『傷跡』

『スナックジュン』を出る時、突然の豪雨に見舞われた。
ジョーは健のバイクをG−2号機のルーフに取り付けてやり、彼をナビゲートシートに乗せた。
「俺の家を回るとお前が遅くなるだろ?明日のパトロールは早いし、差し支えなければお前のトレーラーハウスに雨が止むまで居させて貰って、止んだら帰る事にするよ」
「どうせ俺は宵っ張りだから気を遣うこたぁねぇが……。
 この様子じゃ朝まで止みそうもねぇ。ベッドは1台しかねぇが泊まってっても構わねぇぜ。
 毛布を敷いて寝る場所位はある」
「じゃあ、天候次第って事でお言葉に甘えるかな?」
健はたまに彼のトレーラーハウスを訪ねた事はあったが、意外にも泊まった事はまだ無かった。
確かに180cmを超える男2人が寝るスペースとしては狭過ぎる部屋だ。
「傘の持ち合わせはねぇんだ。入口まで走れ!」
ジョーはトレーラーハウスの玄関のすぐ脇にG−2号を付けたが、それでも2人とも結構びしょ濡れになってしまった。
「バスタオルを貸してやるからシャワーを浴びて来い。Tシャツはその辺に吊るしとけ」
ジョーはバスタオルとハンガーを投げ渡した。
「バスローブで良ければシャワールームの入口にあるだろ。
 ちゃんと洗ってあるから気にしないで使えよ」
「え?お前が困るんじゃないのか?」
「別に…。替えのTシャツに着替えるだけの事さ」

健がシャワーを浴びて出て来ると良い香りが鼻を擽った。
「シチリア産のレモンを使ったレモンティーだ。余り夜に飲むには適していねぇけどな。
 人心地付くぜ。飲めよ」
ぶっきらぼうな言い方だが、ジョーの優しさが暖かく健に伝わった。
「ああ、有難う」
「俺もこれを飲んだらシャワーを浴びるから寝るなら好きにしてくれ」
既に空いている床に毛布が敷いてあり、枕代わりのクッションもセットされていた。
「俺に構わずベッドで寝てくれていいぜ」
「いや、突然来たんだ。俺が下で寝るよ。気を遣うなよ、ジョー」
やがてジョーはシャワールームに消えた。
健の為に照明を薄暗くしておいたら、案の定健が眠り始めた気配がした。
ジョーは起こさないようにと、気を遣いながら出来る限り音を立てないように丁寧にシャワーを浴びた。
雨で濡れた髪は乾き掛けていたが、シャンプーで嫌なジトジト感を落とした。
身体も同様で何となく雨の皮膜が残っているような気がして丁寧に洗った。
明日は北極点辺りまでパトロールに行く予定なので、朝が早い。
北極点にはギャラクターが2度基地を作っているので、定期的に偵察に行かなければ油断がならない。
まさか3度目はないだろう、とジョーは思ってはいたが、それを逆手に取られないとは限らないので、口には出さなかった。
全身が映る鏡に洗い終わった身体を映すと、細いが筋肉質の身体のあちこちに傷跡があった。
(この傷跡は癒える事がねぇのかもしれねぇな。
 俺の心の中に燻っているもののように……)
一番新しい傷跡はBC島で受けた銃創だった。
この時は脚も撃たれたので、左脚にも引き攣れたような跡が残っている。
(この傷を見る度にアランの事を思い出しちまう。
 他の古傷は薄くなっちゃあいるが、この傷だけは消えないような気がする……)
ジョーはそっと胸の傷跡に指を這わせてみた。
その様子を寝ていた筈の健が静かに見ていた。
(ジョー。身体の傷跡と共に心の傷跡も疼いてしまうんだな……。
 その傷を俺達が分かち合う事は出来ないのか……?
 お前は自分だけの苦しみとして殻に閉じ篭ってしまうのか?)
健は暗澹たる思いで瞳を伏せ、そっと毛布の上へと戻った。
膝を抱えてシーツに包まり座って、物思いに耽った。
(ジョー、お前は俺が親父を亡くして暴走した時にフォローをしてくれた。
 今度は俺の番だ。俺に何か出来る事はないのか……?)
その時、身体を拭いたジョーがシャワールームから出て来た。
「何だ、健。寝てたんじゃなかったのか?」
腰にバスタオルを巻き、ハンドタオルでガシゴシと髪を拭いている。
「先に寝ちゃあ悪いと思ってさ」
「そんな事に気を遣う玉じゃねぇだろう?腹でも減ったのか?」
ジョーはそのままの姿でフルーツが盛ってある大きなトレーがある方へと歩いた。
「夜中に喰うと太るぜ。フルーツ1個にしとけよ。
 今、林檎を剥いてやるよ。少し位は腹に溜まるぜ」
「ジョー!」
健は激情に駆られて、ジョーの腕を取った。
そして、まだ裸の胸の傷跡を人差し指でそっとなぞった。
「どうしてお前は俺達の前で平気な顔をしていられるんだ?もっと自分を曝け出せよ」
ジョーはそっと反対の手で健の手を払った。
「これが俺の性分なのさ。気にするこたぁねぇ。
 それよりもまさかシャワー中に覗いたんじゃねぇだろうな?」
ジョーの眼つきが凄みを増した。
ナイフを持っているからより怖い。
「まさか。そんな趣味はないから安心しろよ」
健はジョーが切ってくれた半月状の林檎を食べ、漸く人心地が付いた。
「雨が小降りになったようだな。帰るとするか」
「もうこんな夜中だ。遠慮するこたぁねえぜ」
ジョーは知らない内にしっかり新しいTシャツとジーンズを着込んでおり、ベッドへ横たわった。
「おい、朝は早いぜ。さっさと寝ようじゃねぇか」
「ああ…」
健も答えると、素直に毛布の上に横になった。
暫くすると2つの静かな寝息が聞こえ始めた。




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