『知っていた女』

ジョーの墓が南部の別荘に建てられてから、ひっそりと墓参りに訪れた女性がいる。
ジュンに付き添われて現われたのはカテリーナ=聖名子だった。
「貴女、納骨の法要の時には遠慮したのね…」
ジュンがぽつりと呟く。
「だって、私は別荘の方々と面識が無かったし…。お婆様には養父(ちち)が付き添ったから」
「納骨とは言っても、此処にはジョーのお骨がある訳ではないの」
ジュンが眼を伏せた。
「知っていたわ…。彼が科学忍者隊だったと言う事は。
 お婆様が別荘を辞めた時に南部博士から贈られたと言う油絵のレプリカを見てすぐに解った。
 あの絵と健さんが贈ってくれたと言うコラージュ写真の人物が同一人物だって事。
 あの眼を見ればすぐに解る……。多分お婆様も知っていた事でしょう」
「カテリーナ……」
カテリーナ=聖名子は大粒の涙を零した。
「好きだったのよ、私。ジョーの事を。何度も逢えた訳ではないのに、最初から惹かれてた」
「ジョーは大分前から任務で受けた傷が原因で身体を悪くしていたの。
 それを私達にも隠し通そうとしたわ。
 だから、貴女やテレサお婆さんにも逢いに行かなかったんだと思う……」
「そうね。だから元気な彼しか知らないのは、ある意味幸せな事なのかもしれないわね」
「そうよ。私なんか傷付き、弱り切ったジョーをこの眼で見ていながら何も出来なかった。
 2ヶ月も経ったのに、まだ胸が潰れる思いで一杯なのよ」
ジュンもハラハラと涙を流した。
「ごめんなさいね、ジュン。貴女には辛い事だったわね。
 それなのにお墓に参らせて欲しいなんて、我侭を言って……」
「そうやって気を遣う処、全く変わってないわね。カテリーナ……」
「こうして平和が来たのに、ジョーが居ないだなんて。
 ジョーが生きていてくれたら、私、きっと縋り付いて離れなかったかも……」
「ジョーも貴女に好意を持っていたのではないかと思うわ。
 平和になって、自分の生命を脅かす物が無くなったら、彼も本気になって恋愛をする事を考えたかもしれないわね。
 あの頃は『女の事なんか考える余裕はねぇっ!』って言ってたわ。
 結構モテたのよ、ジョーは……」
「そうでしょうね。レーサーだったから、周りには女性が沢山居た事でしょうし……」
カテリーナ=聖名子は墓碑の前に大きな花束を捧げ、膝まづいた。
白い両手の指を組んで長い間祈りを捧げていた。
ジュンも立ったままだが、彼女の後ろから改めて同様にジョーの冥福を祈った。
「ジョー。馬鹿ね。結局は泣かせる女性を遺してしまったじゃない……」
ジュンの頬にまた美しい涙が流れた。
「私達、本当に何も無かったのよ。そんな段階ではなかった……。
 だから私の片思いだったかもしれないわ」
立ち上がった聖名子は墓碑銘を見詰め乍らそう呟いた。
「もっと時間が欲しかった……」
止め処も無く涙が溢れた。
「カテリーナ……」
ジュンはそっと彼女を抱き寄せた。
「そうね。時間さえあれば、貴女達お似合いのカップルになれた気がする……」
カテリーナ=聖名子は声を上げて泣きじゃくり始めた。
「もう、綺麗な思い出にするわ。お婆様の部屋にはいつでも彼が居てくれるし。
 泣いても還って来てくれる訳ではないんですものね。
 淡い恋で終わらせてくれたのは彼の思い遣りだったんだと思う事にするわ」
彼女は顔を上げて涙をハンカチで拭った。
「カテリーナ。貴女、意外に強いのね。驚いたわ」
まだジョーの死を引き摺っているジュンには、ただ大人しい子だと思っていた彼女の強さが羨ましかった。
「強くなんかないの。『弱い』からこそ『封印』するの……」
瞳はまだ潤んでいた。
「好きだったからこそ、もう泣いては行けないような気がするの。ジョーは喜ばないでしょ?
 ねえ、ジュン。時々は此処に来てもいいかしら?」
「ええ。南部博士に事情は話しておくわ。でも、私が話さなくても知っているかもしれないわよ」
ジュンが上の方を見上げた。
別荘のテラスからこちらを眺めている紳士がいた。
南部博士その人だった。
「あ…あの方……」
「南部博士をご存知?」
「いつかジョーが運転手として就いていた方だわ。目礼しか交わさなかったけれど…」
「それならジョーから貴女の素性は聞いていたかもしれないわね。
 とにかく貴女が自由にお墓参りに来れるように博士には話しておくわ」
「有難う、ジュン。短い時間だったけど、思い出を有難う、ジョー……。
 ずっと……貴方の事を好きよ……」
カテリーナ=聖名子は、ジョーの墓に一時の別れを告げた。
「次に来る時は涙は見せない。約束するわ」
瞳の涙は乾いていた。
「ジュン、有難う。これからもたまに逢ってくれる?」
「モチよ〜。良かったらお店にも来てね」
「ええ。甚平ちゃんにも是非逢いたいわ。
 じゃあ、また…。さようなら…」
「さようなら、カテリーナ」
2人はジョーの墓前で別れたのだった。


※148◆『偶然の出逢い』
 149◆『ホテルのロビーにて』
 150◆『知っていた女』
は『カテリーナ=聖名子3部作』となっております。
名前は似ていますが、私自身とカテリーナ=聖名子は似て非なるものとご判断下さいませ。




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