『偶然の出逢い』

「ジョー、驚いたわ。カテリーナ=聖名子(みなこ)さんと逢ったんですって?」
此処はいつもの『スナックジュン』のカウンターだ。
カウンターの中にはジュンと甚平がいて、甚平がジョーが注文したサンドウィッチを作っていた。
カテリーナ=聖名子とは、2人が孤児院で一緒だった日系イタリア人の名である。
「聖名子と逢った事を何で知ってる?」
「手紙が来たのよ。博士の別荘気付で」
「へぇ…。たまたまテレサ婆さんの様子を見に行ったらそこにいたのさ。
 最初はジュンが分けてくれたシチリア産の『サボテンジャム』をくれた人だとは解らなかったさ。
 名前を聞いてビックリだぜ!」
「みんなはカテリーナと呼んでいるのよ。
 聖名子と言う日本名で呼ぶのはジョーと甚平だけですってよ」
「俺は…母親の名前と同じなんでカテリーナと呼ぶ事に抵抗があるだけさ。
 甚平がどうして日本名で呼ぶのかは知らんぜ」
「おいらは呼び名は短い方がいいからさ。
 みなこお姉ちゃんの方がカテリーナお姉ちゃんより短くっていい、ってだけ。
 はい、お待ち!」
甚平がサンドウィッチが乗った皿を差し出した。
ジョーはそれを受け取りながら、
「ジュンとは随分タイプが違うお嬢さんだ。
 テレサ婆さんの娘婿に引き取られたと聞いて驚いたぜ。
 アパレル業界では有名な企業の社長さんだ。
 元々テレサ婆さんは無理をして働く必要は無かったんだが、娘婿に出来る限り迷惑は掛けたくねぇってんで、80まで博士の別荘に住み込んでいたんだ。
 仕事を辞めて半月が経って、さぞかし遣り甲斐を無くしているんじゃねぇかと思ったら、聖名子を一生懸命仕込んでるんだぜ。
 行儀見習いに料理とな……
 俺が行った時は残念乍らテレサ婆さんは病院に行ったとかで逢えなかったんだが……」
「カテリーナは、『しらゆり孤児院』に居た頃から大人しい子だったけど、手先が器用だったのよ。
 特に洋裁が上手でね。
 貧乏だったけれど、一生懸命お小遣いを貯めては生地を買って来て、素敵なお洋服を作っていたわ。
 その能力が買われたのね、きっと」
「ヒラヒラした歩きにくそうなスカートとフリルのブラウスを着ていたな。
 外に出る時はレースの日傘にレースの白い手袋、と随分優雅なもんだと思ったが、贅沢をしている訳ではねぇのは良く解った。
 ああ言うファッションセンスなんだな。素直でいい娘(こ)だったぜ」
「テレサお婆さん、貴方のお嫁さんに……、なんて言いそうね?」
ジュンが悪戯っぽくジョーの顔を覗き見た。
「年の頃もピッタリでしょ?カテリーナは17歳だから」
「何を言いたいんだ?」
「少なくともカテリーナは貴方に興味を持ったみたい。
 蒼く澄んだブルーグレイの瞳の奥に何とも言えない哀しみを湛(たた)えている。
 そして憂いと悩みをその強い眼差しで隠そうとしている、ですって。
 まるで詩を読んでいるのかと思ったわ……」
「俺は……ギャラクターを斃すまでは女なんてどうでもいいのさ。
 そんな事を考える余裕はないね。
 確かにエレガントで清楚な美しいお嬢さんだったがよ」
「じゃあ、考える余裕が早く出来るといいわね。
 さあ、折角の甚平のサンドウィッチよ。しっかり食べて」
最近食欲のないジョーをジュンなりに心配しているのだった。
BC島から帰って来てからもうすぐ2ヶ月になろうとしている。
「おいら、みなこお姉ちゃんはジョーには大人し過ぎるような気がするけどね」
「あら?それは当人達でないと解らない事よ、甚平」
「よせよ。下手に意識させられるとテレサ婆さんに逢いに行けなくなる」
「ジョーの唯一の『ステディな女友達』ですものね。テレサお婆さんは」
「そうさ。それまで俺から奪うなよ」
「はいはい」
ジュンと甚平は顔を見合わせて笑った。
平和な午後だった。




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