『都市開発』

森の中で鶯が啼いている。
ジョーはそののどかな声で穏やかな目覚めを迎えた。
トレーラーハウスはその森で過ごす事が多かった。
こう言った森は都市開発により、段々と減って来ていた。
(その内俺の居場所は博士の別荘の裏手の森かサーキットしか無くなるかもしれねぇな…)
ジョーはボーっとそんな事を思いながら、サイフォンをセットし、コーヒーを1杯分ドリップし始めた。
(まあ、俺達もギャラクターとの闘いの中で不可抗力で森林を破壊しちまった事もあるからな。
 文句は言えねぇか………)
ジョーがそんな事を思っている時に、トレーラーハウスのドアをノックする者が居た。
こんな時間に来るのは珍しいが、多分健だろうとジョーは思った。
しかし、その勘は外れた。
「私はこう言う者ですが……」
訪ねて来た四十絡みのスーツに眼鏡の男が名刺を取り出した。
「は?」
ジョーは仕方がなく受け取った。
怪しいようなら突き返すつもりでそのまま左手に名刺を持ったままでいる。
右手は油断なく、太腿付近に回した。
ジーンズのチャックを開ければ隠しポケットから羽根手裏剣やエアガンが取り出せる。
「今日からこの森を都市開発する事になりましたのでね。
 このトレーラーハウスは昼までに退去して貰いたいんですがね」
「都市開発?」
「この森は我が社が自治体から買い取りました。
 土地を開発して大型マンションを建てる事になりましたので…」
(ああ、此処もか……)
ジョーは朝一番の思いが当たっていた事に気付かされた。
やはり彼の独特の勘は鈍ってはいなかった。
「用事があるんで、後1時間もすれば出掛けますよ」
ジョーはそう言って名刺を返し、ドアを閉めた。
(あの鶯はどこに行くんだろう…?)
ふとそんな事を考えた。

「……そんな訳で暫くの間、俺の居場所はサーキットにするつもりだ」
「博士に言って別荘の森に置かせて貰えばいいじゃないか?」
此処は『スナックジュン』のカウンター。
隣に座る健がその方が何かと便利だぞ、と言う顔をした。
「それとも、取り敢えず俺の飛行場に置いてもいいぜ」
「そうだな…。場所がない時は頼むぜ。まずは別の居心地のいい森を探すさ。
 まだ泊まった事がない場所に当てがあるんでな。
 博士の別荘の森は最終手段さ。折角独立したのに意味がねぇじゃねぇか?」
「都市開発がどんどん進んで、森が消えて行ってしまうのね……」
ジュンが潤んだ感傷的な声で呟いた。
「小動物や鳥達は居場所を失い、樹も切られ、花も枯れて行くのさ。
 環境保護とか言い乍ら、実質はこんなもんさ」
ジョーが組んだ両手の甲に顎を乗せて、吐き出すように言った。
「自由人のジョーから少しずつ自由が剥奪されて行っちょる、って事かのう?
 嫌な時代になったもんじゃ……」
まるで年寄りのような物言いで竜が頷いた。
「でも、サーキットに居られるってのはジョーの兄貴にとっては気持ちが弾むんじゃないの?
 ちょっと任務の時には不便かもしれないけどさ」
甚平が意外に本質を見抜いた発言をした。
「ああ、当たってるぜ、甚平。任務さえなけりゃ全く構わねぇんだがな。
 だが、時折は心を休めたい時だってあるんだ。そう言う時に俺は森で寝る」
「ジョーの安らぎの場所って訳か。それじゃあ俺の飛行場では役不足だ」
「寝る場所に拘るつもりはねぇ。だからトレーラーハウスに住んでるんだ」
「拘ってるのはトレーラーハウスを置く場所だろ?居心地のいい場所が早く見つかるといいな」
「駐禁を取られねぇ場所って言ったら郊外の森かサーキットしかねぇからな。
 日中は出動に備えてG−2号機は出来るだけ街中に居るしかねぇだろうぜ」
「つまりは休息を取る時の居場所が減ったって事ね」
ジュンはジョーが尻ポケットから財布を出して帰り支度を始めたのを見て取って、伝票を用意した。

都市開発と言う名の森林破壊は今も続いている。
大型マンションが建てばあの辺りも活性化するのだろう。
街の様相も変化して行くに違いない。
ジョーは一抹の寂しさを胸にあの森に別れを告げたのだった。




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