もお楽にして下さい。夕餉の支度はさせてあります。
 使用人はもう下がらせていますので、ご安心下さい。SPも別室に待機させています」
「これはまた豪華な…」
南部はテーブルの上の料理に眼を留めた。
アンダーソン長官が選んだと思われる10年物の赤ワインもあった。
「南部博士とアルコールを飲む事など久しくありませんでしたな…」
長官は席に着くと、早速南部にワイングラスを持たせ、それを注いだ。
南部は返礼をしようとしたが、アンダーソンは気さくに断り、自ら自分のグラスに注ぐ。
乾杯をして、それから一頻りISO内の噂話など取り止めもない話をしながら食事を堪能した。
「アンダーソン長官。それで、今日私をお呼びになったのは…?」
食事が済んでワインを空けながら2人は静かに語り合っていた。
「……南部博士。今日、全ての報告書を読み終わりました。
 クロスカラコルムへ派遣した調査団の報告書です」
「………………………………………」
「ニュートロン反応を起こさせる爆弾の装置の中から、科学忍者隊G−2号の武器が見つかったと…」
「はい。そのようですな」
「G−2号とはいつぞやISOの地下駐車場に私への刺客が入り込んだ時に活躍してくれた彼ですね?」
「はい。仰る通りです」
ジョーの事となると自然に言葉少なになってしまう南部であった。
彼の事を救えなかった自分の愚かさを未だに南部は責めていたのだ。
「G−2号、コンドルのジョー君が現地で亡くなったのは私も知っています。
 葬儀にも出席したいと思ったが……」
「ああ、その節は大変失礼しました。科学忍者隊のメンバーが内々で送ってやりたいと申しまして」
「いや、その事は構いません。私も配慮が足りなかった。彼らの気持ちを思ったら当然の事です。
 しかし、亡くなった彼が地球を救ってくれたとは……」
「ジョーはあの装置を止める事を意図して羽根手裏剣を投じた訳ではないでしょう。
 恐らくはベルク・カッツェに投げ付けたものが手元が狂ってたまたま装置内に入り込んだのだと私は思っています。
 しかし、それも彼の運命、いや、この世での役割だったのでしょう」
「では、彼は自分が地球を救った事を知らずに逝ったと…?」
「そうです。ジョーの羽根手裏剣は結果的に地球を救いましたが、彼自身はそれを知らなかった…。
 知る由も無かった事でしょう。
 既に彼の身体は病気で蝕まれており、ギャラクターの銃弾を受けて息も絶え絶えの状態にあったようです」
「忍者隊の諸君は最後に彼と逢えたのですか?」
アンダーソン長官の表情が曇った。
「逢えました。運命の導きと言ってもいいでしょう。
 ジョーは本部への入口を仲間達に報せる為に、弱った身体で地上へと這い上がって来たのです。
 壮絶な姿だったと…報告を受けています。
 仲間達とは言葉も交わしたそうです。それがせめてもの救いです」
南部は眼を伏せた。
アンダーソン長官にはその瞳に一瞬涙が浮かんだように見えた。
「貴方とは別れの挨拶が出来なかったのですね。私達が科学忍者隊を追い詰めたようなものです。
 結局彼らに頼るより他なかったのですから…」
「ジョーの病気は任務中に受けた傷が原因となったものです。
 しかし、それに気付かなかったのは私の責任です」
「博士、私は貴方にそんな思いをさせたくて此処に呼んだのではなかった。
 申し訳ない。許して戴きたい」
長官が頭を深々と下げた。
「長官。頭を上げて下さい。もう済んだ事なのです。
 生きている者がいつまでも引き摺っていては彼も浮かばれないのですから」
「彼の武器が地球を救ってくれた事は墓前に報告されたのですかな?」
「勿論です。科学忍者隊のリーダー自らが現地でそれを調査団から受け取り、持ち帰って来ました。
 本当なら保管物件として保存すべき物だったのでしょうが、私の独断で健にそれを渡すように頼んだのです」
「構いません。今となっては、G−2号の大切な形見ですからな」
「有難うございます…」
「私は貴方と共に彼を偲び、そして彼に対して感謝の祈りを捧げたかった。
 それだけなのです。今日博士を呼んだ理由は……」
「そうでしたか…」
「報告書の裏にある貴方達の苦しみや哀しみを、私はもっと知るべきでした。
 この緑の地球を守る為に貴方と科学忍者隊が犠牲にしたものがどれだけ大きかったか、と言う事を。
 出来る事なら全人類に知らせたい位ですぞ」
「ジョーは疲れ切った身体を漸く休め、自分の重く辛い過去からも解放されたのです。
 科学忍者隊でありながら、ギャラクターの子だったと言う過去、そしてギャラクターに両親を殺されたと言う過去を抱えて復讐心だけを糧にあの子は生きて来たのです。
 今、事実を公表した処で彼が英雄に祭り上げられたとしても、決して喜ぶような子ではありません」
南部は自分がジョーについてまるで実の子のような語り方をした事に気付いていなかった。
「南部博士……。解りました。この話はこの場に置いて行って下さい。
 だからこそISO内では話せなかったのですから」
「お気遣い有難うございます。長官……」
「近い内に1度、彼のお墓参りに行かせては戴けませんか?決して大袈裟にはしませんから」
アンダーソンが静かに訊いた。
「勿論ですとも。私の別荘の敷地内に墓を建ててありますので、いつでも仰って戴ければ…」
漸く南部の口元に微笑みが差した。




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