『涙の重さ』

※この物語は054◆『長い階段』、047◆『別離の前に』の続きとしてお読み戴けると良いと思います。
但し、どちらもヘビーな内容である事を先にお断りしておきます。m(_ _)m


ジュンが健の胸を借りて泣きじゃくっている間、竜は甚平の背を押し、部屋を出た。
南部の別荘にはテラスがある。
その場所で2人切りで泣いた。
「ジョーの兄貴、あんなにお姉ちゃんの幸せを願っていたんだね…」
甚平が涙を手で拭うが、後から後から溢れて来て止まらない。
「そうじゃろうなぁ。ジュンへの遺言はそのまま健に言っているのと同じ事じゃったと思うわい」
「ジョーの馬鹿…。死んじゃやだよってあれ程言ったのに。
 生きていてくれれば、兄貴とお姉ちゃんの晴れ姿だってきっと見れたのに」
「甚平……」
竜が震える手で甚平の肩を抱いた。
「おらだって、ジョーに言いたい事は沢山あるんだぞい。
 でも、あいつは1人で抱え込んで逝っちまった。おら達が追い掛けられない場所にな……」
竜の頬にも滂沱たる涙が留まる事を知らなかった。
「竜、これは内緒の話だけどよ。ジョーからお姉ちゃんへって預かり物があるんだ。
 もしかしたら、その時ジョーはもう自分が長く生きられない事を覚悟していたのかも……」
「どうしてそう思うんじゃい?」
「だって、お姉ちゃんが健に貰われる時に渡してくれ、って。
 どうして自分で渡さないの?って訊いたら、ジョーは、平和が来たら自分は糸が切れた凧のようにどこへ飛んで行くか解らないから、って言ったんだ……」
「ジョーの奴、どこまで水臭いんじゃ」
竜が鼻を啜った。
「竜、おいらもう我慢出来ないよ。男の癖に泣くんじゃねぇってジョーの兄貴は言うだろうけど…。
 ジョーの兄貴。今日はいいだろ…?」
ついに甚平がわぁっと大声を出して全身で泣き叫び始めた。
僅か11歳の男の子だ。
無理も無い、と竜は思った。
自身も涙を止める術を知らぬまま、泣きながら甚平の背中を優しくさすり続けた。
まだ10代の自分達にとってこんなに残酷な別れはなかった。
「ジョー。お主もさぞかし辛かったろうが、残された者も辛いんじゃ……」
嗚咽が漏れた。
涙と言う物は涸れる物だと言う事を2人は初めて知った。
竜も渾身の力を込めて叫んだ。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
強く拳で頬に残っていた涙を拭った。
「ジョーの馬鹿野郎っ!勝手におら達の前から姿を消すだなんて!
 待っていてやるから…、帰って来いよ……」
最後の言葉は声が嗄れて消え入るようだった。
しかし、2人の傍を暖かく爽やかな風が吹いたような気がした。
(俺は漸く楽になれたんだ。その事を喜んでくれよ)
ジョーの低い声が2人の脳裏を掠めた。
「え?ジョー?」
「ジョー、此処にいるんか?」
甚平と竜は同時に呟いていた。
崩壊しそうになっていた心にその声が沁みた。
「……ジョーは最期の別れの時、一滴も涙を見せなかったな。
 既に覚悟が決まっていたんじゃろうな…。
 考えてみろ。ジョーだってまだ18だ。キツイよなぁ。きつかったよな、ジョー……」
竜が空を振り仰いだ。
「お前はそれでもおら達を慰めに来てくれたんか?」
「ジョーの兄貴……」
「たかが18の少年に、『これが俺の生き方だったのさ』なんて言わせる神様も酷いのぅ。
 おら、神様なんか信じられなくなったわい」
涸れていた筈の涙が再び溢れ出した。







inserted by FC2 system