『震える手』

コンドルのジョーは自らの掌をじっと見つめつつ、わなわなと震えていた。
「くそぅ!ギャラクターめ!こんなに小さな女の子まで!」
ジョーの前にはギャラクターの破壊活動の犠牲になった4歳ぐらいの女の子の遺体があった。
まだまだ可愛い盛りだった…。
両親が見当たらない処を見ると、恐らくは……。
「救えなかった!俺達はこの生命を救えなかった!!」
ジョーはその拳を大地に叩き付けた。
「……絶対に許せねぇ!」
余りにも惨過ぎた。
女の子は苦悶の表情1つせず、まだ生きているかのようなのだ。
だが、呼吸はしていないし、心臓も動いてはいなかった。
一瞬にして殺されたのだろう。
彼は女の子を今一度抱き締め、被害が少なかったビルの入口に遺体をそっと安置して、しばし瞑目して手を合わせるとすくっと立ち上がった。
その瞳は怒りに燃えていた。
「俺達はこんな子供達を守らなければならねぇんだ。
 それにこれ以上俺のような子供を増やす訳には行かねぇ…っ!」
ジョーは敵兵の気配に反射的に羽根手裏剣を放った。
「うっ!」と呻き声がして、1人の隊士が倒れた。
その後方には、インディアンのような装束を身に纏った隊長が率いるギャラクターの隊員達がずらっと並び、ジョーは周囲を固められていた。
この状況を打開する為に、彼は羽根手裏剣を雨あられと降らせながら高く跳躍した。
側転をしながら、エアガンを抜くと狙いも鮮やかに撃ち放った。
怒りが篭っているだけに、ジョーには一点の心の曇りもなく、敵を斃す事だけに気持ちが集中していたので、ギャラクターなど彼の敵では無かった。
『ジョー!ジョー!どうした?』
ブレスレットから健の声が響いた。
「戦闘中だ!答えてる暇はねぇっ!だが、1つだけ気をつけろ。
 人々は多分猛毒ガスで一瞬の内に殺られている!」
ジョーはそれだけ答えると戦闘に集中した。
高いビルの上からインディアン隊長とベルク・カッツェがその様を見下ろしていた。
「今回の殺人ガス兵器は成功でしたな、カッツェ様」
「まだまだこれからだ、隊長。恐らくは科学忍者隊全員が此処に揃うに違いない。
 奴らにもガスをたっぷり嗅がせてやれ。メカ鉄獣に乗り込むぞ」
「ははっ」
カッツェと隊長はビル街の地下に隠してある殺人ガスを搭載したメカ鉄獣、『ガスデゴン』に搭乗した。

やがて健達が到着した。
黒い小型ガスマスクを鼻から口に掛けて貼り付けるような形で装着している。
ゴッドフェニックスに待機していた竜が持参したものだった。
健は闘いの真っ最中のジョーにも投げ渡した。
ジョーは闘いの最中(さなか)にありながらもそれを見逃さず、しっかりと受け取り、装着した。
5人が揃ったのを潮にギャラクターの隊士達が引き上げて行く。
「おかしい!こいつは罠だぞ、健!」
ジョーがマスクを付けて闘った為か息を荒くして言った。
「ああ…。俺達もゴッドフェニックスに引き上げよう。鉄獣メカが出て来るに違いない」
「くそぅ!俺にバードミサイルを撃たせてくれ!あんなに小さな女の子まで殺しやがって……!」
ジョーは怒りに震える手を止める為に右手で左掌を強くパンチした。
「とにかく急ぐぞ!」
健の声を合図に全員が全速力で風のように走り出した。

鉄獣メカ『ガスデゴン』は、妙な触手のような物を多数持つ、まるで蜘蛛のような鉄獣だった。
「みんな!ガスマスクは外すな!竜、あの触手に気をつけろ!」
「ラジャー!」
健はあの触手がジョーが指摘したガスを噴出する部分ではないかと踏んでいた。
だとすれば、あの触手にゴッドフェニックスを絡め取られたりすれば、内部にガスが侵入して来る事は必至だったし、バードミサイルも使えなくなる。
「良し!垂直上昇!」
「ラジャー!」
ゴッドフェニックスは勢い良く上昇を始めた。
「このままでバードミサイルを発射すると街にも被害が及ぶぞ!
 出来るだけ上空に引き離して、もしあの触手に絡め取られた場合には火の鳥で始末する!」
健が決意を込めた声で命じた。
『科学忍法火の鳥』は科学忍者隊の全員に大きな苦痛を与える技である。
しかし、この技で敵を大破させたり、危険な罠から脱出もして来た。
苦痛だけではなく、体力をも消耗する事になるので使うには慎重な判断が必要だ。
後に肉弾戦が控えているような事が予想される場合には出来るだけ避けたい技でもある。
甚平だけが露骨に嫌そうな顔をしたが、他の3人は黙って頷いた。
身体が小さい甚平には特に苦痛が強いのかもしれない。
「健!あいつ意外にすばしこいぞいっ!」
「仕方ないな。逆に囮になってやろう。捕まってやろうじゃないか。
 ジョー、バードミサイルを撃てなくて悔しいだろうが、我慢しろよ」
「解ってるよ。リーダーのお前の判断に任せるさ」
ジョーは大人しく身を引いた。
「俺は奴らさえ斃せればそれでいい…」
ジョーはそう言うと、黙って自席に付き、レーダーを見つめた。

いざ、火の鳥となって敵の鉄獣メカを焼き尽くす際、ジョーはひたすらあの女の子の冥福を祈りながら苦痛に耐えた。
それが彼にとっての何かの儀式であるかのように……。




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