『コンドルが羽を休める場所』

ジョーは疲れていた。
任務が過酷を極めていたとは言え、自分の若さから言って、まだまだこの程度の任務が続いた位で身体が疲弊してしまうのはおかしい、と彼は思っていた。
時折眩暈や頭痛が起きるようになって随分経つ。
先日は任務にも支障を来たす結果になっていた。
バードミサイルの照準が合わなかったばかりか、竜巻ファイターを2度失敗してしまい、健にどうかしていると不審に思わせてしまった。
これらの体調不良は過酷な任務のせいだけではないだろう。
何かが自分の身体を蝕んでいる事は明白だった。
眩暈は異常だったし、頭痛の激しさはかなりの物だった。
しかし、何でもない日もある。
ヘビーコブラを自分1人で倒した事で、ジョーは一旦自信を取り戻した。
まだ行ける、と言う自信だ。
しかし、それからまた眩暈や頭痛は頻繁に訪れた。
幸いにしてヘビーコブラの事件が起きた後、ギャラクターは現われず、南部博士からの呼び出しはなかった。
ジョーはレースに熱中している振りをして、忍者隊の仲間からも距離を置いていた。
この機会に身体を休ませ、少しでも体力を戻しておかなければならないと思った。
本来は病院にでも掛かれば良いのだろうが、南部博士や忍者隊の皆に自分の身体の事を知られる事を恐れた彼はそれをしなかった。
しかし、日増しに症状は悪化している。
市販の頭痛薬や眩暈止め、吐き気止めをどっさり買っておいたが、痛みで眠りを妨げられる事はしばしばだった。
このまま身体が悪くなってしまう前にギャラクターを斃さなければならない。
ジョーは焦っていた。
怖いのは死ではなく、科学忍者隊の任を解かれる事だけだった。
ギャラクターとの最終決戦は恐らく近い事だろう。
ジョーはその時にベストな状態で闘えさえすれば、後はどうなっても構わないと思っていた。
とにかく今は傷付いた野獣が姿を隠して傷を癒すかのように、傷付いたコンドルも仲間達から身を隠していた。
トレーラーハウスがいつもの場所に無い事を恐らく健達はもう知っているだろう。

昔、まだ小さかった頃、1人で来ては極秘に訓練をしていた森の奥深くに、彼はトレーラーハウスをG−2号機で牽引してやって来ていた。
懐かしい香りがするこの森で、コンドルは傷付いた身体を癒していたのだ。
樹と樹の間にハンモックを吊り、天気が良い日の日中で、体調が少しでも良い時はそこで風を楽しんだりしながら、羽を休めた。
ブレスレットが鳴らないのは幸いだった。
身体が鈍らないように、適度に動く事は続けていた。
彼のストイックな性格がじっとしているだけの自分を許さなかったのだ。
痛みがない時は身体を動かした。
これからは体術よりも羽根手裏剣やエアガンによる出来るだけ体力の消耗を最小限に留める闘い方をして行かなければならない。
その勘を研ぎ澄ますのには、この森は適していた。
身体を休める事に完全に専念した訳ではなかったが、それでも、健達の心配する姿を見ずに済むのは有難かった。
調子が良ければレースに向けて体調を整え、出場する事もあった。
生活を維持する為には収入も必要だった。
幸いレースに出ている間に眩暈に悩まされる事は余りなく、何度か優勝を重ねる事が出来た。
賞金を稼いで来ては「用事があるから」と祝勝会を断り、ジョーはまた静かに森に戻り、疲れ果てて床に就く。
疲れると必ず眩暈と頭痛の発作が起こった。
しかし、サーキットで走る事は彼にとってはギャラクターへの復讐以外のたった1つの生き甲斐でもあった。
車で飛ばせば気分は晴れた。
気の迷いがあるとより身体が悪くなると考えていた彼は、体力が許す限りはサーキットに行き、森に帰ると言う生活を続けていたのだ。

コンドルの傷付いた羽は、空気の澄んだ森の中でもなかなか癒えては来なかった。
さすがのジョーも、サーキットで噂を聞いた潜りの医者に診せようかと言う気持ちになった。
南部博士の別荘が近いのが気になるが、博士はどうせISOに詰めているのだろう。
自分に運転手兼護衛の依頼が無いのはそう言う事に違いない、とジョーは思っていた。
博士が別荘に篭ってベルク・カッツェの研究に没頭しているとは誰も知らなかったのだ。
ある雨の夜、トレーラーハウスを普段置いている場所に戻し、翌朝その潜りの医者に向かった。
雨は益々強くなっていたが、今行かなければ決意が鈍ると思ったジョーは、傘も差さずにG−2号機をトレーラーハウスから切り離して、乗り込んだ。
行き先が病院なので、警戒してブレスレットを外し、ベッドの上に置いて来た。
その為に後で出動に遅れる事になるのだが、偶然が偶然を呼び、ジョーは南部博士の危機を救う事となったのである。
だが、その時は彼の正体が敵に知れてしまう瞬間でもあった。




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