『セピア色の街(後編)』

不気味な液体の解析は難航を極めた。
あちこちの街を襲っているこの液体を街をこれ以上破壊せずに壊滅させる必要があった。
解析が済んだとしても、科学的にそれに対処するのにどの位の時間が必要なのかは全くの未知数だった。
科学忍者隊の焦りは募る一方だった。
「以前のように酸性雨を降らせるとか簡単な手が見つかればいいけどよ。
 そうじゃなかったら、俺達が此処に缶詰になっている理由があるのか?」
ジョーは焦りを隠さず、怪我をしていない右手の拳を思い切り強化ガラスの窓にぶつけた。
その拳に全ての思いを託すかのように。
「だが、闇雲に出て行ってもどうしようもないのは事実だ…」
健は腕組みをして解析作業をじっと見つめている。
「おめぇは良く落ち着いていられるな!」
ジョーが挑戦的な眼で健に振り返った。
「俺だって、落ち着いてなんかいないさ。
 だが、今俺達に何が出来ると言うんだ?ジョー。
 俺達の思いはお前と同じだよ」
直情型の自分とは違い、健にはリーダーの資質がある。
ジョーはその事を理解しながらも、時々歯痒くなってしまう。
だが、悔しいが結局は健の判断が正しい事が多い。
ジョーは沈黙した。
「ジョーは今の内に身体を休めておいた方がいいわ」
ジュンがジョーの背中を押した。
「仮眠室に行ってらっしゃいよ。出動の時にはちゃんと報せるわ」
「ジュンの言う通りじゃわ。今は余分な情報を仕入れない方が身の為だわ」
「こんな緊急放送が入るようじゃ休まるとは思えねぇがな!」
ジョーは吐き捨てるように言ったが、
「じゃあ、必ず連絡しろよ。俺を置いて行くんじゃねぇぞ!」
と踵を返した。
確かにバードスタイルに変身するのにも、頑健な身体と気力が必要だ。
3600フルメガヘルツと言う高周波に耐えられなければ変身は出来ない。
深手を負っている今、少しでも身体を休めておくのが賢明だと言う事は、ジョーにも解った。
だから、ジュンの勧めに従ったのだ。

仮眠室で横になっている間にも緊急放送は何度か続いた。
眠れる状況にはなかった。
「くそぅ。とんでもねぇ殺人兵器を開発しやがって!」
苛立った彼は羽根手裏剣を仮眠室の壁に投げ付けた。
休んでいる内にある時点からぷっつりとその緊急放送が無くなった事に気付いた。
ジョーは半身起き上がりブレスレットに向かって怒鳴った。
「健!今、現地時間は何時だ?!
 あの謎の液体はもしや日の入りと共に出現しなくなったのと違うか!?」
『何だって?あ、そう言えば……。
 ジョー!凄い発見かもしれん。
 至急、現地の日の入りの時間と不気味な液体の出現時刻を調査しよう』
健の明快な返答が帰って来た。
『ジョー。その考察は大いに参考になった。これから実験をしてみよう。
 結果が出るまで休んでいたまえ。
 健達は謎の液体が現時点でどの場所にあるのか突き止めてくれ』
『ラジャー!』
南部博士もブレスレットのやり取りを聴いていたらしく横入りで交信が入って来た。
「奴らが日光がないと動けないとすれば…。
 それまでに壊滅させる方法を解析出来ればやり返すチャンスがある」
ジョーはニヤリと笑った。

健達が帰って来て、謎の液体の現在地がハッキリとした。
ジョーの読み通り、日の入りと共に鳴りを潜めていた。
素顔のままのジョーもバードスタイルの4人と混じって南部博士の前に集合した。
「まずはミサイルを打ち上げてその地域に人工的な闇を作り出す。
 それで時間を稼いでおき、謎の液体は国連軍が街中に戦車で潜入し、残り余さずバーナーで焼き落とす」
「謎の液体は火に弱いと言う事ですね?」
健の眼が光った。
「それなら、液体を焼き切られた処で敵の鉄獣メカがご登場なすったら、火の鳥で倒せば…」
ジョーが呟く。 「その通りだ。それで全ては解決する。
 問題は国連軍が全て漏れなくあの粘性のある液体を焼き尽くす事が出来るかどうかなのだが…。
 謎の液体からは特殊な電波が発生している事が解ったので、それをキャッチする小型レーダーを用意した」
「特殊な電波によって何かがそれを誘導していたんですね?
 だから俺が採取した液体もそれに反応しようとして暴れていたんだ…」
「そうだ。それを行なっているのが敵の鉄獣メカだろう。
 君達にはゴッドフェニックスでその誘導電波をキャッチして鉄獣メカを叩いて貰いたい」
 国連軍の準備が済み次第、君達にも行動を開始して貰う。
 準備を整えて現地の上空で待機していてくれたまえ」
「解りました」
代表して健が応えた。
「ジョー、変身の高周波に耐えられるかね?」
南部博士が眉を顰めた。
「当然ですよ!」
ジョーはその場で三角巾を外し、「バード、GO!」とバードスタイルに変身した。
傷は痛んだが、彼の体力と精神力はそれをも凌駕するだけの力を持っていた。
「この通りです」
「よし、では行きたまえ!ギャザー、ゴッドフェニックス発進せよ!」
「ラジャー!」
全員が同じポーズを取って博士に返礼をすると、踵を返して走り始めた。

出動した南サラビアシティは真夜中の3時で、破壊し尽くされた街は暗く沈黙していた。
レーダーを装備した国連軍の戦車のライトが上空から点となって見えている。
夜明けが来る直前に、国際科学技術庁が日光を遮る為のミサイルを打ち上げる事になっていた。
特殊な分厚い雲で日光を完全に遮るのだ。
国連軍がバーナーで液体を焼き始めた。
「始まったな…」
ゴッドフェニックスのスクリーン越しにあちこちで焚かれる火を見つめて健が呟いた。
「場合によっちゃあ、街ごと焼き尽くされちまうかもしれねぇな…」
レーダー席の前でジョーは腕を組んでいた。
敵の鉄獣メカも異変に気付き現われる事だろう。
彼らはそれを待ち伏せしている。
レーダーから眼を逸らさずにジョーは神経を集中させていた。
その眼にはどんなに小さい気配でも見逃すまい、と言う決意に溢れている。
左腕はズキズキと痛んで彼に現実を思い起こさせるが、今は地球を守る事に全神経を集中させる事だ、とジョーは当たり前にそう思っていた。
「博士、進捗状況はどうですか?」
健がブレスレットに訊ねている。
南部博士がスクリーンに登場した。
『うむ…。進んではいるのだが、いくらやってもキリがないと言うのが原状のようだ。
 君達に鉄獣メカを叩いて貰って、まずは誘導装置を破壊してからゆっくり殲滅して行く他はないだろう』
「解りました。待機を続けます」
その時、ジョーがじっと見つめていたレーダーに漸く光が点(とも)った。
それが少しずつこちら方向へと近づき始めた。
「健!おいでなすったぜ!距離3000、10時の方向から秒速30mのスピードで接近中だ」
「後100秒か…。みんなすぐに各メカに乗り込め!火の鳥・影分身だ!」
「ラジャー!」
全員が素早く自分のメカへと散らばり、配置についた。
「博士!敵は30秒でこちらに到着します。火の鳥・影分身、スタンバイOK」
『頼んだぞ!』

ジョーはG−2号機の中でしっかりとシートベルトを着用し、ステアリングの感触を確かめた。
左腕の痛みはあったが、その事を忘れる事が出来た。
(大丈夫だ。運転に支障はねぇだろう…)
後はやるだけやるしかない。
ジョーは瞳を閉じて精神を研ぎ澄ませた。
『健!赤外線で敵が目視出来るようになったぞい!蜂のような形をしている。
 多分尻から出ている針のような物から、あの粘着性の液体を出したんじゃろ』
ブレスレットから竜の声が流れた。
『よし!いつもの通りタイミングは竜、お前に任せる。
 ジョー、負傷している分辛いだろうが、耐えてくれ』
健の声が聞こえた。
「俺は大丈夫さ!構わねぇ、突っ込んじまえ!」
『みんな、行くぞ!科学忍法火の鳥!』
健の声を合図に竜がタイミングを計って、火の鳥の起動レバーを押し上げた。
ゴッドフェニックスが火の鳥になった瞬間、健が『科学忍法火の鳥・影分身!』と叫んだ。
Gメカが火の鳥のまま分裂する。
ゴッドフェニックスでの火の鳥でも苦痛だが、影分身はGメカ単体で小さな火の鳥と化すので、その苦痛は倍増する。
ジョーは傷口の痛みで意識が薄れそうになったが、それに耐えて、ステアリングをしっかりと握り締めた。
体当たり攻撃だ。
敵の蜂スタイルのメカ『ビースタッブ(蜂の一刺し)』は5機の火の鳥の攻撃には一溜まりもなかった。
体内に仕込まれている液状の謎物体も同時に弾けたが、火の鳥によって焼き尽くされ、本体は空中にて何度も大爆発を起こした。
保有する液体が新たな作用を発生させ、二次爆発したのだ。
これにより本体にある謎の液体が消え去ったと同時に、液体の誘導装置も消滅した事になる。
ジョーは上手く着地し、自然に火の鳥が解かれた。
火の鳥・影分身の衝撃で左腕の傷口が開いてまた出血していた。
しかし、気にはならなかった。
後は国連軍に任せておけばいい。
地道に特殊レーダーで謎の液体を探知しながら、彼らは自分達の数を武器としてバーナーで焼き尽くす事だろう。
ミサイルの効果が薄れたのか、分厚い雲が動き出し、朝陽が眩しく覗いた。
明るくなれば、更に援軍も来るに違いない。
「しかし…。今回も犠牲が大きかったな…」
ジョーはコックピットを開いて朝陽を見上げながら呟いた。
セピア色の街に少しずつ光が反射されて行った。




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