『射撃訓練』

健、ジュン、甚平、竜の4人はいつもの射撃訓練のプログラムをこなしていた。
1時間半の訓練は決して楽な物ではない。
その都度成績がチェックされている。
標的は眼の前に現われるとは限らない。
前後左右、上下、どこからでも現われ、仕留め損ねると減点となる。
その場にジョーが居ない事が4人とも気になってはいたが、それを気にしている余裕など無かった。
考えてみれば、BC島から戻って、ジョーの傷が回復した辺りから、射撃訓練の場でジョーを見掛ける事は無くなっていた。

1時間半のプログラムを全て終了した。
4人共息が上がっている。
訓練室の上部にあるガラス窓の向こうに南部博士が入って来たのが見えた。
『諸君、ご苦労だった。上がって来たまえ』
スピーカーホンから南部の低く渋い声が響いた。
忙しい中、駆け付けたようだ。
4人はぞろぞろと訓練制御室へと上がって行く。
南部はそれぞれのメンバーの成績表を眺めていた。
「みんな、まだまだ動く標的に対する攻めが甘いようだな。
 動体視力を今以上に鍛えて貰わねばならん」
「解りました。一同心して掛かるようにします」
代表して健が答えた。
「ところでジョーなんですが…」
健は皆が気にしている事を言った。
「ジョーなら、最上階の特別室に居る」
南部が上方を眺めた。
「特別室に何があるんですか?」
と心配そうなジュン。
「国連軍の特殊部隊が使っている射撃訓練室をそのままパワーアップして作った部屋だ。
 軍の物とは違い30倍ものパワーで襲い掛かって来る敵を倒さなければならない。
 いわば戦闘シュミレーション室のようなものだ」
「30倍ですって?」
健達が驚きの表情を示す。
「ああ、ジョーが自ら志願したのだ。
 どちらにせよ、君達と同じ訓練ではジョーにとっては遊んでいるのに等しい。
 それが解っていたので、私は彼の願いを引き受けたのだ」
南部がジョーの面影を追うかのように眼を閉じた。
「君達、ジョーの訓練振りを見学してみるかね?
 3時間のコースだ。まだ1時間以上のプログラムが残っているだろう」

南部の誘いに乗った4人は、既に射撃訓練で乱れていた呼吸を整え、南部とともにエレベーターへと乗り込んだ。
先程彼らが訓練していた部屋とは違い遮蔽物があちこちにある広い部屋を見下ろせる制御室に案内された。
彼らが射撃訓練を行なっていた部屋よりも3倍の広さは取られているだろう。
あるゆる場所からジョーに向かってビーム砲が襲っているが、ジョーはそれを確実に交わしながら、眼に見えぬ程の敏捷な動きで、移動するビーム砲の発射装置をエアガンで壊滅させて行く。
健達が行なっていたような射撃訓練とは類を見ない厳しさであった。
ジョーはバードスタイルではない。
普段のTシャツ姿だ。
特別な装備は全く身に付けていなかった。
ジョーは素早い身のこなしで確実に訓練をこなしていた。
「博士、あれではジョーが危険過ぎます」
健が唇を噛んだ。
「ジョー…」
「ジョーの兄貴ィ」
「ジョー!」
ガラス窓にピッタリと顔を付けるようにしてジュン、甚平、竜が声を出した。
「みんな!今はジョーの集中力を欠いたりするような事は慎むんだ!」
健が3人に注意をする。
今、この状態でジョーの注意を少しでも逸らす事があれば、ジョー自身が重傷を負いかねない事は健には良く解っていた。
「君達が心配なのは良く解る。私も最初は反対した。
 しかし、ジョーは訓練に没頭する事で自分の忌まわしい過去を忘れようとしているのだ」
南部が苦しそうに言った。
彼にとっても、この訓練を許可する事は苦渋の決断以外の何物でも無かったのだ。
「今、ジョーが一瞬でも一息つこう物なら、すぐさま彼はレーザービームの餌食となる…。
 レーザービームに加減は一切無い。生命を落とす危険すらあるのだ」
「こんな危険な訓練を1人で3時間もこなし続けていただなんて、ジョーの奴……」
健は強化ガラスの窓を拳で叩いた。
「でも、実戦は3時間で終わるとは限らないわ」
ジュンがキリッとした眼で顔を上げた。
「ジョーには邪魔だと言われるかもしれないけど、明日から私達も此処で射撃訓練を受けましょ!」
ジュンが微笑んだ。
「ああ、おら達はチームだからな」
「竜、足を引っ張ってジョーの兄貴に怒られるなよ」
「それはおらの台詞じゃわい」

自分の身体を苛(いじ)め抜くジョーには、実は誰にも言えない焦りがあった。
それは自らを蝕もうとしている病気の芽に対する恐れから来るものだ。
自らの生い立ちばかりではなく、その病いの芽も摘み取ってしまおうと、1人でこの訓練を受け始めたのだ。
訓練室から出て来たジョーは全身汗だくになっていた。
しかし、息は切れていない。
大したものだ、と健は思う。
バスタオルを放ってやった。
ジョーは黙ってそれを受け取った。
しかし、4人の申し出には渋い顔をした。
「この訓練に付いて来れるとすれば、健だけだぜ」
出来ればこの訓練の間は1人で居たかった。
「おら達はチームじゃぞい!」
竜が先程と同じ言葉を呟くと、ジョーは渋々、低い声で「解ったよ…」と呟いた。
「だが、レベルは落とせねぇ。それでも良けりゃあ参加するがいいぜ!」
ジョーは健から受け取ったバスタオルで汗に濡れた髪を拭きながら、シャワールームへと向かうのだった。




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