『決意』

「ジョーに折り入ってお願いがあるんだけど…」
『スナックジュン』のカウンターの中から、カウンターで1人コーヒーを飲んでいるジョーに向かってこの店の主人が言った。
「何だよ、改まって。気持ち悪ぃじゃねぇか?」
ジョーはぞっと悪寒が走るのを覚えた。
ジュンがこんな言い方で物事を頼んで来るのは碌な事ではない、と脳に沁み込んでいる。
「いやぁね!ジョーったら!そんなんじゃないのよ」
(じゃあ、何なんだ?勿体ぶらずに早く言いやがれ!)
ジョーはプイっと横を向きながら内心で悪態をついた。
「甚平がスポーツカーに憧れてるのは知ってるでしょ?そのせいで任務が随分掻き回されたわ」
「ああ。それで?」
面倒臭そうにジョーは話の続きを促した。
「今度ユートランドビッグドームでスポーツカーフェアがあるでしょ?
 チケットを手に入れて上げたいんだけど、早くも売り切れで手に入らないのよ」
「何だ、そんな事か?」
ジョーは尻ポケットから財布を取り出し、その中から紙幣と共に入っていた為くるんと丸まってしまったチケットを2枚取り出した。
「こいつを甚平にやろうと思って今日は来たのさ」
「まあ!さすがジョーね!」
ジュンは語尾にハートマークでも付きそうな声音で言った。
飛びつかれるのではないか、と危機感を感じた位だったが、さすがにカウンター越しにそれはなかった。
「この前サーキットでG−2号機に乗せてやったろ?
 あいつ、レーサーになる気があるかどうかはともかく、レーシングカーには興味があるらしい。
 もう少し身体が大きくなったらG−4号機のメカニックを考え直さなければならねぇだろ?
 その時には博士も考えてくれるかもしれねぇがな…。
 もうすぐ甚平の誕生日だろう?幸いその日まで開催してるから一緒に行ってやれよ」
「あら?ジョーは行かないの?」
「俺でも2枚入手するのがやっとだったんだぜ」
「そうじゃなくて、甚平と2人で行ったら?って事よ」
「俺にとっては目新しいもんは何もねぇからな」
「いいじゃない。甚平はジョーと行った方が私なんかと行くよりも楽しいと思うわ。
 留守中に健と竜と3人で誕生日パーティーの準備をしておくわよ」
「そう言う事なら仕方ねぇな。
 上手く乗せられた気もしないではねぇが、俺が甚平を連れてってやろう。
 ところで甚平の姿が見えねぇが、買物にしちゃあ長くねぇか?」
「竜と一緒に釣りに行ったわ…。今日の夜からのメニューにカレイを使いたいんですって」
「買って来た方が早いだろうに」
ジョーは呆れ顔になったが、
「まあ、解らねぇでもないな。男のロマンって訳だ」
「ジョーも相当腕白だったんでしょうね?」
「おめぇだってお転婆お嬢ちゃんだったんじゃねぇのか?……今も変わらねぇか……」
後半の言葉は聞こえない程度に付け足したのだが、ジュンも科学忍者隊だ。
聞き逃しはしない。
「言ったわね?ジョー」
「おお怖い怖い…」
ジョーはそれを潮に立ち上がった。
言葉では怖いと言っているが、勿論表情は笑っている。
「もう帰るの?」
「ああ、明日はレースなんでな。愛機のメンテナンスをしておかにゃあならん」
ジョーは財布から代金を摘み出した。
「任務がないといいわね」
レースさえ順調にあれば、ジョーの支払いが滞る事はない。
出場すれば殆どのレースを物にするし、優勝を逃しても必ず上位には喰い込んでいる。
ジュンにとっては誰かさんと違ってジョーは上客の1人だった。
「そろそろスポンサーがあの手この手で貴方を引っ張ろうとしているんじゃない?」
「ああ…。お陰様で断るのに困ってるさ。
 ギャラクターがこの世に蔓延(はびこ)っている限りは受ける事は出来ねぇしな」
「ジョーがF1で走っているのをいつか見てみたいわ……。
 その為にも頑張りましょう!」
ジュンが微笑んだ。
その笑顔がとてつもなく可愛く見えて、ジョーはドキッとした。
普段からジュンを女の子としては見ていないだけに、ハッとするものがあった。
ジョーは焦って「じゃあな!」とだけ言うとガレージへと向かった。
「変なジョー……」
ジュンは言葉とは裏腹に気にも掛けていない様子で片付けを始めた。
(俺のレーサーとしての未来だけじゃねぇ。
 あの娘(こ)の幸せの為にも早くギャラクターを斃して、こんな危ねぇ仕事を辞めさせてやらねぇと…)
ジョーは本気でジュンと健が結ばれる事を願って止まないのであった。
決意を新たに唇をギュッと結ぶと、G−2号機に飛び乗った。




inserted by FC2 system