『美味しい仕事』

ジョーはその日、『スナックジュン』に大きなホールケーキが入った箱を持って訪れた。
「よう。みんな揃ってるな?」
「あら、ジョー。どうしたの?その箱」
「昨日南部博士をあるパーティー会場に送って行ったら、帰りに土産を貰ってな。
 俺にはこんなに喰えねぇから持って来たぜ」
「ありがとう!ジョーの兄貴ィ!」
「ほう、ケーキかえ?」
「午後のお茶には丁度いいな」
「ジョー、開けてもいいかしら?」
「ああ」
それぞれが大きな箱の中を覗き込む。
「うわ〜!これ、豪勢だね〜!博士ったら一体どんなパーティーに出たんだろ?
 さぞかしご馳走が出たんだろうなぁ〜」
甚平が指を咥えて涎でも垂らしそうな顔つきをしている。
「そんなパーティーに博士を送って行って、お前は外で待ちぼうけか?」
健がジョーを見た。
「まあ、そんな事は日常茶飯事さ。
 博士を護衛する為にバードスタイルになって会場に侵入してはいたがな」
「じゃあ、ジョーの兄貴はご馳走には有り付けなかったの?」
「俺は『護衛』だぜ。それも影の、だ。そんなもんに有り付ける訳があるめぇ。
 みんな俺だけ美味しい仕事をしていると思ってやがるみてぇだが、そうじゃねぇんだぜ」
「それで、博士が気を遣ってこれをジョーに分けてくれたって訳だな」
健が腕を組んだ。
「お前が貰っておけばいいのに、ジョー」
「そうは行くか。俺は甘党じゃねぇ。こんなに喰える訳がねぇだろう」
「そうじゃなぁ。バレンタインのチョコも全部此処に持って来るからのう」
「たまにはレーサー仲間の処に持って行ったっていいんだぜ。
 必ずしもいつも俺達に分けてくれる必要はない。これはお前の『労働』への対価だ」
「俺がいいって言ってんだから、いいって事よ、健。何を気遣ってるんだ?」
「じゃあ、遠慮なく、みんなで分けるとするか?」
健がジョーの肩を叩いた。
「ああ、俺は少しだけでいいぜ」
「そんな事言うなよ、ジョーの兄貴。また竜が太っちゃうって!」
「これ位のケーキ、おらにとっては大した量じゃねぇもん」
竜がおどけた口調で笑わせた。

大判のケーキには生クリームの上にチョコレートソースとストロベリーソースが掛けてあり、更にムース状のブルーベリーと、その上にベリー系のフルーツが綺麗に飾りつけてあった。
甚平が丁寧に5等分に切り分けて行く。
ジョーの分もしっかり5分の1に切られた。
「じゃあ、私からコーヒーをご馳走するわ」
ジュンがカウンターの中から出て来て、ドアの外の札を『Closed』に架け替えた。
テーブル席に移って、全員でケーキを囲む事にした。
甚平はスツールを引き摺って来てそこに座ろうとしたが、ジョーがそれを横取りした。
「おめぇにはちと高いだろう。こっちに座りな」
ジョーは自分が座っていた場所に甚平をひょいと持ち上げて座らせ、自分がスツールを長い足で跨ぐようにして座った。
コーヒーの良い香りがして来た。
ジュンがミルで挽いている。
「ジョーにご馳走になるんだから、コーヒー豆もジョーの故郷の物にするわね」
「おう、すまねぇな」
「そう言えば、先日シチリア産のワインが手に入ったわ。私達飲めないのが残念ね。
 ジョーにとっても、懐かしい味って訳には行かないわね」
「……親父とお袋の香りがするんだろうか?……」
「?」
健が眼を瞠った。
ジョーには似つかわしくない言葉のように思えたからだ。
「何でもねぇ。折角だから戴くとしようぜ」
「甚平、コーヒーを運ぶのを手伝って」
「うん、お姉ちゃん」

のんびりとした午後だった。
このままこの日が終わってくれたらいい、と全員がそっと願った。




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