『ホテルのロビーにて』

その女性と再会したのは、南部博士を送って行ったホテルのロビーでの事だった。
「あ…」
「あ…」
お互いに呟いたのを南部が聞き咎め、「どうした?」と訊いた。
「テレサ婆さんの娘婿さんが最近『しらゆり孤児院』から引き取ったと言うお嬢さんですよ。
 名前はカテリーナ=聖名子、年齢は17」
「ほう…。それは知らなかったな……」
南部は顎を撫でて眩しそうにそのエレガントな若い女性を見た。
「アンダーソン長官との会食は長引くかもしれん。
 ロビーで待っていてくれても構わないし、どこかに出ていてくれても構わん」
「解りました…」
ジョーはエレベーターへと去って行く南部の後姿を油断のない眼で追いながら、無事に乗り込んだのを確認し、聖名子の方へと振り返った。
「久し振りだな。聖名子」
「ジョーも元気そうね」
カテリーナ=聖名子は養父の仕事の付き添いでこのホテルに来たと言う。
「俺も似たようなもんだ。運転手でな。
 テレサ婆さんは元気かい?」
「元気よ。最近は少し眼が悪くなって病院に通っているけれど、加齢によるものだそうだから、心配要らないわ」
「それは良かった。宜しく言ってくれ」
「それにしても、あの写真の人が眼の前に本当に現われた時には驚いたわ」
ジョーが訪ねた日は、丁度健からのコラージュ写真が届いた翌日だったのだ。
「貴方が来たって聞いて後でとても残念がっていたわ…。
 お婆様はそれは嬉しそうに穴の空く程あのコラージュ写真を見ていたの。
 だから私もつい見入ってしまって……。
 その人が自分の前に立っているなんて信じられなかったわ」
「俺だって、ジュンの友達だと言うあんたがそこにいるなんて知らなかったぜ…」
「そうね。お互い様ね」
ふふふ、と聖名子は笑った。
「お茶でも飲んで行く時間はあるのかい?」
「ええ。少しなら。此処から離れなければ大丈夫よ」
「そうか…」
ジョーは手を挙げてボーイを呼んだ。
「俺はコーヒーをブラックで。君は?」
「アイスレモンティーを」
「じゃあ、それで宜しく」
ジョーが締めるとボーイは丁重に頭を下げて下がった。
ジョーは場所柄、いつものTシャツの上からジャケットだけは羽織っていた。
「今日も歩きにくそうなスカートだなぁ」
彼女の服装を見てジョーは呟く。
「その表現何とかならないのかしらね?」
聖名子が噴いた。
性格は大人しいのだが、親しくなって来ると意外と快活な面も見せ始めるようだ。
同じ日系イタリア人同士、何となく共有して来たものがあるように感じていた。
但し、カテリーナ=聖名子は本土の出だ。
ジョーのBC島とは少しだけ言葉が違い、BC島には特有の『訛り』があった為、今2人の会話は日本語で行なわれていた。
お互いにもう日本語での会話に不自由する事もない。
聖名子はジョーの江戸っ子言葉を面白がった。
それでも彼は控えめにしているつもりだった。
飲み物が届いた。
「俺もレモンティーにすれば良かったな。
 ジュンの店でコーヒーばかり飲んでるんでつい頼んぢまった」
「あら?交換する?」
「いや、いいさ。帰ればシチリア産のレモンが仕入れてあるのさ」
「貴方、トレーラーハウスに住んでいるんですって?面白いわね」
「テレサ婆さんから聞いたのか?」
「ええ。こっちに来てからジュンとはまだ逢っていないし。彼女、元気なの?」
「元気も元気。相変わらずなお嬢さんさ」
「不思議ね…。ジュンと甚平ちゃんと貴方があの高名な南部博士の養子になっているなんて……。
 考え付かない取り合わせだわ」
「他にも仲間が2人居る。別荘で博士の仕事を手伝ってるのさ。此処を使う以外の仕事をね」
ジョーは自分の額を指先でトントンと叩いて見せた。
自分でも不思議に思っていた。
まだ逢って2回目の女の子とこんなにペラペラと話しているとは……。
彼はモテるので、女の子の扱いには長けているが、心を開いて話せる相手には殆ど出逢った事がない。
しかし、気付けばこの子とは話が弾んでいる。
「カテリーナ!」
その時、彼女の養父が呼びに来た。
後ろに取引先の人間らしい人物が立っている。
「ジョー。ごめんなさい。また今度」
「ああ。構わないぜ。此処の支払いは俺がしておくから気にしないで行きな」
「え?でも……」
「いいって事よ。レモンティーの1杯位。かっこ付けさせろって!」
ジョーは伝票を掴み、彼女の養父に軽く一礼するとすぐに背中を向けた。




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