『傷だらけのコンドル』

「ジョーっておらより1つ年上なだけなのに、どうしてそんなに大人びているんじゃい?」
任務の最中、突然竜がジョーに訊ねた。
今、ISOの本部をギャラクターが狙っているらしいとの情報部からの連絡を元に5人の科学忍者隊は3方に分かれて隠密活動をしていた。
この2人で行動を共にするのは珍しい。
大体、竜はゴッドフェニックスでの留守番が多いからだ。
「はぁん?突然何を訊くかと思いきや…」
ジョーは肩を竦めた。
地下水路を走っている為、2人とも既にバードスタイルに変身している。
市井に潜り込んでる健達は普段の姿のままギャラクターの気配を探している筈だった。
「だって、健とは同い年だろ?どう見たって、おらにはどうしてもジョーの方が年上に見えるんじゃわい」
「さあな。お前だって年よりは上に見えるだろうよ。
 俺の場合は彫りが深いと言われているこの顔のせいじゃねぇのか?眼付きも悪いしな。
 イタリア人の血だろうさ。それに比べたら健は可愛い顔をしてやがるからな。
 だがよ、実際の処、任務の時の作戦の練り方なんぞ、俺は健には及びもしねぇぜ」
ジョーは抜かりなく周囲に眼を走らせ乍ら、ひそひそ声で答えた。
ジョーにはまだ実感し切れない理由があったのだろう。
18歳にして早くも老成しなければならない何かが……。
この時点では本人も自覚はしていないが、普通の人の数倍もの早さで一生を終えなければならないその運命が、ジョーの精神を急激に大人にした理由に他ならない。
「そうかのう?確かに健についてはそう思うが、おらにはジョーのその落ち着き方が不思議でなんねぇわ」
「へっ!バードミサイルの前で取っ組み合いの喧嘩を始めてもかよ?」
ジョーは自嘲的に低く笑うと、眼を細めて一方を見つめた。
視線の先には一瞬だが、ギャラクターの兵士の影が見えた。
「おらにはジョーが生き急いでいるように見えて仕方がないわい」
竜がジョーの両親がギャラクターの手によって彼の眼の前で抹殺された事を知ったのはつい最近の事だった。
その事を知っていたのは南部博士と健だけだったのだ。
ジョーの出生の秘密を皆が知ったのもついこの間の事だった。
竜の言葉は皆まで言えなかった。
ジョーによって口を塞がれ、そのまま押し戻されたからだ。
「おめぇは本当に暢気な野郎だな。ギャラクターのお出ましだぜ」
竜の言葉は遠からず当たる事になるのだが、この時はそれ以上の思考は中断された。
地下水路に身を隠す場所はない。
ジョーは声を出さずに地を蹴り軽々と跳躍すると天井へと張り付いた。
唇にはいつの間にか羽根手裏剣が2本咥えられている。
「あわわ…」
隠れる場所がない竜は慌てた。
取り急ぎバードスタイルを解いて一般人に成りすます事にした。
わざとよろよろと歩く。
酔っ払いを演じているのだ。
「何だ、この男は?」
ギャラクターの兵士達が竜を見咎めた。
「あん?それが酔っ払ってマンホールから落っこちてしまってのう……」
竜は頭を掻いた。
「出口を教えてくれんかのう?」
ジョーはその会話を聞きながら声を出さずに健達にバードスクランブルを送っていた。
既にこちらに向かっている事だろう。
ギャラクターの兵士達がどんどん増えて来るのが気配で解った。
ジョーが見つかるのも時間の問題だ。
バードスタイルを解いてしまった竜をその場で変身させる訳には行かない。
「何だ酔っ払いか?構わず撃ち殺してしまえ!」
敵兵が竜に銃口を向けた瞬間に、ジョーは羽根手裏剣を男の利き腕に向けて放った。
狙い違(たが)わずに命中し、敵は銃を取り落とす。
銃声だけが思いの外大きく地下水路に響き渡った。
ジョーは天井からひらりと舞い降りて、雑魚を叩きのめし始めた。
隊長らしき男が逃げる。
雑魚は捨て置いてジョーはそれを追った。
奴が抱え持っている透明の液体が入った容器。
あれが爆薬か何か恐ろしい物に違いねぇ!
ジョーの勘が彼にそう告げていた。
エアガンを構えると、チェーンを隊長の腕に巻き付けた。
「竜!こいつを奪い取れ!」
ジョーが隊長と揉み合っている間に容器が飛んだ。
しかし、その容器は水路に落ちる前に竜がびしょ濡れになりながら、キャッチしたのだった。
その竜を倒れていた隊士達の銃口が狙っていた。

「むっ?銃声だ!ジュン、甚平!行くぞ!ジョーからの発信地点はこの近くだ!」
別の水路を走っていた健が2人を鼓舞する。
「ラジャー!」
明快な答えが帰って来た。
彼らが走り出してすぐに、また何発かの銃声が聞こえて来た。

健達がジョーの居る場所へ辿り着いた時、ジョーは壁に寄り掛かり、肩で呼吸(いき)をしていた。
周囲にはギャラクターの兵士達が山となって倒れている。
「おい、健!竜が持っているその容器の中にある液体がどうやら爆薬、らしいぜ……」
思いの外元気な声音で話したジョーだったが、その直後にガクリと気を失ってしまった。
「ジョー!どうしたんだ!?」
健達が駆け寄る。
「済まねぇ…。おらがドジってしまった」
憔悴した竜が瓶を片手に立っていた。
「おら、咄嗟に一般人に成りすましてしまったんだども…」
竜を再びバードスタイルに戻らせるタイミングが計れなかった為、ジョーが竜を庇って傷を負ってしまったのだと言う。
ジョーは少し意識を取り戻すと、
「……だが、その爆薬の容器を奪い取ったのは竜の手柄だぜ……。竜を責めるなよ……」
そう言って再び奈落の底へと意識を手放した。
「馬鹿野郎、ジョー。おらの事なんか庇いやがって」
竜が拳で涙を拭いた。
ジョーは身体で、そしてその言葉で2度も竜を庇ったのだ。
ジョーの傷口からは出血が広がっており、バードスーツの腹部を紅く重く濡らしていた。
コンドルのジョーのバードスーツは、血の色が目立ちにくい色で出来ていたが、それでも濡れそぼっているのが良く解った。
ポタリ、ポタリ…、とジョーが流す血は地下水路の通路を紅く染め始めていた。
(1発、2発、3発……。ジョー死ぬなよ!)
健はジョーを抱き上げると黙して全速力で走り始めるのだった。
「……か、や、ろう……この、程、度、で死ぬ訳、ねぇ…だ、ろ……」
意識を失っている筈のジョーの唇から弱々しい言葉が零れた。




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