『伝えるべくもの』

その日、甚平はジョーのトレーラーハウスに泊まりに来ていた。
1度甚平を助けてジョーが負傷した時に手伝いに来て泊まって以来、時々身を寄せるようになった甚平。
「どうして健のところじゃなくて俺のところなんだ?」と1度訊いた事があるが、多感な年頃の甚平にはどうやら健よりもジョーの傍の方が居心地が良さそうだった。
健を兄貴と慕っている癖に、とジョーは不思議に思った。
恐らく健は優等生過ぎて、甚平には相談事がしにくいのだ。
両親の記憶が全くない甚平にとっては、南部博士が親代わりで科学忍者隊は兄貴分だ。
決してジュンに母性を、そして健やジョーに父性を要求している訳ではないだろう。
それをこなせるような年でもない。
しかし、今日の甚平はどこかしら沈んでいた。
ジョーに話したい事があるに違いなかった。
健には言い辛い事なのだろう。
「どうした?甚平。言いたい事があったら言ったらどうだ?」
ジョーは冷蔵庫から冷えたオレンジジュースを出してやりながら、折り畳み椅子にちょこんと座る甚平に振り向いた。
「ジョー。両親ってどんな感じだった?暖かかった?」
ジョーは答えに詰まった。
この子にそんな話をしても良いのだろうか?
だが、甚平はそれを望んでいるのだ。
「何だ、甚平。寂しくなっちまったのか?」
「うん。お姉ちゃんにこんな事を言うと哀しがるだろうし、兄貴はこの前レッドインパルスの隊長を亡くしたばかりだから、やっぱり言えないよ……」
「……暖かかったさ…」
ジョーは遠い眼をして甚平の肩に手を乗せた。
「でも、普段から不在がちな親だった…。
 俺には兄弟がいなかったから、家ではいつも1人ぼっちだ。だから悪友と悪さをして回ってた。
 親父もお袋も俺を大事にしてくれたが、余り長くは一緒に過ごさなかった……」
「そうなの?」
「ああ……。それがある日、これからはずっと一緒にいられる、って言ったんだ。
 そしてあの海岸に連れて行かれた……。
 だが、その日が最後になるなんて、俺は夢にも思っていなかったぜ…」
甚平は、自分の質問に答える事がジョーにとっては辛い事だったのだ、と後悔した。
健だけではない。
ジョーもまだ衝撃的な記憶を印象付けられていたのだ。
「両親は俺の眼の前でデブルスターに射殺され、俺自身も薔薇の形をした爆弾で重傷を負った。
 どうして自分だけが生き残ったのかは思い出せねぇ。
 あの時死んでいても不思議じゃなかった筈だ。
 気が付いたら南部博士に引き取られていた……」
「ジョー……」
「甚平」
ジョーは甚平の隣に立って肩を強く抱いた。
「両親の記憶があっても、辛い場合もある。
 お前は俺の事が羨ましいだろうが、俺はおめぇが羨ましいんだぜ。
 眼の前で両親を惨殺され、自分も殺され掛けた記憶は死ぬまで背負って行くんだ」
「ジョーの兄貴。ごめん…。おいら……」
「いいって事よ。おめぇの年じゃ無理もねぇ。
 俺だって博士に引き取られてからの数年は酷いものだった」
甚平が涙を浮かべてジョーを仰ぎ見た。
「馬鹿だな、何泣いてやがる?おめぇに言われたから思い出したんじゃねぇ。
 俺はいつだってその事を考えているし、これからも忘れられねぇのさ。
 復讐…。それだけが俺が生きる為の糧だったんだ。
 それが終わったら、どうやって生きて行ったらいいのか、解らなくなるかもしれねぇな」
「ジョーの兄貴にはレーサーって言う道がちゃんと見えてるじゃない」
ジョーは甚平の頭をくしゃくしゃにした。
「一寸先は闇、さ。
 子供のおめぇにこんな事を言うのは酷かもしれねぇが、俺達は生命賭けで闘う任務を背負っている。
 いつ生命を落としても不思議じゃねぇ。俺はその覚悟を決めている」
「お…おいらだって覚悟を決めてるさ!」
「甚平。おめぇはまだ子供らしい生き方をしちゃあいねぇ。
 俺達に何かがあったら、おめぇだけでも逃げろ。そして、生きるんだ」
甚平を見つめるジョーの瞳は凛としていた。
「ジョーの兄貴……」
「お前が科学忍者隊のメンバーに入って来た時は驚いたもんだが、おめぇはしっかりメンバーとして役に立ってる。その年で大したもんだ」
「燕の甚平様はそこいらの子供とは違うんでい!」
甚平が肩をいからせて両腕を組んで見せた。
「解ってる…。だが、おめぇには子供らしく生きる権利がある。
 ギャラクターを斃したらちゃんと学校にも行くんだな。
 友達を作って、子供らしく遊んで楽しい経験も沢山して……、それからゆっくり大人になれ。
 俺達はもう戻れねぇが、甚平、おめぇには時間がたっぷりある」
甚平には一瞬、それがジョーの遺言のように聞こえた。
慌てて頭(かぶり)を振って、頭の中からその考えを追い出した。
「おめぇはジュンと肩を寄せ合って生きて来た。本当の姉弟(きょうだい)のようにな。
 2人には幸せになって貰いたいと思ってる……」
ジョーはつと立ち上がり、サイドボードから透明のワイングラス状のアイスクリーム皿を取り出すと、次に冷凍庫を開け、高級アイスクリームの大箱を取り出した。
それをスプーンで盛り付けて行く。
最後に冷蔵庫で保管していたブルーベリージャムをたっぷりと掛けた。
甘酸っぱい芳香が鼻を擽った。
「甚平、これは旨いぜ。喰ってみな」
「あ、有難う!」
大好きなアイスクリームを前に甚平は元気を取り戻した。
「親なんかいなくても、子供は巣立って行く。
 甚平、卑屈にはなるな。親がいねぇ事を哀しむな。
 人はいつか親と死に別れる。
 その強烈な記憶がねぇだけ幸せなんだと、考え方を転化するんだ」
「ジョーの兄貴……」
「健を見ただろう?おめぇはあんな苦しみを味わわなくてもいいんだ、と、そう考えてみたらどうだ?」
甚平は眼を瞠(みは)った。
「ジョーの兄貴、おいら何だか答えを見つけたような気がするよ」
「そいつは良かった。さあ、溶けない内に喰えよ。がっついて腹を壊さねぇように気をつけてな」
どうやらこのアイスクリームは甚平の為に用意したらしい。
ジョーは自分は食べずにコーヒーを沸かした。
甚平にはジョーの細やかなさり気ない気遣いが嬉しかった。
彼の優しさが身に染みた。
こんな答えは南部博士に訊いても、健やジュンや竜に訊いても得られなかった筈だ。
「有難う。ジョー……」
「さて、それを喰ったら買い出しに行くぜ。夕食は一緒に作ろうじゃねぇか」
「うんっ!」
甚平の答えは子供らしく弾んでいた。
子供から少年になる階段の1歩を彼はまた1つ上ったのだった。
ジョーにはそれがとても微笑ましく、そして好ましく見えた。
自分にもこんな時代があったのだろうか?
いや、無かったな…。
彼が甚平ぐらいの年の時には、まだ暗黒を彷徨っていた。
導いてくれる大人はいたが、まだ暗黒の中でもがき苦しんでいた時代だった。
その並外れた能力を買われたとは言え、この幼さで科学忍者隊に編入された甚平を、ジョーは正直言って気の毒だと思っていた。
自分とは違う。
復讐と言う確たる目的も甚平にはない。
だから普段から甚平の事は気に掛けていた。
時には任務の上で冷たく接してしまう事もあるが、こうして自分を頼って来た時ぐらいは、何かを伝えてやりたいと思った。
その思いは充分に甚平に伝わったに違いない。
甚平に早く子供らしい生き方を取り戻してやる為にも、急いでギャラクター斃さなければならない。
ジョーはそう決意を新たにした。




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