『この道はいつか来た道』

G−2号機で街を走っていると、時たまデジャヴを感じる事があった。
森林開発の為、今まで良くトレーラーハウスを停めていた森を追い出されたジョーは新たな森を探す為にトレーラーハウスを牽引しながら走っていたのだ。
(俺がユートランドに来て10年……。俺の故郷がこの街に似ているとは到底思えねぇ。
 それなのにこの既視感は一体何だろう?)
南部博士にこの街に連れて来られたのは、8歳の時だ。
住まいは別荘の一室を与えられたので、街中からは外れている。
しかし、この街のどこかに通っていた事があるのだろうか?
今走っている道にどことなく見覚えがあった。
ジョーとてユートランドの全てを知っている訳ではない。
行った事がない場所は沢山ある。
(でも…この道は……?)
ジョーが合点が行くのにはそう時間は掛からなかった。
オフィスビル街を抜けて森林区域との境目辺りにその病院はあった。
「そうか…。BC島から脱出して、本土の病院で手当を受けた後、俺はドクターヘリでこの病院に連れて来られたんだったな…」
思わず呟いた。
国境を超えてドクターヘリを飛ばさせる事が出来るこの人物。
当時は解らなかったが、今ならば南部博士がそれだけの実権を握っている事は良く解る。
彼が何故この道にデジャヴを感じていたのか?
それは、退院後も時折検査の為にこの病院に通っていたからなのだ。
南部博士は自らも医師免許を持っていたが、忙しい人らしく、ジョーの体調が落ち着くと後の処置はこの病院のドクターに任せていた。
(最初の内は博士も付き添ってドクターと俺についていろいろな話をしていたが、その内一緒に来てくれなくなったんだっけな……)
南部博士はジョーの心理状態について、ドクターに詳細を告げ、それに対するケアに特に努めるように依頼していたのだ。
その引継ぎが済んだので、博士はドクターにジョーを委ねるようになった。
身体の傷は癒えて行ったが、心の傷はまだ完全に癒えた訳ではない。
10年経った今でも自分があの時の事を大きく引き摺っている事を自覚していたし、それを感じない日は無かった。
(だが…俺は博士に守られていたんだな。この道を毎週のように通いながら…)
ジョーは博士に反抗的な態度を取る事もあったが、本当は尊敬していたし、感謝もしている。
だからこそ、博士には他の人物を相手にする時と比べると丁重に接して来たし、出来る限り護衛兼運転手の役割も買って出ていた。
急に懐かしくなった彼は、病院の外の大通りにG−2号機とトレーラーを停めて、広く取られた中庭へとゆっくり歩いた。
(此処に入院していた頃、博士が花の名前を1つ1つ教えてくれたっけな……。
 博士にとっては、それもまた研究材料の1つだったんだろうが。
 島では暴れん坊だった俺には物知りの博士の存在が新鮮だった……)
彼はベンチに腰掛けた。
10年前と変わらず、眼の前には良く手入れをされた花壇が広がっている。
「このベンチ……。間違いない。此処に博士と俺は良く座っていた……」
瞳を閉じると、あの時の博士の渋い声が甦る。
(俺の心の傷に触れないように、博士は気を遣ってくれたっけな)
気が付くと自らの右手を胸に当てていた。
(此処がスーッとするような気がしたな……)

ふとブレスレットの小さな音と点滅に気付いた。
「こちらG−2号!博士、そろそろ会議に向かう時間ですか?」
ジョーは立ち上がると車に戻るべく走り出した。
先程来た道を逆に辿りながら、南部の別荘へとG−2号機を軽快に走らせるのであった。
トレーラーハウスは別荘の敷地内の森に置かせて貰おう。
懐かしい風景が爽やかにジョーを送り出してくれた。




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