『セピア色の街(前編)』

街は壊滅状態だった。
緑豊かな街だった筈なのに、ビルは崩れ落ち、木々は押し倒され枯れていた。
まるでセピア色の風景を見ているような様相を呈している。
ゴッドフェニックスで駆けつけた時、科学忍者隊の誰もが言葉を失った。
人々の阿鼻叫喚する姿が眼に見えるようだった。
今、彼らの眼の前で1つの大規模ビルがバラバラと崩壊して行った。
そこに生活していた人々の姿は全く見えない。
何かの作用で存在自体を掻き消されてしまったのか…。
暗澹たる思いでジョーはスクリーンの向こうを見つめていた。
唇を切れる程に噛み締め、血を喀くような声を絞り出した。
「俺達はいつも後手後手に回る。ギャラクターの殺戮行為を未然に防ぐ事が出来ねぇ!」
握り締めた手がわなわなと震えている。
「健!先手を打ってギャラクターの基地を1つ1つ叩かない限り、この闘いは終わらねぇぜ!」
「解っている……」
スクリーンから眼を逸らし、健は答えた。
彼は惨たらしいものを見る時、いつも眼を逸らしてしまう。
科学忍者隊のリーダーとしては、弱い部分も兼ね備えているのだ。
「鉄獣メカはどこに行った?ジュン、反応はないのか?」
健がジュンの方を見る。
「今の処ないわね…」
ジュンの頬には涙が張り付いていた。
「くそ、ギャラクターめ、惨い事をしやがるぞい」
「おいら、絶対に許さないからな」
全員が無力感に叩きのめされていた。
ギャラクターがどこどこに出現した、と言う報告を受けてから出動していたのでは、永遠にこんな思いをし続けなければならない。
「竜、着陸しろ。生きている人がいるかもしれない。状況を訊き出すんだ」
「解った!」
竜がゴッドフェニックスを着陸態勢にした。

いざ、地に足を付けて見ると本当に酷いものだった。
廃墟と言ってもいい。
果たして此処に奇跡的に生き残りがいるだろうか?
風がビルの瓦礫から黄色い砂塵を舞い上がらせていた。
ゴッドフェニックスから見た時、まるで人々が掻き消されたかのようにその姿がないと思ったものだが、降りてみて更にその事を強く実感させられた。
人の気配が全くしない。
遺体がある訳でもなく、まさに『消された』と言っても過言ではあるまい。
「一体人々はどこに行っちまったんだ?生きているのか、それとも消されちまったのか…」
ジョーが低い声で呟いた。
その瞳にはギャラクターへの憎しみだけが宿っている。
「竜は此処で待機だ。俺達は分かれて捜索に当たろう。
 何かあったらすぐに連絡をする事だ。いいな?」
「ラジャー!」
4人がそれぞれの方向に散り、竜はゴッドフェニックスのトップドームへとジャンプした。

「健!」
ジョーがブレスレットに向かって健を呼んだのは僅か2分程経った時だった。
「妙な液体が蠢いてるぜ。こいつが臭いな」
『何だって?』
「鉄獣メカがこいつを街にばら撒いたのかもしれねぇ。採取しよう」
『ジョー、気をつけろ。人々がこれに消されたのなら、お前も危険だ』
「解ってるよ…。みんなも気をつけろ。ゴッドフェニックスに戻っていた方がいい!
 採取が済んだら連絡する」
『こっちにも妙な液体があるわ!』
『おいらも見つけた!』
『みんな、ジョーがそいつの採取を試みている。決して触るな。俺達はゴッドフェニックスに戻るぞ』
メンバーの声がブレスレットから響いた。
液体は透明色だったが、所々が虹色に輝いていて、水溜り程度の物が少しずつ移動していた。
見た感じ、粘性が強いように思えた。
ジョーは慎重に近づいた。
相手は液体だ。
突然飛んで来て襲って来る可能性もあった。
ジョーは蓋付きの試験管とピンセットを取り出した。
何となく必要な気がして、ゴッドフェニックスの備品の中から持って来たのだ。
用意周到とはこの事である。
ピンセットで摘むとその粘性のある液体は一部が分離され、摘み上げる事が出来た。
すぐに試験管に入れ、蓋をしっかり閉めると、
「長居は禁物だ」
とジョーはゴッドフェニックスに取って返した。

「……残念乍ら生き残りの人は見つける事が出来ませんでした」
ゴッドフェニックスの中で健がスクリーンの中の南部博士に報告をしている。
健の表情には悔しさが滲んでいた。
「ジョーが怪しい液体を採取しました。持ち帰ります」
『ご苦労。その後鉄獣メカの動きは把握出来ていない。取り急ぎ戻って来てくれたまえ』
「ラジャー!」
その時、ジョーが切迫した声を上げた。
「博士!試験管の中で液体が増殖し始めました!」
『何!?』
全員がジョーを振り返った。
彼の手にある試験管の中で液体が不気味に蠢いている。
『危険だ!早く隔離ボックスへ入れるのだ!』
南部博士の指示があり、ジュンがボックスを用意、ジョーは試験管が割れないように慎重に、それでいて素早く中に入れ蓋をして鍵を掛けた。
すぐさまボックスがガタガタと揺れ始めた。
「何だこれは!?凄い威力だぞ。人々だけじゃねぇ。こいつが街も一瞬にして破壊したのか?」
「あの街にはこの液体がまだ大量にある筈だ。それが移動したら大変な事になるぞ」
健が眉を顰(ひそ)めた。
『急ぐのだ。その液体の対策は我々がする!』
博士の声は逼迫していた。
「竜!全速で帰還だ!急げ!」
健が命令した。
「こいつはもうあの街を喰い尽くした。そろそろ移動を始めるのかもしれねぇな。
 それに反応して試験管の中の液体も喚いているんだ」
「ジュン、一回り大きい保管ボックスを用意しろ。慎重を期して二重にしよう」
「ラジャー」
用意されたボックスに、ジョーがガタガタ言って止まらない試験管が入ったボックスを入れようとした。
その時、ボックスが弾け飛び、ジョーもその身体を床に叩き付けられた。
ボックスの破片がジョーを襲い、バードスタイルの腕が切られた。
健がすかさず暴れているボックスを保管ボックスの中に放り込み、更に蓋をした。
「健、これでは埒が明かねぇ。ゴッドフェニックスがやられるぜ!」
左の二の腕を押さえて起き上がったジョーが叫んだ。
出血している。かなりの深手だ。
「大丈夫か、ジョー!」
「俺の心配をしている時じゃねぇ。こいつはすぐに保管ボックスを喰い破って来るに違いねぇ!」
『健!備品庫にある真空ケースにボックス毎入れるのだ!早くしたまえ』
南部博士がスクリーン越しに指示して来た。
健は返事を返す余裕もなく、ボックスを抱えて走り出した。
「気をつけろよ!健!」
ジョーの声が追い掛けた。

果たして健は指定された真空ケースを持って戻って来た。
「随分暴れられたが、何とか突っ込んだぞ」
全員がホッと一息ついた。
「もう少しじゃ!」
美しい三日月珊瑚礁がスクリーンに映し出されていた。
「ジョーの傷はどうだ?」
「出血は落ち着いて来たけど、傷は深いわ」
ジュンが止血をし、傷口を包帯で圧迫する処置をしてくれていた。
「すまねぇな、ジュン」
「何言ってるのよ。当然の事よ」
ジョーは痛みを堪えて立ち上がった。
「こいつの弱点を早く見つけて対処しないと、大変な事になるぜ…。くそぅ、ギャラクターめ!」
「あれだけ街が破壊されたんだ。これを調べる博士達も危険だぞ」
健が呟いた。
「おいら恐ろしいよ、兄貴…」
甚平がジュンに抱きついた。

ジョーはバードスタイルを解き、傷の縫合を受けた。
その間に博士は防御ガラスを何重にもした隔離ルームに置いた液体入りのケースを、精密な手のようなロボットを操作して開け、部下達と共に解析を始めていた。
バードスタイルを解かないままガラス越しに健達4人がそれを見つめている。
そこに処置が終わった素顔のジョーが戻って来た。
包帯が巻かれ、腕を三角巾で吊っていた。
「ジョー、次の出動ではゴッドフェニックスに待機して貰うしかないな」
健が見迎えた。
「いや、俺は行くぜ。左腕1本使えなくたって、俺は闘える」
ジョーの瞳に闘志が燃えていた。
「しかし、あれから鉄獣メカが出現したと言う報告は無いのう…」
「あの液体をばら撒いただけで役目を果たしたと言う事だろう。
 だが、鉄獣メカとあの液体を根こそぎ破壊しなければ、また同じ悲劇が起こるだろう」
健が冷静な声で呟いた。
「ああ…。そして地球全体があいつに喰い尽くされちまう!早くしねぇと!」
その時、基地の緊急放送が流れた。
『緊急!緊急!マリモアシティが謎の攻撃により壊滅状態!鉄獣メカの出現は報告されていません!』
「何だって!?」
科学忍者隊は総毛だった。
『今、出動しては行かん!待機しているのだ!』
ブレスレットに南部からの通信が入った。
「くそぅ。俺達はあいつの解析が終わるまで手を拱いていなければならねぇのか……」
ジョーが悔しげに唸った。




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