『受動喫煙』

人間ドックで肺に影があると言われ、私は全ての仕事をキャンセルして検査入院をする事になった。
「私は煙草は嗜まないのだが……」
「ISOの会議室には喫煙者も多いですからね。博士の場合は受動喫煙によるものでしょう。
 恐らく長年の物が積もり積もったのです。良い休暇だと思って検査を受けて下さい」
人間ドックの担当医師にそう言われて、私は悄然と別荘に戻った。
医者の不養生とはこの事だ。
私は研究に心血を注ぎ過ぎていて、医師である事を忘れていたのかもしれない。
アンダーソン長官や科学忍者隊の4人も心配するに違いない。
だが、ただ影があると言うだけだ。
今の医学なら内視鏡手術でも取れるレベルである可能性だってある。
長官はともかく忍者隊の諸君にその事を説明するのは骨が折れそうだな……。
送迎車の窓に映った私は苦笑いをしていた。
受動喫煙の事を知らぬ訳ではなかった。
しかし、私は今まで病気で寝込んだ事などなく、科学者にしては珍しく壮健なタイプだったのだ。
油断していた、と言われたらそれまでだ。
私はISOに戻るとアンダーソン長官に事情を説明し、休暇を願い出た。
長官は酷く心配してくれたが、大した事はない、と私はそれを一蹴した。

「もし詳しい検査の結果、肺に腫瘍や癌があったとしても、小さなものならその場で内視鏡手術が可能なのだ。
 諸君が心配する事など何もない。
 よって各自仕事は通常通り行なって貰い、パトロールも定期的に続けてくれたまえ。
 私が不在の間の報告はアンダーソン長官に直々に頼む」
全員が不安そうな眼で私を見た。
「1ヶ月後のジョーの三周忌には間に合うだろう。受動喫煙が原因で肺を患う事は良くある事だ。
 ジュンや甚平も店の客には喫煙者が多いだろうから気をつけたまえ」
「あら、全面禁煙にしちゃおうかしら?」
ジュンが小首を傾げた。
「でも、それじゃあお客さんが減っちゃうよ〜」
少し背が高くなった甚平がおどおどしていた。
忍者隊の諸君は何も変わってはいない。
そこにジョーが居ない事を除いては……。
「博士。行ってらっしゃい。軽く済む事を祈っています」
健が私に向かって右手を差し出して来た。
握り返してやるとその手に力が篭った。

後から聞いた話だが、私の左肺には小さな癌細胞があった。
幸いにして発見が早かった為、大事には至らなかったが、手術の時にISOに対するテロ事件が発生して、ISO付属病院にもその魔の手が広がっていた。
病院施設が停電し、自家発電のスイッチも何者かによって切られたのだ。
たまたま私の事を心配して、健達4人が手術室の前に集まっていてくれた為、彼らが自家発電装置を復旧させるべく素早く行動し、私の生命は助かった。
4人の活躍により、手術中酸素の供給が止まっていた時間はそれ程長くは無かったそうだが、ジョーの声が私を励ましてくれていた。
『博士、こっちに来るのはまだ早いですよ!』
ハッキリと彼の声が聞こえたのだ。
『こっちに来ようとしても、俺が突き返しますから!
 まだ博士にはそっちでやらなければならない事が沢山ある筈だ。
 マントル計画だって、志半ばじゃないですか?俺がこっちに来る事を許しませんよ』
ジョーのこの声で私は持ち堪えたと言えるかもしれない。
それだけではない。
暖かい手で私の手が包まれていたような感覚が麻酔から醒めても暫く残っていた。
手術自体は大変なものではなかったのだが、とんだハプニングだった。

ジョーの三周忌法要には退院が間に合った。
「ジョーにまだこっちに来るな、来ても突き返す、と言われたのだよ」
と墓前で忍者隊の諸君に言うと、全員が笑っていた。
「ジョーらしい言い草ですね……」
健がぽつりと呟いた。
「博士は俺達にとって父親代わりのような人です。まだまだ50歳そこそこで逝かれては困ります。
 これからは無茶をしないで、きちんと休息も取って下さい」
健には説教まで喰らってしまったよ。
ジョー、君も同じ事を言いたいんだろう?
解っているよ。
まだ暫くはこっちで働く事にしよう。
君がもういいと許してくれる時には、きっと迎えに来てくれたまえ。




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