『傷心』

『スナックジュン』の看板は『CLOSED』になっていた。
(無理もねぇ…)
ジョーはそれを見て、溜息をついた。
構わずドアを開けると鍵は掛かっていなかった。
「ごめん、ジョー。今日は閉店なんだよ…」
カウンターの外にしょんぼりと座っていた甚平がすっかりしょげ切っている。
ジュンはこの日、自らの手でブラックバード隊長のコウジをバードミサイルで死なせたのだった。
「馬鹿だなぁ、ジュンは。俺にやらせておけば、俺を恨む事によって、自分が苦しむ事を回避出来たのによ…」
「ジョーの兄貴……」
甚平は瞳に涙を浮かべていた。
ジョーは優しく甚平の頭に手を置いた。
「兄貴は?」
「こんな日にあいつを寄越す程、俺は愚か者じゃねぇぜ。ジュンは上の部屋か?」
「うん…。寝室に居る」
「上がっていいか?部屋に入ったりはしねぇからよ」
「大丈夫かなぁ?お姉ちゃん……」
ジョーは甚平の頭を撫でてから、静かに階段を上がって行った。
ジュンの部屋がどちらの部屋なのかは解っていた。
彼は迷わずにドアをノックする。
「ジュン、俺だ。出て来なくていいから、そこで話を聞け」
静かな声音でそう言うと、ジョーは冷たい階段に座り込んだ。
「おめぇは自ら志願してバードミサイルを撃ったんだぜ。
 気持ちは解るが、傷つくぐれぇならその役目は俺に負わせれば良かったんだ。
 俺にやらせて、俺を恨めばおめぇのやり切れないその思いも少しは救われただろうによ。
 お前は敢えてそれをしなかったんだな……」
ジュンはベッドの上で布団を被っていたようだ。
僅かにカサッと動く音がした。
「ほっといてくれ、と言われるのを承知で来た。
 おめぇと同様に哀しんでいる甚平を見てられなくてよ」
「………………………………………」
答えはなかった。
「解ってる。俺達の他の誰にもコウジを手に掛けさせたくなかったんだろ?
 どうしても葬り去らなければならないのなら、せめて自分の手で…。そう思ったんだろ?
 俺はコウジはお前の正体に気づいていたと思ってる。
 だから敢えてあいつもおめぇの手に掛かったのさ……」
ジュンがベッドの上に起き上がる気配がした。
「ジュン、自分の手が汚れてるなんて思うな。友を殺した事を哀しむな。
 敵同士に分かれてしまったのは運命だったと諦めるしかねぇ。
 俺がおめぇなら、やはり自分の手で斃したに違ぇねぇ。それがせめてもの餞(はなむけ)だ。
 コウジは満足して逝ったと俺は思っている……」
ジョーは階段室の壁の染みを人差し指でなぞりながら、言葉を続けた。
その行動には意味がなかったが、まるでジュンの心を撫でているかのように優しい動きだった。
「ジュン…。科学忍者隊として、おめぇは良くやったぜ。ぶったりして悪かったな……」
ジョーはそれだけ言うと立ち上がった。
「甚平が待ってるぜ。気持ちを立て直したら下に行ってやれ」
トントン…と軽く階段を駆け下りる。

「ジョーの兄貴……」
まだベソを掻いていた甚平がカウンター席で顔を上げた。
「俺がコーヒーでも入れてやる。頃合を計って持って行ってやんな。
 その間におめぇもその顔を何とかしておけ」
ジョーは甚平の額を軽く小突いた。
(2人共、多分もう大丈夫だ…)
不思議な確信が彼にはあった。




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