『退職を決めた日』

『今日の任務もご苦労だった。君達のお陰でプルトニウムは無事に奪い返す事が出来た』
基地へと帰還の途を取ったゴッドフェニックスのスクリーンに南部が現われた。
「しかし、博士…。犠牲者の生命は取り戻せません。
 俺達はいつまでギャラクターとイタチごっこを続けるのですか?」
震える拳を握る健。
敗北感を噛み締めているのは彼だけではない。
ジョーはレーダーを見詰め乍らスクリーンの方を見ようとはしなかった。
犠牲となった者、そしてその家族の事を思うと、彼にはギャラクターを絶対に許す事が出来なかった。
少しの表情の変化も南部には見透かされそうな気がした。
だから、レーダーだけを真っ直ぐに見つめていたのだ。
『ジョー。すまないが…』
南部の声にジョーは振り向かないまま、
「行き先はISOですか?」
と訊いた。
『いや…。それは今日の処は健に頼むとして、ジョーは私の名代としてISO付属病院へ向かってくれ』
「え?何で病院に?」
ジョーは思わず健と顔を見合わせた。
『テレサが入院した。風邪をこじらせて肺炎になり掛けているだけなのだが、年を考えて万全を期したのだ』
「で?大丈夫なんですか?テレサ婆さんは」
『心配は無用だ。だが、これを機会に少し休ませた方がいい。
 私よりも君が顔を出した方が良い薬になるだろう。
 病院のロビーに私の見舞い品を持ったISOの職員を待たせておく』
「解りました。それなら博士を送ってから寄る事にしますよ。
 その方が職員の手間も省けるんじゃないですか?」
ISO本部とISO付属病院は車で5分程の距離だ。
ジョーは南部博士を送ってから病院に寄っても充分間に合うだろう、と言っている。
『構わん。ゆっくりテレサの話し相手でもしてやりなさい。
 今からメカ分身をしてすぐに行きたまえ』
「ラジャー」
ジョーはG−2号機でゴッドフェニックスから離れ、変身を解いた。

「博士。珍しいですね。
 俺は全然構わないのですが、ISO付属病院はすぐ近くではありませんか?」
南部をISO本部に送る道すがら、健が訊ねた。
「ジョーを少し休ませてやろうと思ってね。君にはすまない事をしたが……」
「いえ。俺は本当に構わないんです。
 そう言えば、確かにこの処ジョーは疲れを見せる事がありましたね」
「健も気付いていたかね?」
「そりゃあ、長い付き合いですから」
「任務以外にも少し扱き使い過ぎたかもしれんな」
「博士!」
健は噴き出した。
「あいつは護衛兼運転手をした位の事で疲れるような玉じゃないですよ。
 休日は相変わらずレース三昧かサーキットに入り浸りですからね。
 ただ、ジョーの身体は傷だらけです。
 今までに受けた無数の傷が後々何か悪影響を及ぼさないか、それが心配なだけなんです」
「傷を受けた後のメディカルチェックは特に入念に行なうようにさせているのだがね」
「すみません。言い過ぎました」
「いや、構わん。科学忍者隊のリーダーとして当然の心配だろう。
 私も医師免許を持った人間だ。諸君の健康管理にはもっと積極的になるべきだな。
 忙しがって人任せにし過ぎてしまったかもしれん」
「ジョーが時折見せる疲れの原因が気になって仕方がないんです。
 あれだけ鍛え上げられた身体のジョーが、いくら任務が立て込んでいるからと言って俺に解る程の疲れを見せるでしょうか?」
ISO本部に到着した為、話はそこで打ち切りとなった。

テレサ婆さんは点滴を受けながら個室で眠っていたが、ジョーがそっと入るとその身を起こそうとした。
「駄目ですよ。横になっていて下さい。この蘭の花は博士から、こっちのガーベラは俺からです。
 寝付くと行けないから、鉢植えは避けましたよ」
「有難う。ジョーさん。大した事はないのよ。博士にはこんな事までして戴いて……」
「テレサ婆さんももう年なんですから、そろそろ娘さん達の所に行って楽をさせて貰ったらどうです?
 俺達はなかなか逢えなくなって寂しくなりますがね」
ジョーは2つの花瓶にそれぞれの花を活けると、丸椅子を引っ張って来て長い足で跨った。
「ジョーさんが独立してそれでなくてもなかなか逢えなくなってしまったのに、娘の所へ行ったらもっと逢えなくなってしまうわ…」
「俺、娘さんご夫婦に迷惑でなければ、暇を見てテレサ婆さんに逢いに行きますよ。
 今までよりも頻繁にね。約束しますから、もう無理はしない事ですよ」
ジョーは優しくテレサ婆さんのしわくちゃな手を握り締めた。
「ジョーさん?あなた少し痩せたんじゃない?」
テレサがジョーの手を握り返しながら眉を顰(ひそ)めた。
「何言ってるんですか?ちょっとこの処、レースが立て込み過ぎただけですよ。すぐに戻ります。
 俺は見舞いに来たんですから、心配するのは俺の役目ですよ」
一笑に付したジョーの笑顔を見て、テレサ婆さんはこの日、近々別荘の賄いを退職する事を決めたのだった。
今はまだその事は自分の胸に仕舞っておく事にした。
「まだまだ長生きしてくれないと困りますよ。俺にとっては大切な人なんですから」
ジョーはそっとテレサ婆さんの手から自分の手を外した。
「さあ、眠って下さい。病人の枕元に長居は禁物ですから、今日の処は帰りますよ。
 なぁに、また来ますから!」
ジョーの眼差しは優しかった。
テレサ婆さんに対する時は、その瞳に常にある油断の無さや、人を威圧するような色が全く見えなかった。
彼もまたテレサ婆さんによって癒されているのだ。
南部博士はその事を知っていたからこそ、今日の護衛兼運転手の役目からジョーを外したのであった。




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