『スピードアクション』

ジョーはいつもの通り、南部博士の護衛兼運転手を担当していた。
今は国際科学技術庁での会議を終えて別荘に戻る道を辿っていた。
「ジョー。たまには寄ってみないかね?テレサを筆頭に皆君に逢いたがっているぞ」
「いえ…今日は約束が…」
「ほう。女性とかね?」
南部博士の眼鏡がキラリと光った。
ジョーは解っている筈だ、と南部は思っている。
科学忍者隊である限り、女性との恋愛に現(うつつ)を抜かしている時間などないと言う事を。
「まさか!今日は竜が夜行列車で田舎に帰るんで、駅まで皆で見送りに行く事になっています」
「そうだったな…。竜は休暇に入るのだった。
 お陰で思い出したよ。これを竜に持たせてくれたまえ」
「土産ですね?」
「その通りだ……」
「また甚平の奴が羨ましがりますよ。宥めるのにいつも苦労してます」
「そうだろうな。甚平は家族と一緒に暖かい食卓を囲んでいるのが当然の年齢だからな」
「その分、博士が親代わりになっていますし、俺達は兄・姉のつもりで接してはいるんですがね」
「甚平は君達程吹っ切れてはいないだろう」
「俺達だって吹っ切れてなんかいませんよ」
ジョーは一瞬その瞳を伏せた。
「健だって父親の死を目の当たりにしてあの荒れようでしたからね。
 ジュンは口に出しては言いませんが、自分と甚平の境遇が似ているからこそあの2人は姉弟同然に生きて来ました」
「君は…どうなのかね?」
南部の声は穏やかだった。
「俺は…忘れてはいませんよ。忘れられる訳がありません。
 ただ、竜を羨ましいと思った事は1度もありません。もう、諦めているからです」
ジョーは信号で一時停止をして、そのブルーグレイの瞳を窓の外の夕焼けへと転じた。
その瞳は少し寂しげで、自分に対する皮肉に満ちていた。
「私は、実は君が一番両親の愛情に飢えているのではないかと思っていたのだ」
「まさか!それならやはりジュンと甚平でしょう?
 俺は少なくとも8歳までは親父とお袋と一緒に居たんですから。
 まあ、何をしていたのかは知りませんが、不在がちの両親でしたがね。
 お陰で1人で大体の事はこなせるように仕込まれましたよ」
「君が独立して随分経つが、レースで何とか生計も立てて暮らして行けているようだね」
「任務が立て込むと棄権しなければならないってのがネックですがね」
ジョーはシニカルに笑って、青信号に変わった処で再び車を走らせた。
「私は君達から若者らしい生活を奪ってしまった、そう思う事があるのだよ」
「博士!博士が揺るぎなく一本柱としてどーんと構えていてくれなければ、科学忍者隊は路頭に迷います」
「そうだな…。余計な事を呟いたようだ。忘れてくれたまえ……」

その時、急にジョーの眼が険しくなった。
博士に説明をする前にジョーは博士の身体を安全に拘束するシートベルトを発動させていた。
「ジョー!」
「尾行者が居ます。まだ正体は解りませんが…。
 注意して身を低くしていて下さい。様子を見ます」
「解った!」
博士は頼もしくジョーの横顔を眺めた。
「博士。あれは警察車輌ですね。どうしますか?スピード違反はしていない筈ですよ?」
南部はシートに身体を固定されたまま、首だけで後方を見た。
覆面パトカーが確かに追って来ている。
「ジョー。停めたまえ」
「ギャラクターの罠かもしれませんよ。博士、気をつけて下さい」
ジョーはG−2号機を路肩に寄せて停めた。
すると程なくして私服の刑事が博士の横の窓を叩いた。
ジョーは油断のない眼で辺りを見回しながら、自分の方のパワーウィンドウの開閉スイッチを入れた。
「一体何ですか?スピード違反はしていない筈ですよ?」
「失礼。後部座席の方に用事があります。私は国際警察のゲート警部です」
50代前半のその男は手早く身分証明書を見せた。
他の2人の制服警官がいた。
ジョーは警戒を解かない。
(こんな身分証明書、ギャラクターなら簡単に作れるぜ)
「実は国際科学技術庁のアンダーソン長官が先程何者かによって暗殺されました。
 それで貴方を護衛する為に追尾して来たのです」
「アンダーソン長官が?!」
南部は驚いて見せたが、それが芝居だと言う事をジョーは見抜いていた。
(いよいよ怪しいな…)
「南部博士も襲われる可能性があります。
 まだ犯行声明はありませんが、我々はテロではないかと見ています」
「護衛なら結構。この私の養子に任せています。
 警察よりも遥かに優秀ですからな」
博士の眼がバックミラーの中で、『ジョー、行け!』と告げていた。
ジョーは急発進した。
男達が跳ね飛ばされるように車の脇から放り出され、路上に倒れた。
「博士!敵が正体を表わしましたよ!」
見ると刑事達はギャラクターの隊員が着る戦闘服に変わっていた。
「ふふふ。アンダーソン長官とはこの車に乗ってからもパソコンで通信をしていたのだ。
 それが偽者でない限りは死んでいる筈がない。
 そして、偽者である可能性は1%にも満たないのだよ、ジョー」
「銃撃して来ます!博士、ちょっと運転が乱暴になりますよ!」
「気にせんでいい。もう慣れている」
博士は余裕だった。
それだけジョーを信頼していると言う事に他ならない。
ステアリングを巧みに切りながら、
「俺はあいつに素顔を見られています。
 バードスタイルに変身せずに此処を切り抜けなければなりません」
と博士に言った。
言いさしながら、攻撃に転じる機会を狙っている事は、南部にも解った。
日は完全に沈んでいた。
ジョーは人気のない緑化公園へとG−2号機を走らせた。
リアウィンドウは開けたままにしてあった。
ジョーは右手でハンドルを握り、片手で運転をし乍ら、半身を窓から出した。
左手にはエアガンが握られている。
左手でも取り扱えるよう訓練を怠ってはいなかった。
公園内は広いが、注意しなければ木に衝突して博士に怪我を負わせてしまう可能性がある。
それだけは避けたかった。
ジョーは運転と攻撃の両方に気を払わなければならなかった。
(くそぅ…。こんな事になるなら、早い内に健達に応援を頼んでおくんだったな…)
腰を捻って後方にエアガンを向けた。
確実な処で、まずは敵の車のタイヤを狙った。
タイヤはパンクして車が蛇行し始めた。
次にジョーは運転をしている隊員を狙った。
フロントガラスを突き抜けて三日月型のキットが男の喉に喰らい付く。
その割れたフロントガラスの間を縫って、羽根手裏剣がゲート警部と名乗った隊長らしき男の喉笛に突き刺さり、ジョーは何事も無かったかのように運転席に戻った。
車の軌道を修正する。
「ジョー、良くやってくれた」
「まだ…もう1人残っている筈ですよ…。おっ!?博士!後ろです!」
ジョーはそう言うと急ブレーキを掛け、運転席から消えていた。
博士がハッとした時には、既にジョーは車の後ろの窓から博士を狙っていた隊員の背中にエアガンを突きつけていた。

「ジョー。お見事だった…。さすがに危ないかと思ったよ」
無事に事が済んで、再びジョーはG−2号機を別荘への道へと戻していた。
「早く健達を呼べばこんなに手間取る事は無かったんですがね。
 あ、竜の見送りを忘れていました!」
「このまま駅に戻ってくれても構わんよ。土産も渡していないしな」
「いえ…。折角の土産ですが、もうエクスプレスは出ています」
ジョーがダッシュボードの時計に眼を落として言った。
「では、これは君達で食べたまえ。カステラが入っている」
博士が手提げ袋を掲げて見せた。
「じゃあ、そうさせて貰います。竜には悪い事をしましたが」
「君のせいではない。況してや私は君が居なければ死んでいた。ジョー、礼を言うぞ」
「いえ。これが俺の任務ですから。
 竜だってみんなだって何か事情がある事ぐらいは察しているでしょう」
『ジョー、ジョー!』
ブレスレットが鳴って、健の声が流れた。
「噂をすれば影、ですよ…」
と南部に笑って見せて、ジョーは応答した。
「こちらG−2号」
『ジョー、どうした?何かあったのか?』
「ギャラクターと一戦交えたが、何とか無事だ。もうすぐ博士の別荘に着く」
『無事なんだな?心配したぞ』
「連絡をする余裕が無かったんだ。
 博士から竜に土産を渡すように言われていたんだが、とんだ邪魔が入ったんで渡し損ねた」
「ジョーのお陰で生命拾いしたぞ。本当に危ない橋を渡って私を護衛してくれた」
南部が通信機に向かって言った。
『博士。ジョーに余裕がないのなら、博士が呼んで下さればいいのに…』
健の声が曇った。
「そうだな。済まない。どうやら私にも余裕がなかったようだ」
博士の別荘の門が見えて来た。
「健。もう到着するから通信を切るぞ」
『ああ…。無事で何よりだ。後でジュンの店に来いよ』
「博士から竜への土産を代わりに貰ったから持って行くぜ」
ジョーは通信を切ると漸く肩の力を抜き、小さく溜息を1つ吐(つ)いた。




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