『カッツェ追撃(前編)』

風が強い日だった。
(どうしてこんな日ばかりに俺に狙撃系の任務が来るんだ…?)
ジョーはいつものエアガンに南部博士が作った特殊キットを取り付けていた。
それは衣服に付くとすぐに透明になり、乾いてしまうと言う代物だったが、実はレーダーで追跡出来るようになっていた。
これを今、南部博士とアンダーソン長官にある情報を売りたいと言って面会している某国の防衛庁長官のスーツに撃ち込めと言うのが彼に与えられたミッションである。
ISOのビルから外に出るのを待ち、アンダーソン長官がISOビルの5階に用意した部屋の窓から狙撃をする手筈になっていた。
特殊な液体は相手に衝撃を与える事なく、衣服に貼り付く筈だが、ジョーもさすがにエアガンから液体を発射した事はない。
出来る事ならもっと近場から確実に狙っておきたい処だが、相手も用心深いのでそうは行かなかった。
この任務が命じられたのは、南部博士がその防衛庁長官がベルク・カッツェの変装ではないかと考えていたからだ。
カッツェの変装であれば、用済みとなればすぐに変装を解くに違いない。
しかし、ある程度は追跡出来る筈だ、と南部は言った。
全員がブレスレットに探知機をはめ込み、配置に付いていた。
ジョーのこの任務が終わればすぐさまその追跡の輪に加わる事になっている。
ブレスレットに探知機を取り付けている為、通信機としての用は成さない。
その為、今回は危険な任務であると言えた。
南部はその点を配慮して健とジュン、竜と甚平を組ませた。
ジョーだけは狙撃の任務がある為、単独行動となってしまうのは止むを得なかった。
彼のブレスレットにはまだ探知機を取り付けていない。
『ジョー、聞こえるか?今、防衛庁長官が部屋を出た。
 5分もあれば、下に着くだろう。
 別の場所から脱出する事も考え、アンダーソン長官のSPが尾行している。
 尤も奴がベルク・カッツェならそんな事は予測済みに違いない。
 服装はチャコールグレイのスーツに赤いタイだ。鼈甲の眼鏡を掛けている。
 SPから連絡があったらまた報せる。直ちに狙撃体制に入れ』
南部博士の声がブレスレットから響いた。
「ラジャー!」
ジョーは窓ガラスを半開にして、そこからエアガンの特殊キットを窓枠に乗せるようにして構えた。
(この強風がどの程度影響を及ぼすのか…。試し撃ちが出来なかったのが残念だ……)
5階からすぐ下のISO本部の玄関を見下ろす形になる。
ハイヤーが1台停まっていた。
反対側のビルの陰に健とジュンが潜んでいるのが見えた。
通信は出来ない。
それぞれが自分の力で発信源を追って行くのみだ。
とにかくこの作戦を成功させるには、まずはジョーの腕が頼りだった。

『ジョー!玄関から出るようだ!もうロビーに到着している。頼むぞ!』
南部博士の声が流れた。
ジョーはそれに答える事なく、ISO本部の入口から出て来る標的の男に集中した。
(来たっ!)
男は多分玄関に横付けされたハイヤーに乗るだろう。
ジョーはその瞬間に狙いを付けていた。
彼の側に背中を向ける事になる。
距離的にも上の5階から狙うにはハイヤーに乗り込む瞬間が一番狙い易い射程角度であったのだ。
但し、予想とは違う行動を取る事も考えに入れておかなければならなかったので、彼は南部に返事を返す余裕が無かったのだ。
さすがのジョーも、今日の強風の中5階から獲物を狙うのには緊張するものがあった。
これ位の距離ならばライフルの方が狙い易い。
だが、特殊キットを取り付ける為にどうしても彼のエアガンでなければならなかったのだ。
ジョーは風を読みながらタイミングを計った。
チャンスは1度だけだ。
慎重に男の歩みを追った。
(今だっ!)
ジョーはトリガーを引いた。
男の背中に小さな蒼い染みが付いたが、一瞬で透明になり、染みが乾いて行ったのを目視した。
「博士!作戦は成功です。俺もブレスレットに探知機を付けて追尾を開始します」
『解った。良くやってくれた。君は1人だ。くれぐれも気をつけてくれたまえ』
ジョーはエアガンをクルクルと回して腰のホルダーにぶち込み、既に行動を開始している健達を眼で追いながら、ブレスレットに探知機をはめ込んだ。
これでもうブレスレットでの交信は不可能となったのである。




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