『海底1万mでの任務前夜』

体調が悪かった。
トレーラーハウスを叩く雨音のせいなのかもしれないが、それだけではないと言う予感があった。
全く眠れないのだ。
少し惰眠を貪ると必ず両親が殺された時の夢を見て飛び起きてしまう。
同じ夢を毎回繰り返し、彼にとってはあの時の事がまさにトラウマであったと言う事が改めて解る。
あの時の事は彼にとっては余りにも強烈な出来事だった。
しかし、10年近く経った今、なぜまたこの夢に魘されるようになってしまったのか……。
両親の命日が近いからなのか、ギャラクターとの闘いが一向に進行しないからなのか……。
ジョーは光を見ると発作を起こした。
頭痛や吐き気に襲われる。
トレーラーハウスの照明も点けずに夜を過ごしたのだった。
それ程に敏感に反応するようになっていた。
眠れないからなのか、何か病気があるのか、まだ彼には解っていなかった。
あの日の爆弾の光にトラウマがある事に……。

明日、いや日にち的にはもう今日だが、博士の依頼で健と海底に潜る任務がある。
健の足を引っ張らない為にもしっかりと眠っておかなければ、と思うのだが、そう思ってしまうと余計に眠れないのかもしれない。
一体眠れなくなって何日が経っているのだろう。
彼の体力は消耗し、疲れ切っていた。
綿密に練られた計画に基づいた任務だから、辞退する訳には行かない。
それが科学忍者隊の任務だ。
個人的な事情は封印しなければならない。
(しっかりしろ!)
自らを叱咤激励してみるが、相変わらずちょっとした明かりでも眼に入ると眩しくて激しい眩暈が起こる。
ベッドサイドの小さな照明でもそうなのだから、これはかなりの重症だ。
しかし、海に潜ってしまえば、深くなればなる程暗くなる筈だ、とジョーは思った。
(何しろ海底1万メートルまで潜るんだからな……)
行方不明の研究員達を無事マリンサタン号に乗せて帰還するのが任務だったが、何が起こるか解らないからと、博士は健とジョーを選んだようだ。
疲れていようが体調が優れなかろうが科学忍者隊には関係のない事。
そう言った事を一切見せずに任務に当たるのが自分のすべき事だとジョーは思っている。
長時間の任務になる筈だ。
もう少し眠らなければ……。
ジョーは起き上がって冷蔵庫からミネラルウォーターのミニボトルを取り出し、1本飲み干すと、再びベッドに横たわった。
またあの夢を見るのが怖いのは事実だったが、少しでも眠っておかなければ。
雨は止んだようだ。
何時の間にかトレーラーハウスの屋根を叩く雨音が消えている。
(これで眠れるといいが……)
ジョーはそして眼を閉じたが、眠りはやはり浅く、また忌まわしい夢を見る事になる。
これは彼がトラウマを克服しない限り、見続ける宿命に在る夢なのかもしれない。

そのトラウマを今回の任務で克服する事になろうとはまだ彼は知らなかった。
それと同時に、まさかの恐ろしい記憶を取り戻す事になるのであった。
彼が余りにも自分が背負った過去が重過ぎる事を知るのは間もなくの事だった。




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