『トレーラーハウスの日常』

トレーラーハウスの屋根を強い雨が叩いていた。
森は騒(ざわ)めき、これから台風が襲来する事を告げていた。
普通の家に居るよりも音がうるさいトレーラーハウスだ。
先程から突風が吹く度に大きく揺れるし、ジョーが横転でもしないかと冷や冷やする場面もあった。
しかし、どーんと構えているしかねぇ、そう彼は腹を括ってベッドに仰向けになっていた。
年代物のポータブルラジオを聴いている。
これは彼が南部博士に引き取られて間もなく、テレサ婆さんが自分の持ち物の中から彼にくれた物だった。
未だに大切に持っていた。
ラジオは繰り返し台風情報を伝えていて、進路に当たる地域での警戒を訴えていた。
地域によっては避難勧告も出ているらしい。
トレーラーハウスの中は物が殆どない。
ベッドがその広さの大部分を占めている。
ジョーが『寝泊りをする場所』以上の機能を求めていないからである。
必要最低限の物しか持たない彼であった。
ジョーのトレーラーハウスは移動が出来る『トラベルトレーラー』と言うタイプだ。
据え置き型の『パークトレーラー』なら大型の物があるが、移動する為に大きさには限りがある。

ふと空腹を覚えた。
そう言えば今日はもう夕暮れ時だと言うのにまだ何も口にはしていなかった。
1人で居る時は、半ば義務のように食事を喉に流し込んでいるような気がする。
だから、進んで食事を摂ろうと言う気持ちにはなれず、腹が減ったら『スナックジュン』に行く、と言った生活を送っていたが、今日はどうしようもない。
彼は幼い頃、両親が不在がちであった為、母親から簡単な料理は仕込まれていた。
包丁は使えたし、煮炊きも出来た。
ジョーはスパゲッティーを茹でる事にしてベッドから立ち上がった。
その時また突風が吹いてトレーラーハウスを揺らした。
蓄光発電なので停電の心配はない。
レンジもガスレンジではなく、IHクッキングヒーターを取り入れてあった。
プロパンガスを使う手もあったが、移動が日常茶飯事の彼は危険を考えて蓄光発電を取り入れたのだ。
これならば環境にも優しい。
水はタンクで購入していた。
飲料水用とシャワー用をそれぞれ設置している。
ジョーは水道のコックを開いて、鍋に水を入れ始めた。
それをIHヒーターの上に掛け、まずは湯を沸かし始める。
スパゲッティーはシンクの上の物入れの中にある透明の密封容器に入れてあった。
いつも分量を量ったりしない。
100g毎に小分けしてある物を使っている。
彼はその束を2本取り出した。
自分で作ると手間が掛かるので、味付きのトマトソースの缶詰を買ってある。
それもスパゲッティーと同じ場所から取り出した。
冷蔵庫の中から玉葱を取り出し、皮を剥いて櫛型に刻んで行った。
少しずつ分けた豚挽肉を解凍した物と少量のベーコンを細長く刻み、それらをフライパンの上で炒めて、最後にトマトソースと混ぜた。
日系イタリア人のジョーには、スパゲッティーのソースをレトルトで済ますと言う気持ちにはなれなかったのだ。
本来であればトマトソースも自分で作りたい。
調理方法は母親直伝だった。
だが、今は食べ物についてとやかく言っているよりも、ギャラクターを倒す事とレースに熱中する毎日だけで精一杯だ。
いつスクランブルが掛かるか解らない身である以上、食事は出来るだけ簡潔に済ませたかった。
そこでトマトソースについては百歩譲ったのである。
しかし、いくつも試してみて、漸く気に入った材料に巡り逢えた。
これを購入する為にはちょっと遠出をしなければならないが、某サーキットの近くなので、そこでレースがあった時には纏め買いをしていた。
やがてお湯が沸騰し、ジョーは焦がさないように気をつけながらスパゲッティーの?をパラパラと鍋の中に広げた。
?が茹で上がる頃には丁度良くソースも完成していた。
ジョーは?の湯切りを充分にし、それをフライパンの中に入れて軽く掻き混ぜた。

食事が済んで後片付けも完了した頃には、風は益々強くなっていた。
ラジオが注意を怠らないようにと怒鳴っていたが、段々と音が途切れ途切れになり、沈黙した。
「ちぇっ。電池切れか…」
ジョーはスイッチを切ると、シャワーを浴びる事にした。
ベッドの反対側にある小さなクローゼットから真っ白なバスタオルと着替えを出し、着替えはベッドの上に置いて彼はシャワールームへと移動した。
シャワーが降り注ぐ音が雨音と混じって、どちらがどちらだか解らなくなった。
狭いシャワールームだが、天井は高かった。
背の高い彼でもそれ程圧迫感なく入る事が出来た。
コックを捻って、段々と湯温を上げて行く。
熱いシャワーが好みだった。
このトレーラーハウスにはバスタブはない。
だからジョーには浴槽に入る習慣はなかった。
任務や何かの理由で已む無くホテルに泊まる事があっても、彼は浴槽に浸かった事はない。
もうシャワーで済ませる事が当たり前になっていた。
いつスクランブルが掛かってもおかしくない生活を送っている彼には、日常の事は必要最低限に抑え、すぐに出動要請に応える必要があったのである。
初めにシャンプーを手に取り、枯れた葉っぱのような色をした髪を2度洗いした。
シャンプーの白い泡が身体を滑って行く。
その為、身体を洗うのは後にするのが彼のいつもの手順だ。
ジョーは固形の石鹸は使わず、ボディソープとスポンジを愛用していた。
それで丁寧に身体を洗う。
任務が長く続くと辛いと思う事はシャワーを浴びてサッパリ出来ない事だ。
食事が疎かになっても、シャワーは毎日きちんと浴びたいと思う彼であった。
例え台風が来ていて外がどんな事になっていようとも、全身を清潔にして後は眠る事だ。
どうせこのトレーラーハウスに居ても、しなければならない事なんて他にはない。
ジョーはシャワーのコックを締めて、パイプに掛けてあったバスタオルに手を伸ばした。
髪をゴシゴシと拭き、乱暴に鍛え上げられた身体を拭くと、彼はシャワールームを出た。

寝る時はいつも上半身は裸、下には無地の薄いトレーニングパンツを履いている事が多かった。
Tシャツにジーンズで寝る事もあったが、それは何となく呼び出しが掛かりそうな予感がしている時だった。
やはりジーンズでは寝心地が悪い。
この土地は1年中気候が良いので、通年半袖のTシャツで過ごせる程であった。
それなのに南部博士があのように暑苦しいスーツを着てダンディーに決めているのが彼には理解出来なかった。
(あれをサラリーマンや役人達の『制服』にしたのは一体誰なんだろうな?
 俺には向いてねぇや……)
いつも博士を見る度に思うのである。
長く引き締まった脚を黒のトレーニングパンツで覆い隠すと、ジョーはドライヤーで髪を乾かしながらふと外していたブレスレットを見た。
特に何事も起こらず、ブレスレットは沈黙を貫いていた。
しかし地球は広い。
台風が来ていようがいまいが、ギャラクターは待ってはくれない。
今も地球の裏側で何かの企てをしているかもしれないのだ。
夜中だろうが早朝だろうが、いつ呼び出しが来るか解らない。
小作りなサイドボードの上にあるデジタル時計は23時を少し回った事を示していた。
宵っ張りの彼だが、今日は早々に眠る事にした。
歯を磨き終わるとベッドに座り、ベッドの横にあるスイッチで明かりを消した。
シーツを被って横になると雨風の音が増したような気がした。




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